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◆在るべきところへ◇16話◇炎の力を ③
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◆在るべきところへ◇16話◇炎の力を ③
「インティス!」
周りが助けようにも、ミゼリットがそうさせまいと立ちはだかるせいで近づくことすらできない。
インティスは体勢を崩したまま、すぐに何本もの根に絡みつかれ、姿さえも見えなくなってしまった。
何の変化もないように見えたと思うのも束の間、先ほど葉や枝の厚みが増した真っ赤な大木に、みるみるうちに小さな白い花が咲き広がった。
それはすぐに散ってしまうが、花は次々に咲き続ける。アテネの力を吸い上げた時よりも激的な、鮮やかな赤と白の目まぐるしい変化に、誰もが目を奪われた。
「これが彼の……潜在的な力……」
フェレナードは思わず呟いていた。
砂漠を移動していた時、賢者から聞かされた彼の力の源。確かにこれだけ大きい力を持っているなら、ミゼリットが欲しがるのも頷けた。
◇
木の根に視界を覆われて真っ暗になると、インティスは自分が目を開けているのかどうかさえわからなくなった。
何もない、闇の中に浮いている感覚だ。
アテネを取り返した時、自分は絶対にあの女の言いなりにはならないと思っていたのに、胸の内の弱点を突かれて動揺し、あっけなく負けてしまった。
腕を動かそうとすると、確かに根が絡みついている感触があるが、その力は思ったほど強くない。
それでも逃れることができないのは、そもそも体に力が入らないからだ。アテネや他の人間とは違い、自分は魔法を使うことができない。それなのに抵抗する力を奪われているということは、魔法の力だけを吸い取るわけではないのだろう。
これからどうしたものか。このままでは皆の元に帰れない。
その時、何度も夢に出てきた感情が覆いかぶさって来た。
夢と同じだ。悲しい。とてつもなく悲しい。
何が悲しいのかはわからず、ただただ悲しい。
こんなはずではなかった。こんなはずでは。
訴えるような誰かの感情が一方的に入り込んで来る。
そんなことはないよ、アテネは助けることができた。水の遺跡での約束だけは守れたんだ。
答えてみても、流れ込む感情は止まらない。それは誰かの後悔のようだった。
ねえ、どうしてそんなに悲しいの?
問いかけてみても、返事はない。
真っ暗な中、いつの間にか体は自由に動かせるようになっていて、空間には果てがない。
見回すと、少し離れたところに黒い水晶玉が置かれていた。
◇
「ジャドニック!」
ミゼリットは愛しい恋人の名前を呼ぶと、高く跳んだ。
咲いては散りを繰り返す白い花吹雪の中、赤い幹の高いところから男性の上半身が浮き出て来たのだ。
彼女は彼の赤く短い髪を指で梳き、赤みの差しはじめた頬にそっと触れた。
「ねえ起きて。ジャドニック、起きてよ」
まるで眠っている相手を起こすような仕草で、下から覗き込んでは声をかける。
すると、その呼びかけに応えるように、赤く短い睫毛が僅かに動いた。
ゆっくり瞼が開き、新緑の若葉のような瞳が、数百年振りに恋人の姿を映した。
「ジャドニック! ああよかった! あたしずっと待ってたのよ!」
たった一人の歓喜の声が辺りに響く中、レイとカーリアンは目を合わせると、フェレナードと水の精霊にアテネを任せ、木の根本へ急いだ。
◇
「インティス!」
周りが助けようにも、ミゼリットがそうさせまいと立ちはだかるせいで近づくことすらできない。
インティスは体勢を崩したまま、すぐに何本もの根に絡みつかれ、姿さえも見えなくなってしまった。
何の変化もないように見えたと思うのも束の間、先ほど葉や枝の厚みが増した真っ赤な大木に、みるみるうちに小さな白い花が咲き広がった。
それはすぐに散ってしまうが、花は次々に咲き続ける。アテネの力を吸い上げた時よりも激的な、鮮やかな赤と白の目まぐるしい変化に、誰もが目を奪われた。
「これが彼の……潜在的な力……」
フェレナードは思わず呟いていた。
砂漠を移動していた時、賢者から聞かされた彼の力の源。確かにこれだけ大きい力を持っているなら、ミゼリットが欲しがるのも頷けた。
◇
木の根に視界を覆われて真っ暗になると、インティスは自分が目を開けているのかどうかさえわからなくなった。
何もない、闇の中に浮いている感覚だ。
アテネを取り返した時、自分は絶対にあの女の言いなりにはならないと思っていたのに、胸の内の弱点を突かれて動揺し、あっけなく負けてしまった。
腕を動かそうとすると、確かに根が絡みついている感触があるが、その力は思ったほど強くない。
それでも逃れることができないのは、そもそも体に力が入らないからだ。アテネや他の人間とは違い、自分は魔法を使うことができない。それなのに抵抗する力を奪われているということは、魔法の力だけを吸い取るわけではないのだろう。
これからどうしたものか。このままでは皆の元に帰れない。
その時、何度も夢に出てきた感情が覆いかぶさって来た。
夢と同じだ。悲しい。とてつもなく悲しい。
何が悲しいのかはわからず、ただただ悲しい。
こんなはずではなかった。こんなはずでは。
訴えるような誰かの感情が一方的に入り込んで来る。
そんなことはないよ、アテネは助けることができた。水の遺跡での約束だけは守れたんだ。
答えてみても、流れ込む感情は止まらない。それは誰かの後悔のようだった。
ねえ、どうしてそんなに悲しいの?
問いかけてみても、返事はない。
真っ暗な中、いつの間にか体は自由に動かせるようになっていて、空間には果てがない。
見回すと、少し離れたところに黒い水晶玉が置かれていた。
◇
「ジャドニック!」
ミゼリットは愛しい恋人の名前を呼ぶと、高く跳んだ。
咲いては散りを繰り返す白い花吹雪の中、赤い幹の高いところから男性の上半身が浮き出て来たのだ。
彼女は彼の赤く短い髪を指で梳き、赤みの差しはじめた頬にそっと触れた。
「ねえ起きて。ジャドニック、起きてよ」
まるで眠っている相手を起こすような仕草で、下から覗き込んでは声をかける。
すると、その呼びかけに応えるように、赤く短い睫毛が僅かに動いた。
ゆっくり瞼が開き、新緑の若葉のような瞳が、数百年振りに恋人の姿を映した。
「ジャドニック! ああよかった! あたしずっと待ってたのよ!」
たった一人の歓喜の声が辺りに響く中、レイとカーリアンは目を合わせると、フェレナードと水の精霊にアテネを任せ、木の根本へ急いだ。
◇
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