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三章

男子会の謎

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 雲一つない清々しい朝。
 登校してきたサラがそのブロンドの髪をたなびかせて歩いていると、桜色の髪に大きなリボンをつけた少女がいつものように話しかけてくる。

「サラ様! おはようございます!」

「あら、クレア。おはよう。今日も元気ね?」

「はい! 先日のパジャマパーティがとっても楽しかったですから!」

「そうね。またやりましょう?」

「はい! いつにしましょうか!?」

「クスクス……。せっかちね。でも、もうすぐ最初の中間試験よ? 貴方、勉強の方は大丈夫なの?」

「……あ」

 サラの言葉にクレアの顔は真っ青になった。どうやら完全に忘れていたらしい。
 その上、ここ数日はずっとバタバタしていたのだ。マリアやカイウスの事が気になって、授業にも集中出来なかっだろう事は想像に容易い。

「そうでした……ここ数日、勉強がおざなりになっちゃってます……。ただでさえ難しいのに、訓練もしながら勉強もしなきゃなんて……」

「そうね。国としても神鏡の使い手がおバカなんて認められないでしょうから、甘く見てもらう事も難しいでしょうね」

「うぅ……。どうしよう……」

 頭を抱えて涙目になるクレアにサラは呆れたが、同時に同情の念も浮かんだ。通常の勉学だけならまだしも、マナーの授業や武芸の授業だってある。その上神鏡の使い手としての訓練だってあるのだ。これまでそのような事を学んでこなかった彼女には厳しい、というのも確かだった。

「もう……しょうがないわね。じゃあ、今日から毎日ウチにいらっしゃい?」

「え?」

「私で分かる範囲なら教えてあげるわ」

「で、でも……それじゃサラ様のお邪魔に……」

「教える事で理解を深められる事もあるからね。それに、ウチは公爵家。家庭教師だって何人もいるわ。だから貴方のレベルに合わせて教えてもらえると思うわよ?」

「サ、サラ様……」

「貴方が訓練も勉強も頑張っているのは知ってるわ。それに今回はあんな事件があったんだもの。多少の協力はしてあげるわよ」

「ザラざまぁぁぁぁ!!」

「こらこら。泣かないの」


 泣きながら抱き着いてくる彼女の頭を撫でてやる。と、そこにクセッ毛の髪をはねたままにした少女。マリアがやってきた。

「おはようございます。サラ様、クレアちゃん」

「あらマリア。おはよう」

「バリアざば……おばようございばず……」

「バリア様なんて初めて言われました。クレアちゃん、どうしたんですか? 朝から号泣してるなんて」

「もうすぐ中間試験があるでしょ? なのにここ最近バタバタしてたからね。勉強が不安なんですって。だから、私の家で家庭教師に教えてもらうように言ったら……ね?」

「なるほど。でも、クレアちゃんはやっぱりすごいですね? 私達は家庭教師に教えてもらうのは当然と思っていましたが……それを無しで独力だけでこの学園に通うなんて」

「本当よね。だからこういうイレギュラーな時くらい、力になってあげたくって」

「流石はサラ様ですね。私も数日分の授業の後れを取り戻さなくてはいけないので、最近は勉強漬けになっています」

 そう。マリアだって事件が解決するまではずっと拘束されていたのだ。当然、授業だって欠席している。

「貴方も大変ね」

「そうですね。早く解放されたいです。そういえば、玉木さんは今ここにはいるんですか?」

「玉木は今、念のため学園に魔人の痕跡が無いかを確認に行ってるわ。だから今日は私一人ね」

「そうですか。サラ様は玉木さんから男子会の話は聞いていませんか?」

「男子会? 楽しかったって言ってたわよ? メルク様も途中から自然に会話してくれたって喜んでたわ」

「クレアちゃん。ゼルクさんの方は?」

 そう言ってクレアにも話を聞く。クレアもなんとか泣き止んだようで、不思議そうな顔をしながらも答える。

「ゼルクさんですか? 特に何かあったという事は聞いていませんが……。寧ろパジャマパーティがどうだったかって聞かれました。楽しかったって答えたらすごく嬉しそうにしてました」

「……そうですか」

「マリア? どうしてそんな事を?」

「それがですね、次の日メルク様とお茶会をしたんです。そこでメルク様に男子会の様子を聞いたんですけど、顔を青くして答えられないって言われちゃったんです。深く聞こうとしたら『マリア、お願い。お願いだからこの話には触れないで』って頼まれて」

「それは相当ね……」

「そうでしょう? すごく気になるんですが、そこまで言われたらメルク様には聞けないので、他の人のお話を聞きたいと思って」

 先日の玉木の様子が頭に浮かんだ。彼も何か言い淀んでいたから何かあったのだろう。それでも楽しかったという言葉に嘘はなさそうなので、サラは特に気にしていなかった。

 ……問題は目の前のマリアが納得出来ていないことだ。
 どうしたものかと思っていると、もう一人の友人がポニーテールを揺らしながらやってきた。

「あら? 皆さん、こんな所で集まって何を?」

「あ、おはようございます。リリー様」

「あら、リリー。おはよう」

「リリー。おはようございます」

「おはようございます、皆さん。それで、どうしたんですか?」

 リリーも話に入ってくる。自分の婚約者にあれほど興味のない彼女に聞いても答えはわからないだろう。それでも念のため、サラはリリーに問いただす。

「リリー。単刀直入に聞くわね? 先日の男子会の話、カイウス様から何か聞いている?」

「男子会の話ですか? いえ、特に聞いてはいませんよ?」

「……くっ! やはりリリーに聞いても無駄ですか……朴念仁すぎる!」

「唐突になんのお話ですか? マリアもしれっと失礼なことを言わないで」

 マリアの言葉に怪訝な顔をするリリー。そんな彼女にクレアが補足する。

「男子会が終わった後、メルク様の様子がおかしかったそうなんです。カイウス様の様子はどうでした?」

「そうなの? お会いしてないからわからないわね」

「リリー……。貴方、婚約者に興味が無さすぎじゃない……?」

「興味が無い訳ではないですよ? 特にシルヴァ様関連の話は、是非聞きたいと思っています」

「サラ様……。婚約者に対する興味ってこれが正解なんですか?」

「そんな訳ないじゃない……。マリアだって普通にメルク様には興味を持ってるから、こうして話を聞いてるんだもの……」

 シルヴァに興味がある訳でもなく、シルヴァとカイウスの話を聞きたがるこの娘は、自分の婚約者をなんだと思っているのだろうか。
 そういえば先日も何か言いかけていた。

(確かーー『良い供給源』? 意味はわからないけれど、考えない方がよさそうね)

 サラは深く考える事をやめた。


「むぅ……しかしそうなると直に聞くしかないですね」

 マリアは諦めきれないといった様子でうなる。

「マリア? 貴方テストは大丈夫なの?」

「大丈夫ではありません。だからこそ! ここでハッキリさせて、勉強に集中したいのです!!」

「メルク様には聞けないの?」

「リリー様……。それが、メルク様から直接聞かないでくれっていわれたそうです」

「ふむ。じゃあしょうがないわね。カイウス様を捕らえて尋問しましょうか」

「……ホントに貴方、カイウス様を何だと思っているの……?」

「勿論、素敵な婚約者ですよ?」

「素敵な婚約者を『捕らえて尋問しよう』なんていう乙女はいないわよ……」

「ここにいますよ?」

「……そうね……」


 もう、これはどうしようもないようだ。そしてそこに運悪く青髪の青年。カイウスが通りかかってしまう。

「なんだ? そろそろ授業が始まるのに、なんで揃ってそんな所にいるんだ?」

「……カイウス様? 今、お時間よろしいでしょうか……?」

「ん!?  い、いや、マリア嬢? そろそろ授業が始まるからな……?」

「今です! リリー!」

「それっ!」

 マリアを警戒して後ずさりするカイウス。そこにリリーが死角から、カイウスを捕らえようと飛びかかる。だが、カイウスは見えていたかのようにヒラリとかわす。

「甘いっ!」

「嘘っ!? 完璧だと思ったのに!?」

「リリー! いつもオレを生贄に出来ると思うな! オレは授業に出る!!」

「「くっ!」」
 
 そう言って走り去るカイウスを悔しそうに見つめるマリアとリリー。

「貴方たち何をしているの……? それにカイウス様も……最早天敵を見る目だったわよ……?」

 目を細めてぼやくサラの言葉など届かず、リリーとマリアは計画を練る。

「警戒されてしまったようね。仕方ない。昼休憩に襲撃をかけるしかないわね」

「そうですね。リリー。サポートをお願いします」

「えぇ。任せて」

「……お二人共、なんか目的が変わってませんか……?」


 こうして朝は諦めて授業に出る事になった。
 因みに昼休憩にも勝利を収めたカイウスだったが、健闘虚しく放課後には捕獲された。だが、捕獲された後も漢気を見せ、「オレは知らん! 何をされても喋る気はない!」と言い張った。この為、彼女らが真相にたどり着くことは最後までなかった。
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