クレタとカエルと騎士

富井

文字の大きさ
34 / 50
川をわたる

ヒロトの手

しおりを挟む
クレタのわがままはしばらく続いたが、舟の上の人が勢いよく糸を引っ張ると、板の上でくるくるくる!っと回転して、それに驚いて駄々をこねるのをやめた。
船と板は並走して先に進んだ。
流れてくるものもだいぶ減って、流れもだいぶ穏やかになって来た。
「ヒロト。大丈夫か。」
「うん。平気。
「あと少しだから頑張れよ。」
「うん。」
ヒロトもカエルの手で必死で水をかいていた。カエルの手は水の中ではとても使い勝手がよくて、流れがゆっくりになってからはずんずんと進んでゆくのが分かった。
船の上の人も、クレタの体に巻き付いていた糸を巻き取りながら板を引っ張った。理玖たちもバタ足で板を押した。クレタは板の上で、ただくるくる回っていた。
ようやく暗闇の向こうに岸らしき影がうっすら見えて来た。
「おばさん、あれが向こう側か。」
「そうですよ。あと少しですから、頑張りましょう。」
船の上の人は一層力強く糸を引いた。それに合わせてクレタも力強く回った。
川に流れてくるものはもう、何もなかった。
だが、岸が大きく、はっきりと見えた時、流れて来たものが1つあった。
ヒロトの人間の手だった。きれいな細くて長い指。紛れもなくヒロトの手だった。
「あ・・・あれ・・・」
太はすぐにそれに気が付いて、手を伸ばそうとした。ヒロトのためにその手を取ってあげたいと心から願った。だがヒロトはそれをちょっと横目で見ただけで岸へ向かって必死で水をかいた。
そしてほどなく船と板は岸についた。
三人は岸に上がると石ころだらけのごつごつしたところだったが構わず寝転んだ。
「ヒロト、大丈夫か?」

「疲れただろ。」

「うん、大丈夫。ちょっと休めば立てるよ。」

「頑張ったな。ありがとう。」

三人はやり切ったことにとても感動していた。手を握り合い、三人でこの辛く苦しい闇の川から生還した喜びに浸っていた。だからヒロトがカエルの手だと言うことも忘れていた。

「では、私共はもう帰ります。あなた方がこちら側に来れて本当に良かった。」

「あ、おばさん。ありがとう。でも、俺達、おばさんに何もお礼ができないんだ。ごめんな。」

「いえ、あなたのありがとうの言葉と、ごめんな。の気持ちで十分です。
他のお礼は別の方たちからたっぷりいただいてますから。
それより、あの方はどういたしますか?」

おばさんが指を指した先には、クレタが目をまわしてべろーんとぶっ倒れていた。
「あ・・・ま、何とか連れて行きます。この先は地面だし、大丈夫です。」
「そうですか。」
三人は立ち上がってその人に挨拶をしようとした。
すると太がギャーッと悲鳴を上げた。ヒロトの足までもがカエルになっていたからだった。

「ヒロト・・・」

理玖も凍り付いた。なぜヒロトばかりにこんな不幸が重なるのか可哀そうで、かといって直し方もわからず、なすすべもなくその場に座り込んだ。

ヒロトはもう言葉もなかった。ただカエルの手足に涙を落とすくらいしかできなかった。

「こんなに頑張ったヒロトがどうしてこんな・・・」

「しりたいですか?」

帰りかけていた船の人が振り返って理玖に尋ねた。

「はい、知りたいです。」

「それでは、このねばねばで細細のどうしようもない糸のお礼にその訳をお聞かせいたしましょう。
なぜカエルの足になってしまったのか、それはこの子があなたたち二人を欲望の川に溺れさせようとしたからです。」
「嘘だ!ヒロトは一生懸命俺達をこの川から救おうとしてくれた。」

「はい、そうです。それこそがこの子の欲望なのです。
最初、あなたたちは家族のことをお話ししていましたね。母親の手料理が食べたいと、恋しいと。その時、彼はみんななくなってしまえばいいと、あなたたち二人を自分の者にしたいと、どこへも帰したくないと願いました。自分のことだけを見てほしい、自分がこの二人になくてはならない存在になりたいと。
川を流れて行ったいろいろなもの。それはこの子があなたたちの中から全部失くしてしまいたいと思っているものです。
嫉妬心、独占欲、執着心。
この子の中の醜い欲望が幻覚を見せ、川を深く荒れ狂わせ闇をみせました。」


「でも、最後にヒロトの手が・・・」

「あれは私が見せた幻覚です。彼の気をそらさなければせっかく見えて来た岸をまた遠ざけてしまうからです。」
「僕・・・そんな事・・・・」
「そうだよ。ヒロトがそんなこと思うはずがない。今だって現に俺達を乗せて一生懸命泳いでくれていた。なのにひどいよこれは!」
「そうですね。私も可哀そうだとはおもいます。
が、しかし、彼が無意識下でそう思っていたとしても罪は罪、ここでは逃れられません。その足は神様からの罰です。うけとめなさい。それでは私この辺で。」
その人は糸を風呂敷包にしまうとそれを背負いその場所を離れる準備をしていた。
「おばさん、一個だけ聞かせて・・・どうすれば治る?どうすればヒロトの手も足も人間に戻れる?」

太は風呂敷包みの端を握り、その人に尋ねてみた。

「さぁ・・・私にはわかりまません。あなたたちは神様のところへ行くのでしょう、そこでお聞きなさい。それでは。」
そう言うと、一瞬時してその人も乗ってきた船も消えた。
川は穏やかで浅くほんの小川ほどで、反対側の森までも見えるほど川幅も近かった。
「ごめん・・・」

ヒロトは理玖たちに謝った。涙をぼろぼろと落として謝るくらいしかヒロトには出来なかった。

「僕、本当に夢中で・・・あんなこと考えていたかどうか・・・覚えていない・・・
でも、理玖と太がお母さんの手作りのご飯のことを話していたとき、僕も一生懸命何か思い出そうとしたんだ。けれど、思い出せるものが何もなくて・・・このままあっちに戻ってもう一度普通の暮らしが始まって、理玖も太も夢をかなえたら、僕は二人から忘れられてしまうんだ、僕がママのことを忘れてしまったように、理玖と太から僕がなくなるんだって考えたら、怖くて・・・」

「もういいよヒロト。こうして三人とも無事だったんだ。今は喜ぼうよ。」

「でも・・・僕、あのおばさんが言っていたような事、考えていたかも。
夢中だったから覚えていないけれど、考えていたかも・・・」

「それでも助かったんだ。だからその話はもうよそう。今は先へ進んで、ヒロトのこの手と足を元に戻すことだけを考えよう。」

三人は肩を組み、もう一度固く誓い合った。さっき、船の上の人が言ったことがたとえ本当であったとしても、ヒロトのことを嫌いになるなんて露ほども思えなかった。それよりも自分たちを板に乗せ、一生懸命引いてくれたヒロトに強く感謝していた。

「ヒロトはかわいい顔して相変わらずダークな奴だな。」
「クレタ・・・」
「とうとう、足までカエルになったな。背中もだろ。腹見せてみろよ。どうなってるか見たい。カエルだったら笑ってやる。」
さっきまで板の上で目をまわしていたのに、間が悪く話に割り込んできて、ヒロトのシャツを引っ張った。
「やめて。」
泣きながらシャツを抑えてしゃがみこむヒロトに執拗に食らいついて太に蹴られた。
「おまえ!何度言えばわかるんだ。俺は女神で王子なんだ。偉いんだぞ。」
「偉いならそんなことやめろよ。嫌がってるだろ。」
「やだ。面白い。」

「面白ければ何やってもいいのかよ。」

「それは・・・」

「あ、ガリウスだ。」

「あ・・・」

ガリウスは待ち構えたように立っていた。

その向こうには天使の街の入り口のネオンサインが見えた。あと少しで天使の街の入り口なのに、こいつも間が悪いな・・・と、理玖たち三人は考えていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...