クレタとカエルと騎士

富井

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迷った!

右か左か

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理玖は迷っていた。
この岐路は右へ行くべきか、左へ行くべきか・・・

「どっち行く?」
「どっちに行こう・・・・」
「こいつ、肝心な時に役に立たないからなぁ・・・
地図見てもなんもわかんねえし・・・カンで行く?」
「それはなー。もしダメな方へ行ってやられちゃったらどうする?」
「戦えば?だって、サント先生に習ったんだし大丈夫だよー」

「そうかなぁ。この先道に迷ったら?」
「引き返せばいいだけだろう。行っちゃえよ。俺は右でも左でも、どっちでもいいぜ。」

そう太に言われても、理玖は決めかねていた。
自分達はどこまで来てどこへ行くのか、そして今どの辺まで来ているのか、さっぱりわからない。
ここで迷って期日までにたどりつけなかった時、自分達はいったいどうなるのか・・・それもわからない。
「もう一回クレタを起こしてみようか。」

「無理だと思うけど、やってみれば。」
太は呆れたようにクレタを足で軽く蹴飛ばしたが、転がったまま無反応だった。


そもそも、なぜこうなったかと言うと、サント先生にビッグバーグを取られたクレタはどうしてもビッグバーグが諦めきれず、食べるのが遅いヒロトに食らいついた。

で、ヒロトも取られまいとムギュッと握るとミートソースがガパッと溢れ出し、それをベロベロベロベロ舐めて、ベロベロベロベロ舐め続けたら、咥えていたのがカエルの手だった事に気付いて泡を吹いてぶっ倒れた・・・

そして今、理玖が体を相当揺らしてはみたけれど、やっぱり起きなかった。
「あーどうしようか。」
「ジャンケンで決める?」
「それいい。そうしよう。ヒロトが勝ったら右、俺が勝ったら左な。」
「僕、パーしか出せないけど・・・」
「じゃあ理玖が勝ったら右。そんでいいだろう。」
「そんなことで決めていいのかなあ。」
「しゃあねえじゃん。王子様はおネンネなんだから。」
「だよな・・・」
思い切り深―い、ため息とともに、まったく使えねーと三人は思った。
「よし、じゃあ、ジャンケンするか。」
理玖はもう一回大きなため息をつくと、
「ジャンケン!!!ポイ!!」
と大きな声を上げた。

「理玖、太、人がいる。あの人に聞いてみたら。」
ヒロトが指を指した方を見ると、とても大きな荷物を背負った小さな年老いた女性が、トボトボと歩いていた。
「もう・・・ジャンケンでいいじゃん。」
「絶対決まらないって。聞こうよ。そのほうが確実だって。」

ヒロトは知っていた。陸と太のじゃんけんはあいこが続いてなかなか決まらない。
子供のころからいつもそうだった。

「ヒロトの言う通りだな、そうしよう。すいません!」

理玖は大きな声でその人を呼んだ。

けれども、その人は荷物が相当重いのか、俯きかげんで一歩一歩を踏みしめるように歩き、理玖の声はまるで届かない様子だった。

「じゃあ、俺聞いてくる。」
「なんで?この乗り物ごと行けばいいだろう。」
「ああ・・・・そうだな・・・・」
そうは言ってみたけれど、その人がもしもこの乗り物に乗せてくれと言ってきたら、どう断わろうかと考えていた。
荷台は狭く、詰めれば4人は座れるが、太とヒロトが椅子に座り、その足元でクレタが伸びている。荷物とそのおばさんを乗せるには、誰かが荷台から降りて歩かなければならない。
クレタは伸びたままで今日の晩ごはんもないかもしれない。だとしたら、体力を温存するためにも、なるべく楽な方法を考えて進むべきだと思う。

その人に近づき、理玖はなるべく丁寧に話をした。

「すいません。道に迷ってしまって・・・
この分岐の右へ行けば何があるか、左へ行けば何があるか教えてもらえますか?」


「はい、左へ行けば森が、右へ行けば谷があります。
そしてその先は二つの道はまた繋がって一本になるので、どちらを通るか・・・という事になります。」
「どちらがオススメですか?
僕らはお水も汲みたいと思っています。」

「お水が湧いているのは谷ですが、谷の先には急な登りもあります。道もゴツゴツとした岩だらけで断崖絶壁でこの乗り物で行くにはとてもオススメできません。
そこへ行くと森への道は平坦で、道幅も広くこの乗り物でも快適にススメますよ。迷いさえしなければ、近道です。谷の道の半分の時間で通り過ぎます。
水はこの道が一本に繋がった先にありますからしばらく辛抱して、森の道を進んではいかがですか?」
理玖は迷った。この人の言う事を本当に信じていいものか・・・急がば回れということわざもあるくらいだが・・・やっぱり近道をしてなるべく時間を稼ぎたい。

「なら、森でいいんじゃない。近いんだろう。その方が楽じゃん。」

太はあっけらかんと答えた。そういわれるとやはり遠回りのほうが安全かもしれないと思いだした。もしもこのおばさんが嘘をついていたら、森で迷ってガリウスに食べらでもしたらと考えていた。

「僕も太に賛成。がたがたしたところを通ってクレタが起きたら面倒だし。」


「たしかに・・・」
言われてみれば、その谷の道を選んで間違えていたら、クレタが起きた時、嫌味の嵐が吹き荒れる。最後に道がつながるなら、そこまで寝ていてくれたほうがどれほど楽かわからない。
「なあ、おばさん。おばさんはどっち行くの?」
「私は森へ行きます。」
「じゃあ乗ったら。俺たちも行くし。」
「お気遣いありがとうございます。
私はこの荷物を自分の力で運ぶのが仕事ですから、どうぞお気になさらずお進みください。」
「重くないの?」
「重いです。」
「だったら乗れば?」
「いえ、苦労して運ぶのが仕事なんです。」
「それ背負ったまま乗れば。」
「そんなことをしたら、その乗りモノごとひっくり返ってしまいます。」
「じゃあ、俺が持ってやるから乗れよ。」

「本当にお気持ちだけで結構です。
あなたの気持ちは本当に嬉しい。そんなに私の事を気遣ってくれたのはあなたが初めてです。でも、本当に大丈夫ですから行ってください。」


「じゃあ、これ疲れたら食えよ。甘いもの食うと楽になるぜ。」

太はリュックのポケットから2日前にサフルからもらったキャラメルやチョコレートの袋を渡した。

「最後まで気にかけていただき、本当にありがとうございます。」

「じゃあ行くな。」


「それでは親切にしていただいたお礼に一つだけいい事をお教えいたします。
どちらの道に進むも、あなたがた次第です。
けれど、進むと決めたなら絶対後戻りしてはいけません。迷ったからといって、立ち止まったり、振り返ったり、引き返したりは絶対せず、間違ったなら間違ったまま進むのです。」
「間違ってるのに?」
「そうです。自信を持って間違った道を行くのです。」
いいですね。今私が言った事を忘れずに、お行きなさい。」
「じゃあ行くわ。おばさんも気おつけてな。」
理玖が乗り物をゆっくりスタートさせると荷台の太とヒロトはその人に手を振った。
その人は太達を深々と頭を下げて見送った。
「重いのにたいへんだな。あんな仕事は嫌だな。」
「でも、断ってくれてよかったよ。
あの人だけならともかく、あのでっかい荷物だし、この乗り物では絶対無理だ。」
「けど、俺たちサフルやベジービーに助けてもらったし、助けることも悪い事じゃないだろ。」
「そうだけど、今は先を急がなきゃ。そうだろ。」
「まあ確かに。」
「ちょっと変わった人だったね。」

「そうか?」

「だって乗って行かないって誘ってもらえたら、乗るでしょ。すっごく重いモノ持っているんだもん。」
「まーな。でも、多分俺も断るな。」

太は、理玖がいつもとちょっと違うな、っと感じていた。誰にでも親切で優しくて、バスや電車では必ずと言っていいほど、席を譲る理玖が言うとは思えない言葉だった。
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