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一章

幕間 恋

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「玉木、今は時計の音と銅羅の音が聞こえるわ」

「うん。その二つはオレにも聞こえるよ。それぞれ一種類ずつ?」

「えぇ。じゃあ、ここは大丈夫そうね。取調室で見つけたっていう変な置物はここにある?」

「いや、見る限り無さそうだよ。大量に置いてあることを警戒したけど、意外と無いんだね」

「そうね。敵も慎重に動いているみたいだから、あまり大きな動きは避けてるのかもね」


 オレとサラちゃんは、城に設置されていた幻覚の発生源を取り外している。
 寮と同じように常に音が鳴る時計や、広範囲になる鐘や銅羅など、確認するものは多い。
 また、取調室などの静かな場所には、よくわからない不可視の箱があった。しかし、サラちゃんの耳元に持っていっても、何も聞こえないと言っていた。ひょっとして蝙蝠のような超音波か何かを出しているのだろうか? どの道、オレにしか見えない時点で黒だが、音が聞き取れなくても幻覚はかけられるのかもしれないな。

 待てよ? どうやって学園の校門で幻覚を見せたのかと思っていたけど、コレか?
 だとすると戦闘前にコレが置かれたり、魔人が身につけてくる可能性がある。今後の戦闘の際には気をつけよう。

 
「この調子ならなんとか今日中には終わりそうね」

「そうだね。正直助かったよ。何日も続けばフローラさんがどうなるか……」

「ちょっと見てみたいけどね。フフ……。フローラの観察日記をつけたら面白そうね」

「勘弁してよ……。最後には意思疎通も出来なくなりそうだ……」

「クスクス。そういえば、玉木はフローラの事をどう思っているの?」

「? どう? 普通に仲間だと思っているよ」

「……そっかぁ……」

 残念そうな返答。ん? この態度、ひょっとしてーー

「ひょっとして、オレとフローラさんにくっついてほしいの?」

「そう! 可能性はありそう!?」

「ないね」

「断言しないでよぉ……。玉木は元々私たちと同じような人間なんでしょ? という事は異性を見る目も同じなんでしょ? フローラは美人だし仕事も出来るわ。玉木には厳しいけど、アレも信頼の証だと思うわよ?」

 サラちゃんが口を尖らす。可愛い。キュンとする。

「あはは……。わかってるよ。フローラさんもなんだかんだ言って、オレを仲間だと思ってくれてるんだろうね。でも、そこに異性への好きはない筈だよ? オレだってそうだし」

「ちぇー。大好きな二人が結ばれてくれたら私、幸せだったのにぃ」

「……君、オレがその言葉に心揺れると確信して発言してるよね?」

 実際、心にくる。でも、ときめいてしまうからやめてほしい。

「あら? 大好きなのは本当よ? 勿論、計算して言っているのもあるけど」

「ホントに着々と魔性の女になっていくねぇ……。王子にはアピールしないの?」

「勿論するわよ? でも、シルヴァ様は私の気持ちもご存じだから過剰なアピールは逆効果。まずは魔人を倒す事を考えないとね。さ、調査を再開しましょ」

「了解。お嬢様?」


 こうして調査を終えたオレ達は王子の部屋に戻る。と、そこにはこちらに背を向けた女の子がいた。というか後頭部のあのデカリボンはーー

「シルヴァ様、ただいま戻りました。あら? クレア?」

 その声に桜色の髪を揺らし、こちらを振り向くクレアちゃん。

「あ、お帰りなさい。サラ様。今日は今後の事もあるからとお城の案内をしてもらったんです」

「そうなのね。ところでクレア? 友達なんだから、私のことはサラと呼び捨てにしてくれて構わないわよ?」

「あぅぅ……流石に呼び捨てなんて無理ですよぉ……」

 小動物のように縮こまるクレアちゃん。そんな彼女を微笑ましそうに見ながら、王子が話に入ってくる。

「まぁ、確かに今はまだ、学園で呼び捨てをするのを見られても不味いからね。暫くはそのままでいた方が良いかもしれないね。けれど、玉木の話では最終的には私たちと同格と認識されるのだろう? なら、いずれ呼び捨てにする日もくるだろうね。
 しかし、サラ。私に敬語を使う君が言うのかい?」

「あら? クレアはお友達ですが、シルヴァ様は私の想い人ですもの。仕方ないではありませんか」

 堂々と王子に告白をする。スゲーなこの子。

「サラ……。君は本当に変わったね……。勿論、良い方向にだけれど。つい最近までは周囲の目を気にして、取り繕った態度だったろう?」

「えぇ。フローラや玉木に甘えさせてもらっていますからね。その分、迷いなくいられるようになりました。シルヴァ様も私に甘えてくださって構いませんよ?」

「フフ……まあ確かに私も皇太子としてのプレッシャーはある。だが、今はまだ大丈夫だ」

「そうですか? では、甘えたくなったら仰ってください」

「あわわわわわ……」
 
 クレアちゃんが真っ赤だ。こんな場面を見てはそうなるだろう。まぁ、オレは最早スゲーとしか言えないけど。15で出来る会話じゃないよこんなの。もっとフワッとした恋愛をしようよ。

「クレア、真っ赤になってどうしたの?」

「いえ、お二人の会話が大人すぎて……。やっぱりお二人は凄いです」

「あらあら。でも、クレアだって学園で恋をするかもしれないわよ? 神鏡に選ばれた貴方なら、平民とはいえ、寧ろ婚約したい殿方の方が多いはずよ?」

「そんな……。今ですらいっぱいいっぱいなのに、恋どころか婚約なんて考えられないですよ……」

「そう。でも、気になる殿方がいたら教えてね? 私、友達との恋バナも楽しみたいの」

「!! 友達との恋バナ……!? はい! すぐにお伝えします!」

 クレアちゃんの目が輝いている。彼女だって年頃の女の子だ。当然だろう。
 因みに、このゲームが恋愛シミュレーションだということは伝えていない。どのみち、ストーリーをよく知らないオレには詳細が説明出来ないし、サラちゃんのことだ。伝えたところでクレアちゃんの意思を尊重して、自由にさせたがるだろう。なら、余計な事は言わないでいい。

「フフ……仲が良いようで何よりだ。ところで、調査の方はどうだったんだ?」

「えぇ。報告いたします」

 
 サラちゃんが調査結果を報告する。城には30近くの仕掛けが見つかった。
 ただ、城の広さと対象物の大きさを考えれば、決して多くはないだろう。必要最低限という印象を受ける。また、先ほどの謎の装置だ。魔人との戦闘の際には、常に確認しておいた方が良さそうだ。

「そうか。わかった。玉木も協力してくれてありがとう。君には色々と世話になっているな」

 そう言ってオレをねぎらう王子。本当に人間が出来ている。すぐに紙に書いて返答する。

『いえいえ。寧ろオレを信頼してくれてありがとうございます』

「当然だ。サラを助けてくれていることや、クレアへのアドバイス。本当に助かっている」

「そ、そうです! 私も、玉木様のお陰で神鏡を使えるようになったんです。それに、戦場では命を助けてもらいました。その上、シルヴァ様やサラ様と友達になれたのも、きっかけは玉木様の心配こころくばりでしたから!」

 二人が素直に感謝を示してくれる。これは普通に嬉しいやつだ。つい、顔がにやけてしまう。

「嬉しそうね、玉木。でも、二人の元に行っちゃったらイヤよ?」

「あはは。嬉しいのはしょうがないじゃない。でも、オレはあくまでサラちゃんの使い魔だ。どこにも行かないよ」

「そうね。これからも頼らせてね」


「……聞こえなくてもどのような会話をしているか想像はつくな」

「そうですね。まるで家族みたいですよね。ちょっと羨ましく思っちゃいます」

「そうだな。さて、もうすぐ日が暮れる。二人とも、家まで送らせよう」

「お願いします。それではお二人とも。また明日、学園で」

「はい!また明日!」

「あぁ。明日もよろしく頼む」
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