精霊術師の交響曲(シンフォニア)

みるくてぃー

文字の大きさ
10 / 40
桜花爛漫

第10話 過去への払拭(2)

しおりを挟む
「まったく、ひどい目にあったぜ」
「誰のせいよ、まったく」
 トラブルをくぐり抜け、ようやく現場へと到着した私と蓮也。
 何やら隣で呟く蓮也を一睨みし、既に交通規制がかかるエリアで警察官に挨拶をしながら奥へと進んで行く。

「ん? 何か様子が変ね」
「みたいだな。もしかしてアレは……北条家の人間か?」
「えっ?」
 今回現場となっている多摩川の河川敷へとやってきたのだが、そこに居られたのは先に到着していた結城家の方々と、それに対立するよう北条家の術者が立ちふさがっている。

「おいおい、何処かで接触するとは思っていたが、いきなりかよ」
 よく見れば既に両者での言い争いが始まっているらしく、術者の中には相手側を警戒をして、臨戦態勢にはいっている者までいる。
 結城家からしてみれば多摩川の北側はこちらの管理下だし、北条家からしてみればこの依頼はもともと北条家が受けたもの。
 お互い命をかけたお仕事なので、気が張り詰めているのはわかるのだが、正直この殺気だった雰囲気は妖魔退治の前にはよろしくない。
「どうするの?」
「どうするって言われても、止めないとダメだろ」
「でも向こうも譲る気はないみたいよ」
 今までも似たような縄張り争いで、他家同士がぶつかり合った事は何度もある。ただ近年は術者の一族が日本各地に散らばった事と、術者同士の中で管轄のエリアを区切った事で、このような揉め事はずいぶんと減ったとは聞いていたのだが、このルールは明確に取り決められたものではないため、いざ現実に術者同士が揉めた場合、現場の指揮官がこれを収めなければいけないという決まりになっている。

「頑張ってね、指揮官様」
「お前、ちょっと楽しんでないか?」
「ふふふ、たぶん気のせいよ」
 乙女の下着を覗いた罰よ、とか、己の行動に罰が当たったのよ、とか、多少ざまぁ見なさいという気持ちは無きにしもあらずだが、そこは些細な問題であろう。
「ホント今日は厄日だな。とことで沙……じゃなかった、システィーナ。あの先頭に立っている術者、随分と若いみたいだが……」
「ん? げっ、なんでアイツがここにいるのよ」
 遠くてよく分からなかったが、蓮也に言われ北条家側の現場指揮をとっていると思われる術者に目をやれば、そこには見知った一人の男性が目に映る。
「俺たちと同年代のようだが、やっぱり知って奴なのか?」
「……えぇ、よく知っているわ」
 一瞬蓮也には誤魔化そうかと思ったが、別に隠しておく必要も全くないし、下手に隠して後々変な誤解をされても困るので、軽く目の前の男性の素性を説明しておく。

「名前は正木 茂まさき しげる、年齢は確か今年で19歳だったかしら?」
 家族構成は両親と兄一人、弟一人の5人家族。北条家とは長年の付き合いで、その歴史は安土桃山時代頃まで遡れる。
「性格は横暴で傲慢、他人を見下すことしか出来ず、自分は選ばれた人間だと勘違いしているような人間よ」
 言うなれば、最低のクズ野郎といったところか。
 私がそうであったように、北条家の中では精霊の力をそのまま自分の実力と思い込み、強いものは弱者を罵り、弱い者は強者に従うしか出来ない、そんな環境が出来上がってしまっている。
 そんな人状況を作ってしまった原因は、100年に一人の逸材と言われる兄の存在であり、一族は今世こそ北条家を日本最大の一族にのし上がろうと必死にもがいているため、力の強い術者がどうしても必要以上に傲慢となっているのだ。

「なるほどな。それにしてもやけにあの男のことに詳しいな」
「まぁね、不本意ながら私の許嫁だったのよ」
「!?」
 私の言葉を聞き、蓮也に驚きの表情が浮かぶ。
 まぁ普通は驚くわよね。近代文化を多様に取り入れいる結城家では、既に過去の遺物となっているが、未だに過去の功績にしがみ付き、より強い術者を生み出そうと必死になっている北条家では、親同士が決めた結婚は珍しくもなんともない。
 唯一の例外を挙げるならクリスのご両親なのだが、あの方は親が決めた婚姻をかなぐり捨て、当時日本へ留学中だった女性と結婚して、お子様まで儲けられたのだ。
 当時の事は私はよく知らないのだが、随分一族内で揉めたのだと聞いている。

「誤解される前に言っておくけど、私にその気はサラサラないわよ。それに私は既に北条家の敷居から出ているのだし、今更戻れと言われても戻るつもりもない。第一あんな最低なクズ野郎に下るなんて、舌を噛んで死んだほうが何十倍もマシっていうものよ」
 正直勘当された身とはいえ、実家を出るその時まで許嫁の話は継続中だった。
 それがその後どうなったかなんて、私が知るはずもないのだし、知りたいとも思わないので、あんなクズ男の事なんて今の今まで忘れてしまっていた。
 向こうも当時から私の事を無能無能と蔑んですんいたのだし、こんなにも性格が歪んでしまった私の事など気にも留めていないはず。
 ただ当時は、私との許嫁は北条家の当主が自分を選んだのだと勘違いしていたようなので、それが白紙になったとなれば、彼の自尊心を傷つけたのではないだろうか。

「まぁ私とあの男の関係はそんなところよ。ぶっちゃけ良い思い出なんて何一つないし、二人の間に恋愛云々なんて全くない。寧ろ私としては名前を呼ぶのすら鬱陶しいぐらいよ」
 思い出されるのは辛く悲しい日々。当時の私は本当の意味で無能だったから、周りから投げかけられる言葉に怯え続けて来た。その中で特に酷かったのは実の兄と、この正木茂だったのではないだろうか。
「お前も随分と苦労してるんだな」
「私をなんだと思っているのよ。もしかして良家のお嬢様が家出ごっこをしているとでも思っていたの?」
「……スマン。悪気があっての事じゃないんだ」
 蓮也にしてみればいつもの悪ふざけで返したつもりなんだろうが、苦悩だった過去を触れてしまい、高ぶってしまった感情を私は八つ当たりのようにぶつけてしまった。
 それが伝わってしまったからこそ、蓮也は敢えて自分が悪かったと謝ってくれたのだ。
 まったく、いつも同じようにもうすこし優しくしてくれたっていいと言うのに。

「私の方こそゴメン、切り替えるわ」
「あぁ」
 過去を振り払うように今一度蓮也と共に現実へと向き合う。
 まずは自分に与えられた仕事をこなすのだ。それがいずれ私を過去の記憶から解き放ってくれるのだと信じて。
 私は改めて蓮也と向き合い、騒ぎを収束すべく術者が集まっている現場へと歩んでいく。

「お待ちしておりました蓮也様」
「どういう状況だ?」
 さすが結城家の人間と言うべきなのだろう。先ほどまでのお茶らけていた雰囲気は姿を隠し、顔つきから言葉遣いまで結城家の人間に相応しい態度で蓮也が対峙する。
「実は北条家の者と管轄区分のことで揉めておりまして」
 やはりそうか。私と蓮也が想像していた通り、互いの縄張り争いが収集つかないまま、膠着状態が続いているのだろう。
 あちら側は現場の指揮を取る正木 茂がいるが、結城家側はたった今現場指揮を任されている蓮也が到着したばかり。結城家の術者達も指揮官不在で強く出られなかったのではないだろうか。

「なんだお前は」
「俺は結城蓮也、この現場の指揮を任されている」
 開口一番お前呼ばわりとは、相変わらず他人を見下す事しか出来ないあの男らしい言葉。
 一方年下だというのに、蓮也の態度は幾千も修羅場をくぐり抜けてきた強者の貫禄すら見え隠れしている。
「ふん、結城家の人間か。今頃ご到着とはいい身分だな」
「悪かったな。こちらも妖魔の気配を感知したと思ったら、まさか誰かさんの尻拭いだったとは思っても見なかったんだ」
「な、なんだと!」
 売り言葉に買い言葉、蓮也と茂との間には実に二歳差があるとはいえ、その実力も経験の違いもまるで雲泥の差。おまけに蓮也の後ろには日本最強と言われる結城家が存在し、今は相棒とも言える私が側で控えている。
 二人の遣り取りを見ただけで、何方に余裕があるかは一目瞭然であろう。

「そう怒るなって、誰もお前が取り逃がしただなんていってないだろう? それもに何か? 今俺の目の前にいる指揮官様が、その妖魔を取り逃がしたって事でいいのか?」
「……くっ」
 あちら側にしてみれば、例え自分が直接逃した訳じゃないとしても、現在現場の指揮を取っているのは間違いなく正木茂ご当人。もし一度の失敗で指揮官を下ろされていれば、こんな場所まで乗り込んでは来なかっただろうし、執拗に現場を譲らないところをみれば、自ら失態を払拭しようと考えているとも取れてしまう。
 蓮也もその辺りを遠回りに嫌味をぶつけているのだ。

「それでそっちは名乗らないのか? それとも名乗りたくはない理由でもあるのか?」
 まったく蓮也も人が悪い。私から茂の話は聞いているのに、自分は何も知らないから名前を名乗れと煽ってくる。しかもその言い回しでは、妖魔を取り逃がした人間の名前を教えてくれ、とでも言っているようなものだろう。
「フン、貴様如きに名乗る名などない!」
「まぁ、いいけどな」
 よもや年下相手にありふれた定型文しか返せないとは、どうやら私が思っていた以上に小物のようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

リーフレット
ファンタジー
​「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」 ​帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。 アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。 ​帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。 死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。 ​「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」

転生してきた令嬢、婚約破棄されたけど、冷酷だった世界が私にだけ優しすぎる話

タマ マコト
ファンタジー
前世の記憶を持って貴族令嬢として生きるセレフィーナは、感情を見せない“冷たい令嬢”として王都で誤解されていた。 王太子クラウスとの婚約も役割として受け入れていたが、舞踏会の夜、正義を掲げたクラウスの婚約破棄宣言によって彼女は一方的に切り捨てられる。 王都のクラウスに対する拍手と聖女マリアへの祝福に包まれる中、何も求めなかった彼女の沈黙が、王都という冷酷な世界の歪みを静かに揺らし始め、追放先の辺境での運命が動き出す。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

処理中です...