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三章+

体育祭前の訓練

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――カッ! カッ!――

 今日も訓練の為にゼルクさんの家に集まっている。だが、鳴り響く音はいつもの金属音ではなく、木の音だ。


「すぅ……はっ!」

 何度かの打ち合いのあと、サラちゃんが突っ込む。だがーー

「甘いな! サラ嬢!」

――パシッ!!――

「っ!」

 カイウス君がサラちゃんの槍をはたき落とし、その勢いのまま、のどを突く。

「……これで十本だ」

「参りました……」
 
 十回連続でカイウス君の勝ちだ。魔力で強化しているとはいえ、Aクラスでは圧倒的な強さを誇ったサラちゃんが手も足も出ない。やっぱりカイウス君は強いな。

「流石はカイウス様ですね……」

「オレは幼少期からずっと鍛えているしな。それにサラ嬢程、政治学などの勉強に時間を割いていない。その上魔力の強化もある。流石にこれで敗ける訳にはいかん」

「そう、かもしれませんが……。確かに、私が本格的に槍術を学び始めたのは3年前。それでカイウス様に並ぼうなどとは思っていませんが……まさか1本も取れないとは」

「いや、3年でそれなら充分じゃないか。それこそ、アタシに弟子入りしてきた時のカイウスに比べりゃ、ずっと上等だよ」

「そうだとしても……体育祭で足を引っ張りたくはありませんので……」

「あんたで足手まといなら、その辺の兵士連れて来たって無理さ」

「う……」

 サラちゃんは少し不本意そうではあるが……。まぁ、そうだろうなぁ……。現時点でもメンバーの強さは中々のものだ。それこそ普通の兵士数人程度では、束になっても敵わないだろう。
 そうなってくると、このメンツとやりあうには色々と工夫がいるだろう。


「サラ様、カイウス様。お疲れ様です。これ、白湯です」

「あぁ、助かる。マリア嬢」

「ありがとうマリア。貴方も今日は来たのね?」

「えぇ。皆さん参加されますしね。それにクレアちゃんにも色々と聞きたいこともありますし」

「守護騎士……というよりノームのことか?」

「はい。ノームさんはなかなかに説明下手なようで、クレアちゃんに説明してもらっても難航しているんです」

「クレアも大変ね……」

「仕方ありません。無理なものは無理なので、時間をかけていただくしかありません」

「いや、大変なのはマリア嬢のせいだと思うんだが……」

「けどまぁ、貴方がそうやって興味を持つ事が、守護騎士の能力の把握に繋がる事も事実ね」

「えぇ。色々聞くことで、クレアちゃん自身も新しい技を覚えつつあるみたいです」

「ホントに、何が幸いするかわからないものですね……」

「そうだな……」

 確かに。マリアちゃんはオレ達が気づかなかったり、思い込みで見落とすような内容にも興味を持って質問する。思い込みは成長を阻害する。常識を常識と断じないマリアちゃんの姿勢からは学ぶべきところがある。……一部だけどな。
 向こうでは王子とメルク君が打ち合いをしている。


――カッ! ガッ! カッ!――

「っ!」

「どうしたメルク!? 防戦一方になっているんじゃないか!?」

「ク……」

 王子の激しい攻撃をなんとか凌いでいる。が、状況はメルク君に不利だ。

――カッ!――

「……ここ!」

 つばぜり合いの直後、メルク君が杖を手放す。一気に距離を詰め、超接近戦に持ち込んだ。そしてそのまま左手で、王子の顎目掛けてアッパーを放つ。
 だがーー上半身の動きだけ、いわゆるスウェーで避けられてしまう。

「なっ!?」

「フッ!」

 木剣を手放した王子に左手を掴まれ、足払いと合わせて体勢を崩されるメルク君。そして振り下ろされた拳が寸止めされる。
 勝負あったな。

「ぐ……くそ……」

「残念だったな。お前も体術を学んでいるようだが……私はゼルク師匠の弟子だぞ? あの人は徒手空拳の使い手でもある。そんな男が、弟子に体術を教えていないとでも思ったか?」

「く……これで……2勝8敗ですか……。やはりまだまだ修練が足りませんね……」

「そうだな。魔力の扱いは同程度。身体能力にそれほど差はない。なら、あとは技術の問題だろうな」

「うぐ……今に見ていてください! 絶対に追いついて見せます!」

「させないさ。私だって今以上に強くなる」

 メルク君は最近、王子やカイウス君に対抗意識を燃やしている。なんでも、自分だって仲間でありライバルなんだとか。そして、その言葉を受けた二人もどこか嬉しそうにしており、特訓にも熱が入っている。
 なんかこう……青春って感じで少し羨ましい。

「シルヴァ様、メルク様。お疲れ様です」

「あぁ、ありがとうクレア」

「ありがとうございます。クレアさん。そちらも基礎訓練は終わったのですか?」

「はい。ノームは地形を操りますからね。力を使った後は、力を使う前と同じように戻さないといけないので、どうしても時間がかかってしまって」

「仕方ないな。訓練場が穴ぼこになるのは不味いからな。……それはそうと……リリー嬢はまた家に?」

「はい。鼻血が出そうだと言って戻りました。念のためエレナ様が付いていってます」

「そうですか……。出血多量で体調を崩さないと良いですけどね……」

「まぁ、それでも熱心に来ているんだ。訓練を手伝ってもらう事もあるし、助かっているからな」

「そうですね。かなり積極的に手伝ってくれますからね」

 そうだな。まぁ彼女の場合、手伝いの報酬は充分に貰っている気もするが……
 

「そう言えばお前ら。例の体育祭、オレとゼリカも顔を出すからな」

「「え!?」」

「念のためさね。あの体育祭、一応部外者の見学も禁止ではあるが、それこそ魔人の介入がないとも限らない。玉木とも連携して、警戒に当たろうと思ってね」

「で、その話を聞いた体育祭の実行委員会が、私を通じて師匠達に解説を依頼してきた」

「……成程。下手なことをすれば師匠達にボロクソに批評されそうだな……」

「ダハハハ! 緊張感があって良いだろ? オレ達もお前らの戦いも見てみたいしな」

「それは気合が入りますね」

 ふむ。確かにこないだの話じゃないが、魔人が介入してこない保証もない。そうなるとオレが警戒しなくちゃな。……あれ? 待てよ? 幻覚魔人が来る可能性もあるよな? オレ一人では幻覚かどうかはわからない。でも、サラちゃんには体育祭に集中して欲しい。それだとーー

 ゆっくりと振り返り、フローラさんを見る。

「えぇ……。とてつもなく不服ですが……。貴方と共に巡回する必要があるでしょうね」

「マジ? オレ、1日中罵倒され続けるの……?」

「貴方が妙な事をしなければ、そのような事にはなりません」

「それ、オレが四六時中妙な事をしている風に聞こえるんですが?」

「私が四六時中罵倒しているように聞こえますよ?」

 そうか。彼女と共に巡回か。まぁ、仕方あるまい。お互い、主の為だ。頑張るしかない。


「さて、じゃあペアを変えて十本勝負したら、もう一度小休憩。その後はオレとゼリカとの組手だ。クレアは全員の戦いを見ておけ。見るのも勉強だ」

「はい。ゼルクさん」


「わかりました! サラ、やるぞ!」

「はい! シルヴァ様、胸をお借りします!」


「オレ達もやるぞメルク」

「えぇ。昨日は1本も取れなかったですからね。今日はその分、2本取ります!」

「ふ……。1本も渡す気はない!」


 各ペア、全力で組手を始める。

「しかし……最近ガキ共の目がギラギラしてきたな」

「そうだね。体育祭なんて『ふーん』くらいに思っていたけれど……ここまで良いモチベーションになるとはね」

「考えてみりゃ、敵の魔人を見たことがあるのは精々カイウスくらいだ。敵の強さや概要をイメージするのも難しいんだろう」

「アタシたち相手じゃまだ、力量差がありすぎて現実感がないだろうしね。仲間の方が仮想敵としては丁度良かったんだろうね」

「それにクレアも最近楽しそうだしな」

「はい! 体育祭が楽しみです!」

「そうかぁ~。クレアも頑張れよ?」

「はい! 頑張ります!!」

「……完全に子煩悩な父親だねぇ……。アタシも人の事は言えないんだろうけどね……」
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