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一章

反撃開始

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 執務室で仕事をしていたドゥーク侯爵に報告が入った。

「現場検証の立ち合いだと?」

「はい。なんでも、殿下とクレア様、それから弁護士の3人で現場検証をされるそうで、それと合わせて、例の指示書の確認もしたいとのことでーー」

「だからワシ自ら指示書を持って来いと?」

 そう言い捨てて、機嫌悪く腕を組む。

「チッ、全く面倒な」

「しかし王子、それもシルヴァ皇太子殿下からの頼みです。断るわけには……」

「わかっとる。行かん訳がなかろう。ただの愚痴だ」

 彼自身からみても、シルヴァから疑われているのは明らかだった。その上、シルフォードの娘も屋敷に引き籠ってはいるものの、何やら使用人を使って動いているらしかった。

(だが、無駄なことだ)

 そんな報告を聞いても、彼の自信は崩れない。

(魔人が関わっている以上、人の身でどうこうできる筈もない。そもそも、これまでもやつらの指示はどれも的確だった。ならば何も恐れる必要はーー)

 そこまで考えた所で、先日の魔人との会話を思い出す。

(いや、待て。あの夜、訪ねて来た魔人は何を言っていた? 「こちらの予測が初めて外れた」と言っていた筈だ。これほどの力を持ち、一度も予測を外していなかったであろうやつらが?
 ……まさか、王子は何か感づいたのか?)

 主の顔色が変わったのを見て、執事が不思議そうに話しかける。

「旦那様? いかがされましたか?」

「……同行すると返答しておけ。それから、いくらか兵を集める。そうだな……50人程度だ」

「なっ!? 何をーー」

「いやなに。あの指示書はシルフォード公爵家にとっては重要な証拠だ。それが移動中に盗まれでもしたらかなわん。何しろ証拠は印字のみ。その部分だけでも無くなると面倒だ」

「は、はぁ……。そういうことでしたら」

「兵の選別はワシがやる。さて、殿下をお待たせするのもいかん。すぐに準備をしよう」

(あの魔人も警戒しておけと言っていた。これで王子は更にワシを疑うだろうが今更だ。最悪の事態を考えればやりすぎなくらいで丁度いい)


==========
 

 ドゥークが学生寮にやってきた。寮に生徒は誰もいない。王子の指示だ。念のため、オレも確認したが残ってはいなかった。

 こちらはオレ、王子、クレアちゃん、弁護士、ゼルクさん、ゼリカさんの6人。

 対して向こうはドゥークを含めて数十人もいる。しかもやたらガラが悪い。寮を守っていた兵は普通だったが、こいつらは明らかに荒くれ共だ。しかも、力自慢のような者が殆どで、下手をすれば普通の兵より強そうだ。


「侯爵? この兵達はどうしたんだ?」

「驚かせて申し訳ない。ただ、何しろ指示書は重要な証拠。何かあっては困りますからな。用心の為です。それより生徒たちは?」

「生徒たちには自宅に戻ってもらっている。クレアがここに来る以上、再度襲撃される可能性もあるからな」

「成程。素晴らしいご判断かと」

 随分と白々しい。ここまでの数を連れてきたのは、明らかに王子たちを警戒してのこと。その上、目撃者が少ないことはこの男にとっても都合がいいのだろう。


「さて、では現場に向かおう」

「お待ちを。流石にワシの兵士全員で入るわけにも行かんでしょう。なので10名程度を護衛として連れて行きましょう。
 そして、ゼルク様、ゼリカ様はこの場で待機いただいても?」

「あ? なんでだ? 寧ろオレと妹がいりゃ他に護衛なんていらんだろうが」

「いえいえ。襲撃者が再度現れる可能性を考慮して、です。
 もし、我々が寮に入ってから襲撃者が現れれば私の兵達が危険です。勿論、最優先は殿下とクレア様の安全。
 しかし、兵達の命を無駄にしていい理由にはならない。お二人が寮の周りを警戒しておれば、襲撃者が中に入ることも出来んでしょう」

 ゼルクさんもゼリカさんも一騎当千の強者だ。やはりこの二人は遠ざけておきたいのだろう。

「なら、兄貴はここに残ってあたしが……」

「いえ。ゼリカさんも残ってもらっても大丈夫です。何かあればクレアも弁護士も私が守りましょう」

「おいシル坊、大丈夫なのか?」

「はい。任せてください」

「殿下、私の兵を忘れてもらっては困りますな? 殿下や双竜のお二人には及びませんが、それでも強者達です」

「あぁ。頼りにしている」

 王子とドゥークが笑いあっているが、空気は凍りついている。というか先日の調査の時から思ってたけど王子。キミ本当に15歳? 判断力も度胸もオレよりずっと上じゃない?


 こうして襲撃の現場にやってきた。

 まずは襲撃者が自爆した場所だ。だがここは幻覚は使われていないようだ。襲撃者は幻覚でも、爆発は本物だったんだろう。勿論、火薬以外の証拠は残さないようにして。
 ……恐らく余計な情報を増やして、捜査の目をくらませることが目的なんだろう。襲撃者が最後にいた場所なんて普通、一番調査する場所だからな。

「ここが、襲撃者が自爆した場所だそうだ」

「ほう。報告にあった通り、血痕すらないのですな。と、なると襲撃者は上手く逃げて、再度襲う機会を伺っていると考えるべきですな」

「……そうだな。もう少し確認したら、襲撃から自爆までの状況を確認しよう」


 その後、例の凹みの場所にやってきた。そこでも王子とドゥークが当時の状況について話をしている。そうしている間に、オレは周囲を確認した。先ほどから定期的に寮の周りを飛んでいるが、魔人の姿はない。そうしてオレは一度、王子の肩を叩く。

 それを確認した王子が口を開く。

「さて、ここでの検証は充分だな。ところで侯爵? ついでに指示書を確認したいのだが?」

「ふむ? ここでですかな? 良いでしょう。しかし、いくら見てもこの印字は消えませんぞ?」


 ドゥークが手元の包みから、指示書を取り出す。念のため、指示書を確認する。オレの目にも指示書は見えるが、一つだけおかしい事がある。
 
 ……サラちゃんの印字が無い事だ。
 
 オレは再度王子の肩を叩いてから、周囲にかけてある時計を回収していく。


「おや? おかしいな。全員。この指示書を見てみてくれ。」

「? 何かおかしい事がありますかな? 何も無いように見えますが? シルフォード家の印字もありますがーー っ!? なんだ!? 印字が消えた!?」

「これは!? 殿下!? これは一体どういうことですか!? 確かに先ほどまでは印字があったはずです!!」 

 こちら側の弁護士も大きく驚いている。そりゃあ目の前で消えたらな。

 前回来た時、ここから、自爆した角の場所まで、時計が複数置いてあった。そして、昼を示す鐘の音は、ほぼ全ての時計から鳴っていた。だが、襲撃者が現れた場所から自爆した場所までに置いてある時計は音がせず、オレには違和感しかなかったのだ。慌てて確認したが、秒針の音も周囲の時計からは聞こえなかった。
 恐らく、普段は秒針の音で幻覚を見せているのだろう。

 だから、指示書に印字が無い事を確認したオレは、ゴースト状態で対象の時計を回収し、外に捨ててきた。その結果、こうして幻覚が消えたのだ。

 急展開に戸惑う彼らに、王子はただ淡々と口を開く。


「印字は消えた。さて、先ほど事件の検証をしているときに話した、襲撃者がぶつかった凹み。そちらを確認いただいても?」

「なんですと? ーーなっ!? 凹みが無くなっている?」

「そうだ。さて、侯爵? これは一体どういう事なのだろうか?」

「な!? ワ、ワシが何か!? まさか、これらを仕組んだのがワシだと!? バカな、存在しないものを見せるなど、ワシに出来るはずがーー」

「……そうか。クレア嬢!!」

「はい!! 来て! ウンディーネ!!」

「「なっ!?」」


 クレアちゃんが守護騎士を召喚する。その姿にその場の誰もが驚く。
 さて、この事件もいよいよクライマックスだ。
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