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三章+

体育祭の警備

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「マリアちゃん、メルク君の叫びになんて答えたのかな?」

「流石にわかりませんね。読唇術が使えればいいのですが……」

「それ、メイドに必要なスキルなの?」

「お嬢様をお守りするために必要であれば、覚えるだけです」

「いや、まぁそれを言われたらそうなんだけどね……」

「ですがあの様子を見るに、期待した答えではないでしょう」

「そうだね……。さっきまであんなにテンションの上がってた観客が、あそこまで静かになるなんてよっぽどだよね」


 オレ達は体育祭の警備という事で、サラちゃん達とは別行動している。
 そんなオレ達は今、学校の校舎から運動場を眺めている。「校庭を一望出来る高い所から見るべき」という点と、「校舎に魔人が潜んでいる可能性もある」という点からである。それに校舎内であれば、オレが常にフローラさんを背負わなくてもいい。人の気配にさえ気をつけていれば、ゴースト化していなくても問題ない。


「もう少ししたら、もう一度校舎を探索しようか」

「そうですね。……貴方、もう校舎を彷徨う幽霊ですね」

「フローラさんもじゃない? 探索中にゴースト化を解いたら『浮遊するメイドの怪!』とかで七不思議になりそう」

「貴方は『覗き魔人』とかですかね? 校舎を徘徊し、校庭の女生徒を盗み見する変態として、一躍有名になれますね」

「いや、だからそれはフローラさんも同じじゃない?」

「貴方は男。私は女。加えて貴方は人外です。更に私はお嬢様のメイドという社会的立場もあります。同じ要素が一つもありませんね」

「なんて理不尽な世界なんだ……」


 今の所、魔人の気配は少しもない。校庭にもそれらしい人物はいないし、不審な音も聞こえない。だが、念には念をだ。何かあってから後悔するようなことは避けたい。


「そういえば、もう暫くしたら対抗戦の準備ですかね」

「あ、そうだね。校舎裏に色々と準備してあったよね。……まさか馬まで持ってくるとは思わなかったけど」

「えぇ。流石にアレには驚きましたね」

「ね。一瞬、魔人の関与を疑ったよね。風船や弓矢があったから察せれたけど。でも、アレがロイド君達の切り札なんだろうね」

「確かにアレなら機動力で一気に差をつけられますね。ロイド様も剣が扱えるとはいえ、殿下には敵いませんしね」

「あとはクレアちゃんが誰を召喚するかだね」

「そうですね。では、とりあえず巡回しましょうか」

 フローラさんの姿は大聖堂の調査をしたときと同様、パンツルックなメイド服だ。
 そして前回と違って疲れが少ないので、おぶさってこられると背中の温もりや柔らかさを感じてしまう。
 ……これがフローラさんじゃなかったら、ときめいたんだろうけどなぁ……

「クソ魔人?」

「なんだい? 何か気になる事があるかい?」

「えぇ。何か心外な事を思われている気がしまして」

「そっかぁ。それは気のせいだろうねぇ」

――チクッ――

「あ痛ぁ!?」

「おや、懐のナイフの向きが変わってしまいましたね。失礼しました」

 なんて白々しい……。
 こんな事されてたら余計にドキドキなんてしようもーー

――チクッ――

「痛い!」

「クソ魔人?」

「いや、しょうがないじゃん! 多少はそんな事も思うって!!」

「そんな事?」

「色んな事」

――チクッ――

「だから痛い! いや、フローラさんだってオレに変な目で見られるの、嫌でしょ!?」

「当然でしょう。貴方にそのような目で見られることを想像したら……死にたくなってきましたね。代わりに死んでくれませんか?」

「なんの代わりにもなってないよ!?」

 そんなやりとりをしながら校舎を回る。うん。問題は無さそうだな。さっき見た時と特に違いは無い。

「問題無いようですね」

「うん。特に気になるものは無いね」

「私の方も特にーーおや?」

「どうしたの?」

「いえ、裏庭の方から声が……」

「え? まだ対抗戦の準備には少し早いと思うんだけどな」


 校舎から裏庭を除くと数人の男たちがいた。随分と制服を着崩しているな。不良か? ま、体育祭を途中で抜け出すんじゃな。

「うわ!? なんでこんなとこに馬が!?」

「さぁな。そんなことより……これがロイドの使う弓矢か?」

「みたいだな。で、どうする? 弓を壊すのか?」

 なに? こいつらロイド君の妨害の為にこんなところに?

「まぁ待て。あいつは賢く優秀だ。弓に小細工したらすぐに気づかれちまう。そこで……だ」

 そう言って、置いてあった矢筒を拾う。

「こういう矢に細工しようぜ」

「矢?」

「なんでだ?」

「知らねーのか? 矢ってのは少し歪んでるだけで、真っすぐ飛ばなくなるんだぜ? 流石にこれだけの数、全部はチェックしねーだろ。だから、適当な数本を気づかれないように歪ませるんだよ」

「なるほどな。そうすりゃ肝心な時に変な所にいくのか」

「あぁ。愉快だろうぜ。ロイドの矢があっちいったり、こっちいったりすんのはよ」

「くく……他のやつらも驚くだろうな。ロイドの弓の下手さに」

 ちっ。面倒な。しょうがない。すぐにここからーー


――グイ――

「え?」

 窓から外に出ようとしたところで、首の後ろを引っ張られる。

「玉木? 貴方……今、ここから外に向かおうとしていますか?」

「え? うん。そうだよ?」 

「……やめなさい。普通に階段で降りてから向かいなさい」

「え? なんでーーあ。フローラさん……まさか……?」

「……」

 オレの質問に黙秘を決めこむ。ひょっとして……高い所が駄目なのか?
 校舎から校庭を見ようと言い出したのはフローラさんだった。理由に納得したからスルーしてたけど……。つまり本当は、空を飛んで監視するのが嫌だったのか。
 やったぜ弱点ゲッtーー

――チクッ! チクッ!――

「ったぁ!? ごめんって! すぐ降りるから!!」

「……」

 先ほどから無言で刺してくる。けど案外、可愛いとこあるんだなーーって今はそれどころじゃない! すぐにあいつらを止めないと!!


 …………


 さて、1階に来たけどどう止めようか。オレが直接出てもな……

「……玉木。降ろしなさい」

「え? あぁ、うん」

 言われるままにフローラさんを降ろす。

「フローラさん? 何か方法がーー」

 そこまで言って振り向く。そこには般若の面をつけたメイドがいた。お面? どこにそんなの持ってたの?

「あのガキ共は私が泣かせます。貴方はゼリカ様を呼んできてください」

 見たことも無い迫力でオレに指示を出す。……うん。まぁ、仕方ないよね。自業自得だよね。

「了解。オレは暫く何も聞こえなくなるから」

「賢明です」

「じゃ」

 そう言ってゼリカさんの元に向かう。とりあえず上から探すかな。そんな事を考えていると、後ろから声が聞こえてくる


「なっ!? なんだテメーーほぶっ!?」

「こいーーぶげっ!?」

「な、なんなんだお前……」

「ーーろす」

「「え?」」

「殺す……。貴様らのせいで私は要らぬ恥をかいた……。泣いて土下座しても許さん……。貴様らはせいぜい、醜い悲鳴をあげて……己の愚行を後悔しろぉ!!」

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」


 うん。オレの耳には何にも聞こえない。オレはフローラさんの使いっパシリをするだけだ。


 …………


 ゼリカさんを連れてきた。ぼこぼこになった男子たちが、フローラさんに土下座している。だが、フローラさんは遠慮することなく、差し出された頭に蹴りを加えている。

「なんだいこりゃあ……」

「「え……。あぁっ!? ゼ、ゼリカ様!! 助けてください!!」」

「はぁ……。とりあえずあんた達は妨害の現行犯だ。学園の教師の元に連行させてもらうよ」

「なぁっ!? オレ達はこいつにーー」

「すぐに親に言ってーー」

「やめときな。その人はメイド服を着ているが、アタシでも頭が上がらん。下手に親を介入させると、余計にひどい目にあうよ?」

「「えっ!?」」

「……そういうことです。皆様は対抗戦の備品に細工を加えようとした。だが、仲間割れでケガをした。そうですね?」

 フローラさんが更に脅しをかける。この事について黙っていないとーーどうなるかわからないぞ、と。男子たちも悔しそうにはしているが、逆らってはいけない事を悟ったようだ。

「「は……はい……」」

「じゃ、あたしはこいつらを引き取るよ。すぐにシルヴァ達が来るから事情説明は任せた」

「えぇ。わかりました」

 そう言い残して、男子たちを連れて去っていくゼリカさん。


 ……まぁ、結果として対抗戦への妨害は防げたから良しとしよう。
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