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川をわたる
ヒロトの手
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クレタのわがままはしばらく続いたが、舟の上の人が勢いよく糸を引っ張ると、板の上でくるくるくる!っと回転して、それに驚いて駄々をこねるのをやめた。
船と板は並走して先に進んだ。
流れてくるものもだいぶ減って、流れもだいぶ穏やかになって来た。
「ヒロト。大丈夫か。」
「うん。平気。
「あと少しだから頑張れよ。」
「うん。」
ヒロトもカエルの手で必死で水をかいていた。カエルの手は水の中ではとても使い勝手がよくて、流れがゆっくりになってからはずんずんと進んでゆくのが分かった。
船の上の人も、クレタの体に巻き付いていた糸を巻き取りながら板を引っ張った。理玖たちもバタ足で板を押した。クレタは板の上で、ただくるくる回っていた。
ようやく暗闇の向こうに岸らしき影がうっすら見えて来た。
「おばさん、あれが向こう側か。」
「そうですよ。あと少しですから、頑張りましょう。」
船の上の人は一層力強く糸を引いた。それに合わせてクレタも力強く回った。
川に流れてくるものはもう、何もなかった。
だが、岸が大きく、はっきりと見えた時、流れて来たものが1つあった。
ヒロトの人間の手だった。きれいな細くて長い指。紛れもなくヒロトの手だった。
「あ・・・あれ・・・」
太はすぐにそれに気が付いて、手を伸ばそうとした。ヒロトのためにその手を取ってあげたいと心から願った。だがヒロトはそれをちょっと横目で見ただけで岸へ向かって必死で水をかいた。
そしてほどなく船と板は岸についた。
三人は岸に上がると石ころだらけのごつごつしたところだったが構わず寝転んだ。
「ヒロト、大丈夫か?」
「疲れただろ。」
「うん、大丈夫。ちょっと休めば立てるよ。」
「頑張ったな。ありがとう。」
三人はやり切ったことにとても感動していた。手を握り合い、三人でこの辛く苦しい闇の川から生還した喜びに浸っていた。だからヒロトがカエルの手だと言うことも忘れていた。
「では、私共はもう帰ります。あなた方がこちら側に来れて本当に良かった。」
「あ、おばさん。ありがとう。でも、俺達、おばさんに何もお礼ができないんだ。ごめんな。」
「いえ、あなたのありがとうの言葉と、ごめんな。の気持ちで十分です。
他のお礼は別の方たちからたっぷりいただいてますから。
それより、あの方はどういたしますか?」
おばさんが指を指した先には、クレタが目をまわしてべろーんとぶっ倒れていた。
「あ・・・ま、何とか連れて行きます。この先は地面だし、大丈夫です。」
「そうですか。」
三人は立ち上がってその人に挨拶をしようとした。
すると太がギャーッと悲鳴を上げた。ヒロトの足までもがカエルになっていたからだった。
「ヒロト・・・」
理玖も凍り付いた。なぜヒロトばかりにこんな不幸が重なるのか可哀そうで、かといって直し方もわからず、なすすべもなくその場に座り込んだ。
ヒロトはもう言葉もなかった。ただカエルの手足に涙を落とすくらいしかできなかった。
「こんなに頑張ったヒロトがどうしてこんな・・・」
「しりたいですか?」
帰りかけていた船の人が振り返って理玖に尋ねた。
「はい、知りたいです。」
「それでは、このねばねばで細細のどうしようもない糸のお礼にその訳をお聞かせいたしましょう。
なぜカエルの足になってしまったのか、それはこの子があなたたち二人を欲望の川に溺れさせようとしたからです。」
「嘘だ!ヒロトは一生懸命俺達をこの川から救おうとしてくれた。」
「はい、そうです。それこそがこの子の欲望なのです。
最初、あなたたちは家族のことをお話ししていましたね。母親の手料理が食べたいと、恋しいと。その時、彼はみんななくなってしまえばいいと、あなたたち二人を自分の者にしたいと、どこへも帰したくないと願いました。自分のことだけを見てほしい、自分がこの二人になくてはならない存在になりたいと。
川を流れて行ったいろいろなもの。それはこの子があなたたちの中から全部失くしてしまいたいと思っているものです。
嫉妬心、独占欲、執着心。
この子の中の醜い欲望が幻覚を見せ、川を深く荒れ狂わせ闇をみせました。」
「でも、最後にヒロトの手が・・・」
「あれは私が見せた幻覚です。彼の気をそらさなければせっかく見えて来た岸をまた遠ざけてしまうからです。」
「僕・・・そんな事・・・・」
「そうだよ。ヒロトがそんなこと思うはずがない。今だって現に俺達を乗せて一生懸命泳いでくれていた。なのにひどいよこれは!」
「そうですね。私も可哀そうだとはおもいます。
が、しかし、彼が無意識下でそう思っていたとしても罪は罪、ここでは逃れられません。その足は神様からの罰です。うけとめなさい。それでは私この辺で。」
その人は糸を風呂敷包にしまうとそれを背負いその場所を離れる準備をしていた。
「おばさん、一個だけ聞かせて・・・どうすれば治る?どうすればヒロトの手も足も人間に戻れる?」
太は風呂敷包みの端を握り、その人に尋ねてみた。
「さぁ・・・私にはわかりまません。あなたたちは神様のところへ行くのでしょう、そこでお聞きなさい。それでは。」
そう言うと、一瞬時してその人も乗ってきた船も消えた。
川は穏やかで浅くほんの小川ほどで、反対側の森までも見えるほど川幅も近かった。
「ごめん・・・」
ヒロトは理玖たちに謝った。涙をぼろぼろと落として謝るくらいしかヒロトには出来なかった。
「僕、本当に夢中で・・・あんなこと考えていたかどうか・・・覚えていない・・・
でも、理玖と太がお母さんの手作りのご飯のことを話していたとき、僕も一生懸命何か思い出そうとしたんだ。けれど、思い出せるものが何もなくて・・・このままあっちに戻ってもう一度普通の暮らしが始まって、理玖も太も夢をかなえたら、僕は二人から忘れられてしまうんだ、僕がママのことを忘れてしまったように、理玖と太から僕がなくなるんだって考えたら、怖くて・・・」
「もういいよヒロト。こうして三人とも無事だったんだ。今は喜ぼうよ。」
「でも・・・僕、あのおばさんが言っていたような事、考えていたかも。
夢中だったから覚えていないけれど、考えていたかも・・・」
「それでも助かったんだ。だからその話はもうよそう。今は先へ進んで、ヒロトのこの手と足を元に戻すことだけを考えよう。」
三人は肩を組み、もう一度固く誓い合った。さっき、船の上の人が言ったことがたとえ本当であったとしても、ヒロトのことを嫌いになるなんて露ほども思えなかった。それよりも自分たちを板に乗せ、一生懸命引いてくれたヒロトに強く感謝していた。
「ヒロトはかわいい顔して相変わらずダークな奴だな。」
「クレタ・・・」
「とうとう、足までカエルになったな。背中もだろ。腹見せてみろよ。どうなってるか見たい。カエルだったら笑ってやる。」
さっきまで板の上で目をまわしていたのに、間が悪く話に割り込んできて、ヒロトのシャツを引っ張った。
「やめて。」
泣きながらシャツを抑えてしゃがみこむヒロトに執拗に食らいついて太に蹴られた。
「おまえ!何度言えばわかるんだ。俺は女神で王子なんだ。偉いんだぞ。」
「偉いならそんなことやめろよ。嫌がってるだろ。」
「やだ。面白い。」
「面白ければ何やってもいいのかよ。」
「それは・・・」
「あ、ガリウスだ。」
「あ・・・」
ガリウスは待ち構えたように立っていた。
その向こうには天使の街の入り口のネオンサインが見えた。あと少しで天使の街の入り口なのに、こいつも間が悪いな・・・と、理玖たち三人は考えていた。
船と板は並走して先に進んだ。
流れてくるものもだいぶ減って、流れもだいぶ穏やかになって来た。
「ヒロト。大丈夫か。」
「うん。平気。
「あと少しだから頑張れよ。」
「うん。」
ヒロトもカエルの手で必死で水をかいていた。カエルの手は水の中ではとても使い勝手がよくて、流れがゆっくりになってからはずんずんと進んでゆくのが分かった。
船の上の人も、クレタの体に巻き付いていた糸を巻き取りながら板を引っ張った。理玖たちもバタ足で板を押した。クレタは板の上で、ただくるくる回っていた。
ようやく暗闇の向こうに岸らしき影がうっすら見えて来た。
「おばさん、あれが向こう側か。」
「そうですよ。あと少しですから、頑張りましょう。」
船の上の人は一層力強く糸を引いた。それに合わせてクレタも力強く回った。
川に流れてくるものはもう、何もなかった。
だが、岸が大きく、はっきりと見えた時、流れて来たものが1つあった。
ヒロトの人間の手だった。きれいな細くて長い指。紛れもなくヒロトの手だった。
「あ・・・あれ・・・」
太はすぐにそれに気が付いて、手を伸ばそうとした。ヒロトのためにその手を取ってあげたいと心から願った。だがヒロトはそれをちょっと横目で見ただけで岸へ向かって必死で水をかいた。
そしてほどなく船と板は岸についた。
三人は岸に上がると石ころだらけのごつごつしたところだったが構わず寝転んだ。
「ヒロト、大丈夫か?」
「疲れただろ。」
「うん、大丈夫。ちょっと休めば立てるよ。」
「頑張ったな。ありがとう。」
三人はやり切ったことにとても感動していた。手を握り合い、三人でこの辛く苦しい闇の川から生還した喜びに浸っていた。だからヒロトがカエルの手だと言うことも忘れていた。
「では、私共はもう帰ります。あなた方がこちら側に来れて本当に良かった。」
「あ、おばさん。ありがとう。でも、俺達、おばさんに何もお礼ができないんだ。ごめんな。」
「いえ、あなたのありがとうの言葉と、ごめんな。の気持ちで十分です。
他のお礼は別の方たちからたっぷりいただいてますから。
それより、あの方はどういたしますか?」
おばさんが指を指した先には、クレタが目をまわしてべろーんとぶっ倒れていた。
「あ・・・ま、何とか連れて行きます。この先は地面だし、大丈夫です。」
「そうですか。」
三人は立ち上がってその人に挨拶をしようとした。
すると太がギャーッと悲鳴を上げた。ヒロトの足までもがカエルになっていたからだった。
「ヒロト・・・」
理玖も凍り付いた。なぜヒロトばかりにこんな不幸が重なるのか可哀そうで、かといって直し方もわからず、なすすべもなくその場に座り込んだ。
ヒロトはもう言葉もなかった。ただカエルの手足に涙を落とすくらいしかできなかった。
「こんなに頑張ったヒロトがどうしてこんな・・・」
「しりたいですか?」
帰りかけていた船の人が振り返って理玖に尋ねた。
「はい、知りたいです。」
「それでは、このねばねばで細細のどうしようもない糸のお礼にその訳をお聞かせいたしましょう。
なぜカエルの足になってしまったのか、それはこの子があなたたち二人を欲望の川に溺れさせようとしたからです。」
「嘘だ!ヒロトは一生懸命俺達をこの川から救おうとしてくれた。」
「はい、そうです。それこそがこの子の欲望なのです。
最初、あなたたちは家族のことをお話ししていましたね。母親の手料理が食べたいと、恋しいと。その時、彼はみんななくなってしまえばいいと、あなたたち二人を自分の者にしたいと、どこへも帰したくないと願いました。自分のことだけを見てほしい、自分がこの二人になくてはならない存在になりたいと。
川を流れて行ったいろいろなもの。それはこの子があなたたちの中から全部失くしてしまいたいと思っているものです。
嫉妬心、独占欲、執着心。
この子の中の醜い欲望が幻覚を見せ、川を深く荒れ狂わせ闇をみせました。」
「でも、最後にヒロトの手が・・・」
「あれは私が見せた幻覚です。彼の気をそらさなければせっかく見えて来た岸をまた遠ざけてしまうからです。」
「僕・・・そんな事・・・・」
「そうだよ。ヒロトがそんなこと思うはずがない。今だって現に俺達を乗せて一生懸命泳いでくれていた。なのにひどいよこれは!」
「そうですね。私も可哀そうだとはおもいます。
が、しかし、彼が無意識下でそう思っていたとしても罪は罪、ここでは逃れられません。その足は神様からの罰です。うけとめなさい。それでは私この辺で。」
その人は糸を風呂敷包にしまうとそれを背負いその場所を離れる準備をしていた。
「おばさん、一個だけ聞かせて・・・どうすれば治る?どうすればヒロトの手も足も人間に戻れる?」
太は風呂敷包みの端を握り、その人に尋ねてみた。
「さぁ・・・私にはわかりまません。あなたたちは神様のところへ行くのでしょう、そこでお聞きなさい。それでは。」
そう言うと、一瞬時してその人も乗ってきた船も消えた。
川は穏やかで浅くほんの小川ほどで、反対側の森までも見えるほど川幅も近かった。
「ごめん・・・」
ヒロトは理玖たちに謝った。涙をぼろぼろと落として謝るくらいしかヒロトには出来なかった。
「僕、本当に夢中で・・・あんなこと考えていたかどうか・・・覚えていない・・・
でも、理玖と太がお母さんの手作りのご飯のことを話していたとき、僕も一生懸命何か思い出そうとしたんだ。けれど、思い出せるものが何もなくて・・・このままあっちに戻ってもう一度普通の暮らしが始まって、理玖も太も夢をかなえたら、僕は二人から忘れられてしまうんだ、僕がママのことを忘れてしまったように、理玖と太から僕がなくなるんだって考えたら、怖くて・・・」
「もういいよヒロト。こうして三人とも無事だったんだ。今は喜ぼうよ。」
「でも・・・僕、あのおばさんが言っていたような事、考えていたかも。
夢中だったから覚えていないけれど、考えていたかも・・・」
「それでも助かったんだ。だからその話はもうよそう。今は先へ進んで、ヒロトのこの手と足を元に戻すことだけを考えよう。」
三人は肩を組み、もう一度固く誓い合った。さっき、船の上の人が言ったことがたとえ本当であったとしても、ヒロトのことを嫌いになるなんて露ほども思えなかった。それよりも自分たちを板に乗せ、一生懸命引いてくれたヒロトに強く感謝していた。
「ヒロトはかわいい顔して相変わらずダークな奴だな。」
「クレタ・・・」
「とうとう、足までカエルになったな。背中もだろ。腹見せてみろよ。どうなってるか見たい。カエルだったら笑ってやる。」
さっきまで板の上で目をまわしていたのに、間が悪く話に割り込んできて、ヒロトのシャツを引っ張った。
「やめて。」
泣きながらシャツを抑えてしゃがみこむヒロトに執拗に食らいついて太に蹴られた。
「おまえ!何度言えばわかるんだ。俺は女神で王子なんだ。偉いんだぞ。」
「偉いならそんなことやめろよ。嫌がってるだろ。」
「やだ。面白い。」
「面白ければ何やってもいいのかよ。」
「それは・・・」
「あ、ガリウスだ。」
「あ・・・」
ガリウスは待ち構えたように立っていた。
その向こうには天使の街の入り口のネオンサインが見えた。あと少しで天使の街の入り口なのに、こいつも間が悪いな・・・と、理玖たち三人は考えていた。
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