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一章

白を黒に

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 王城の地下牢。
 檻に閉じ込められた男が、見張りの兵士に1枚の紙を渡している。

「すまない。よく確認出来た。ありがとう」

「もう良いのですか? これが最後なのでしょう?」

「あぁ。娘に頼まれたのは『最後に一度、確認して欲しい』という事だけだ。確かに、いくら見直してもサラの印字だ。だが、我が娘ながらあの娘は優秀だ。この状況で意味の無い事はすまい」

「あの方は聡明な方ですものね。侯爵も『最後』と言われれば断る理由も無かったようで、コレをお預かりするのは簡単でした。寧ろ、この程度の協力しか出来ずに申し訳ありません」

「いや。君の仕事は私の監視だ。国賊の容疑がかかった私に協力してくれたこと、感謝する」

「……この国の誰も、貴方方を疑ってはいませんよ」

「ありがとう。これで、状況が変われば良いのだが……」


 ……サラちゃんのお父さん、大丈夫ですよ。よく確認出来ましたから。

 シルヴァ王子との現場検証後、シルヴァ王子にこの人への伝言を頼んだ。あの印字が本物か幻覚かを確かめるために。
 お陰で、あの印字は幻覚であることが分かった。このまま思いついた作戦を提案しよう。

 こうしてオレはすぐにサラちゃんの元へ戻っていった。


 …………


「事件現場に幻覚があることが確認出来たよ。あと、ついでに指示書も確認してきた。あの印字も幻覚だね」

「本当!? じゃあ、後は幻覚を解除する方法ね。……耳を塞げば解除出来るかしら?」

 そう。幻覚であることが分かっても、解除出来なくては意味がない。だがーー

「それについても心当たりがある。調査していた時に、襲撃者の現れた周囲だけ時計の音がオレには聞こえなかったんだ」

「時計の音?」

「うん。調査中に鐘が鳴ったんだけど、一部の時計から音がしなかったんだ。秒針の音も聞こえなかったから違和感が凄かったよ。なのに、あの王子が違和感に気づかなかった。
 という事は、魔人に関係するものだと思う。だから多分、オレがそれらの時計を全部回収してどっかに捨てればーー」

「幻覚が解けて私の冤罪が晴れるかもしれないのね! 凄いわ玉木! 大収穫よ!!」

「随分と的確な行動ですね? 間違えて頭でも打ちましたか?」

 フローラさんは相変わらず辛らつだ。いや、一応褒められてはいるのか? これが俗にいうツンデレというやつか。

「……なんですか? 貴方何か不愉快なことを考えていませんか?」

 凄いなこの人。下手にイジってもややこしくなる。ここは普通に話を進めよう。

「いや、調査の後の行動も含め、事前に考えていただけだよ。オレは二人程の知性や判断力は無いけれど、睡眠が必要ない。だから深夜はパトロールしながら、メモを使って色々考えてたんだ。ゴースト化状態でも、メモは書けるからね」

「あぁ、それでメモの消費が早かったのね。王子との連絡に使っていると思ってたわ」

「うん。それで、次の問題はドゥークをどう捕らえるかについてだね」


 最優先事項である、サラちゃんの冤罪についてはこれでなんとかなる。後はあの男だけだ。

「そうですね。もし、幻覚が解けても『ワシも騙されていたのだ』等と言われれば、のらりくらりと逃げられます。しかし、それこそ魔人と共にいる現場を押さえなければならないのでは?」

「そうね……。でも、ここで捕まえなきゃ。警戒されたらもうこんな尻尾は出してくれないと思うわ」

「そうなるとどうやって現場を押さえるか、ですね。しかしやつは豚ですが馬鹿ではない。安易な行動はしないでしょう」

「いや、この際魔人は無視しよう」

 今、魔人と戦うのは危険だ。ゲームでも本格的に魔人と戦うのは中盤以降。だから多分、一年目は魔人絡みの陰謀が殆どだったんだろう。そうなると、今の王子やクレアちゃんの力で戦えるとは思えない。


「玉木? 何か考えがあるのね?」

「ある。まず、作戦を話す前にクレアちゃんの神鏡についてだ」 

「神鏡の?」

「うん。神鏡は守護騎士を呼び出すんだけど、これは自我を持っているんだ。ようは生き物と同じように考えて行動する。オレの知っている守護騎士なら、言葉だって話せる」

「守護騎士ですか? しかし噂では、今の彼女は火球を飛ばすことしか出来ないそうです。守護騎士を召喚出来るようになるまで待つのですか?」

「いや、そこについても心当たりがあったからね。その事を書いた手紙を王子に渡してある。だから多分、近日中に守護騎士は召喚出来ると思うよ」

「そう? じゃあ守護騎士を召喚出来る前提で話してちょうだい」


 本題はここからだ。

「わかった。この国では、神剣と神鏡は特別視されてるよね?」

「そうね。国の法具だもの」

「そう。例えばサラちゃんが『ドゥーク侯爵と魔人が一緒にいた』って言っても、証拠が無ければどうにもならない。けれど……守護騎士の言葉なら?」

「……!? そういうこと!? 同じ事を守護騎士が言えば……『その言葉』が証拠になる!!」

「ご名答。特に守護騎士は人じゃないからね。国民から見れば神鏡そのものにも見える。王子が言うよりも何倍も説得力があるだろうね。そこに、幻覚を守護騎士が解除したとでも言えば更に信憑性が上がる」


 そう。あの男がやったことだ。証拠が無いなら作れば良い。国民全員が神聖視している守護騎士の言葉なら、それが可能だ。


「なんという暴論……。それは白を黒だと言い張るような話ではないですか……」

「そうだね。でも、相手はこれまでそんな事を平気でやってきている。サラちゃんの冤罪だってそう。なら、こちらも清廉潔白のままでは勝てない。まぁ今回は魔人といるところを直接目撃してるしね」

「契約の話の時も思ったけど……玉木、貴方意外としたたかよね……」

「全くですね。このような男と徒党を組むことを恥ずかしく思います。……まぁ、今はそれが必要だとも思いますが……」

「元の世界での仕事柄、よく学んだからね。同じ内容でもどんな言葉か。同じ言葉でも誰の言葉か。それで、受ける印象は全く違う」

「……貴方、元の世界では詐欺師だったのですか?」

「全然違うよ。オレは相手の不利益を勧めた事はない。WINWINの関係を追ってきた。
 ……まぁ、だからこそ苦労することも多かったけどね」


 そう。自分の利益だけを考えるのは容易だ。それに対して、相手の利益も考えるのは骨が折れるものだ。けれど、因果応報なんて言葉もある。だからこそ、苦労の先には何か得るものがあると、オレは信じたい。


「けど、貴方のしてきた苦労に多分、私たちは助けられている。玉木、改めてお礼を言うわ」

「それはこの作戦が成功した時に言って欲しいな。さぁ、最後の打ち合わせをしよう」



~~~~~~~~~~~~~



「……来て! ウンディーネ!!」

「「なっ!?」」

 クレアちゃんが守護騎士を召喚する。その姿にその場の誰もが驚く。
 さて、この事件もいよいよクライマックスだ。

 現れたのは文字通り全身水で出来た女性だ。魔人というよりは、精霊のような見た目をしている。

「……皆様。初めまして。私はクレア様の守護騎士、ウンディーネ。以後、お見知りおきを」

「こ、これは守護騎士様。ご丁寧な挨拶、恐れ入ります」

「クレア嬢は最近、守護騎士の召喚が出来るようになったんだ。そして、この幻覚を解いてくれたのは彼女だ」

「そうなのですか!? 守護騎士様にはそのような事が……!!」

「そうだ。そして、彼女はもう一つ、重要な事を教えてくれた」

「重要な事?」

「はい。そこの中央におられる方。貴方は先日魔人と出会っていましたね?」


 守護騎士が打ち合わせ通り、ドゥークを指さして答える。

「なぁっ!? そんなバカな!? この私がそのような事をするわけが!?」

「知っていますよ? 貴方が透明になる魔人と策謀していたことは」

「ななっ!?」

「だから私が現れたのです。魔人と共に国を傾ける男を裁くために」

「……とのことだ。何か言い逃れはあるかな侯爵? それとも君の身辺をすぐに調べようか? 勿論、守護騎士と共に」


 王子が止めの言葉を放つ。するとドゥークは一度下を向いてから笑い出す。

「く……くく……。まさかここまで来てこのような事態となるとは……。だが、ワシの予想は正しかったようだ。殿下? やはり貴様らにはここで死んでもらうしかないようだ。守護騎士さえいなければ、魔人の力で幾らでも誤魔化せる。さぁ、お前ら、仕事の時間だ」

「「ははっ」」
 
 ドゥークの兵達が構える。やはり戦闘になるか……。だが、ここはクレアちゃんにーー

「……ふざけないでください。私を襲い、サラ様をおとしいれ、ことここにいたっては私たちを殺す? 許さない……。絶対に……許さない!!」


 クレアちゃんが吠える。あれ? そんなキャラだったか?
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