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三章+

体育祭開催

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「おーい! その台座、もうちょっと後ろだー!」

「うげぇー!? マジかよ誰だよ設置したやつ!」

「いいから早く動かすぞー!!」

 体育祭前日、生徒達が校庭に観覧席を設置している。割と大がかりなもので、競技場の観覧席のように、最後尾はかなりの高さになっている。

「ったく。なんでこんなもの設置しなきゃなんないんだ!?」

「いや、よくはわからないんだけどよ、噂ならあるぜ」

「噂?」

「なんでも、明日の対抗戦に出る神鏡の試合を見る為なんだとか」

「なんで試合を見る為だけにこんなもん設置しなくちゃならねーんだよ。例年通り椅子を並べりゃいーじゃんか」

 彼らの言うように、こんな設備を設けるのは学園始まって以来のことだ。愚痴が多くなるのは仕方ない。

「ホントにな。でもよ。明日はゲストも来るらしいぜ?」

「ゲスト? 親や付き人すら入れないウチの学校に、部外者なんて珍しいな。」

「それがよーーなんでも、双竜のお二人が来るそうだぜ?」

「マジでか!? 超有名人じゃねーか!?」

「そうなんだよ! ちょっと楽しみだよな」

「バッカ! 楽しみどころじゃねーよ! 頼んだらサインくれねーかなぁ」

「確かに……。念のため色紙用意しとくか」

「だな! 明日が楽しみすぎるぜ!」


…………


――キィン!! キィン!!――

 体育祭当日、朝から学校の校庭には似つかわしくない金属音が響いている。だが、生徒たちは静かにその様子を眺めていた。いや、静かにーーというよりは息を呑んで、だ。
 その音の発生源は学園の全員が初めて目にするであろう、双竜同士による組手だ。

――ガキィン!!――

 二人の獲物が大きな衝撃音を響かせる。その瞬間、周囲から弓矢が一斉に放たれる。

――シュピピピピッ!――

「「あっ!?」」

 全方位から幾つもの矢が、二人を襲う。だがーー

「ふーっ……。そらっ!」

「せりゃ!」

「「おぉっ!?」」

 二人は背中合わせになり、それぞれの一振りで全て吹き飛ばしてしまう。
 そして一瞬の沈黙が訪れーー


「「……」」

「……えー……以上、双竜のお二人による特別演習でした」

「「うぉぉぉぉぉ!!」」

 会場中から地響きのような歓声があがる。


「すっげぇ!! あれが双竜か!!」

「どっちも武器の動きが全然見えなかった!!」

「動きも無駄がないっつーか……見惚れちまうよな!!」

「あぁ! 滅茶苦茶カッコよかった!!」


「あれがゼリカ様なのね! 噂には聞いていたけれど……素敵な方ね!!」

「ホントに!! あのたくましい手足。それでいて無駄のない身体。その上あの整った顔立ち。なんて素敵なのかしら!!」

「後でプレゼントを持ってお話しに行きましょ!!」

「そうね!!」


 そんな会話を、双竜と親しい者達もそれぞれのクラスで耳にしていた。


「~♪」

「クレア。嬉しそうだな?」

「勿論です! 皆さんにお二人が褒められて、とっても嬉しいです!」

「そうね。私もここ最近指導を受けている身だからね。とても誇らしいわ」

「まぁ、そうだな。私もだ」

「ですよね!!」


「流石師匠達だな」

「そうですね。僕達でも目で追うのがやっとですから」

「最後の演目に至っては自分の目を疑うよ……。あれだけの矢を、たった一振りで吹き飛ばされたら、弓兵としては頭を抱えるしかない」

「実戦でも、あの程度のけん制は効果がないんだろうな。やはり師匠達は別格だ」

「実戦では絶対に相手にしたくないね……。撤退戦であんなの相手にしたら、生きた心地がしないだろうね。近づけないように矢で牽制する。なのに、武器を振り回して刻一刻と迫ってくるんだろう?」

「……ちょっと想像してしまいました……。恐怖以外の何物でもありませんね……」

「そうだな。だが、オレ達の目標はまずはあの領域だ。二人とも、気後れしている暇はないぞ?」

「えぇ」

「そうだね」


 そうして二人の演習が終わり、体育祭のプロローグは終了となる。

「皆さん! 熱い戦いを見せてくれた双竜のお二人に、大きな拍手をお願いします!」

――パチパチパチパチ……――

「双竜のお二人、ありがとうございました。では皆さん、聖クレイス学園体育祭、開幕です!」

「「うぉぉぉぉぉ!!」」

 歓声の後、いよいよ体育祭が始まる。


 …………


 そして昼休憩。クラスの垣根を越えて昼食を取る少女たち。

「皆さん。お疲れ様です」

「お疲れ様。もう皆、出場種目は大体終わったの?」

 サラの質問に、マリアとリリーが淡々と答える。

「私はこんなものに一切興味がありませんからね。綱引きや玉入れなどの集団競技だけでした」

「そうね。私もマリアと同じようなものね」

 そんな二人にエレナが呆れたような視線を向ける。

「お二人とも、さぼり方が見事でしたよ……。注目して見ないとわからないレベルでした」

「二人共、綱引きは綱から手を放していたし、玉入れは玉拾いに終始してたわよね?」

 サラの問いかけを、リリーが訂正する。

「綱引きはともかく、玉入れの玉拾いは重要な役割ですよ?」

「まぁ、そうなんだけどね……。エレナは午後のクラス対抗リレーに出るのよね?」

「はい。特に足が速い訳ではないんですけど……」

「そうね。男子はともかく女子はね……。走るのが嫌いな子も多いから」


 そこまで話した所で、運営のアナウンスが流れる。

「お食事中の皆さま。校庭をご注目ください。昼休憩の催し物として、双竜のお二人の弟子。殿下、カイウス君、メルク君、ロイド君の四人による、200m徒競走を行います」

「あら? そんなもの予定にあったかしら?」

「昨日、クラス合同練習であの四人が飛びぬけて速い事が周知されましたからね」

「だけどそんな急にーー」

「えぇ。誰が一番速いのか、考えてはみたんですが……予想がつかなかったので」

「……まさか、マリア。貴方が?」

「はい。興味があったので実行委員会と交渉して、特別枠で競争していただくことになりました」

「……本当に貴方の妙な行動力には脱帽するわよ……」


 そして校庭の真ん中にはテンションの低い四人の男子たち。

「流石に徒競走で勝負と言われてもな……」

「なぜこんな事に……」

「すみません。僕の婚約者が余計な事を……」

「メルク君のせいじゃないよ……。でも正直、僕達に何の得もないよね」

 嘆く四人。だが、アナウンスの声の主が変わったことで、状況が一変する。


「ダハハハハ!! やる気がねぇなぁ! バカ弟子ども!!」

「「えっ!?」」

「お前らがそんなにやる気がないんじゃあ……見てる方も面白くねぇ。そこで……だ。最下位は何か罰ゲームでもしてもらおうか。
 そうだな……。お、そうだ! おし、最下位のやつは校庭で……婚約者に愛を叫んでもらおう!」

「「なっ!?」」

「婚約者のいないシルヴァは友人相手でもいいぞー」

 校庭にいる他の学生達もざわつきだす。当然、当事者の動揺はその比ではない。


「くっ……師匠め……! 完全に面白がっている……!」

「じょ、冗談じゃないぞ……こんな学園中の生徒が見ている前で……!」

「あ、あの人……お酒入ってませんか……!?」

「だが…全員、これで敗けられなくなってしまったね……!」


「……ちょっとマリア? 貴方のせいでとんでもない事になっているのだけれど?」

「リリー? 何か不味いのですか?」

「シルヴァ様が誰の名前を呼ぶのか……凄く気になるわね……」

「も、もしロイド様が敗けたら……わ、わたしに……あ、愛を……?」

「はわわわわわわ……。皆様の誰かが愛を……」


 だが、当事者達の動揺は周囲には関係がないようだ。


「うぉぉぉ!! 面白い事になってきたぁ!!」

「誰が最下位になるかな!?」

「おい! ちょっと賭けようぜ!!」


「ちょ、ちょっと素敵な展開じゃない!?」

「誰が愛を叫ぶのかしら……」

「楽しみね! どんなロマンスが生まれるのかしら!」


「お聞きください! この大歓声! 朝の双竜のお二人の演習に匹敵するほどの注目だぁ!!」

「ダハハハ!! そう言う事だ! お前ら! 死ぬ気で走れ!!」


 こうして、絶対に負けられない戦いが幕を開けるのだった……
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