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四章

マークス家の決定

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 馬車で2時間ほど運ばれたスレイヤ君。連れてこられたのは、北の街外れにある森の洞窟だった。木々に隠されたその場所は、事前に知らされていなければ探し出すことは困難だろう。

「いよっと」

「っぐ……!」

 簀巻すまきにされたスレイヤ君は、牢屋に投げ飛ばされた。当然、受け身もとれずに地面に体を打ち付けてしまい、その痛みに悶絶している。
 ここに来る途中、彼は何度も暴れたり叫んだりしていたが、その度に蹴られ続け、最早抵抗する気力はないようだ。それでも、目はギラギラと血走り、口から血を流しながらも憎々し気に歯を食いしばっている。
 だが、そんなスレイヤ君に興味もないのか、スレイヤ君と勝負した痩せ型の男と黒服たちは鉄格子の前で静かにたたずんでいた。
 そうしてどのくらいたっだろうか。しばらく待っていると、いつもスレイヤ君に指示を出していたあの傷の男がやってきた。傷の男はチラとスレイヤ君に目をやったあと、やせ型の男に顔を向ける

「ようやく捕まえたか。……ん? なんだそいつらは?」

 牢屋の中にいるのはスレイヤ君だけだ。しかし、黒服たちの背後には後ろ手に縛られたエレナちゃんと護衛の二人。エレナちゃんは顔は真っ青なのに目は泣きはらして赤くなっている。護衛の二人は悔しそうに俯いている。

「あぁ。このガキの知り合いらしいんだが捕まえる時にたまたま一緒にいてな。下手な事を外部に漏らされても面倒だからな。仕方なく連れてきた」

「おい、大丈夫なのか?」

「構わんだろ。寧ろイイ人質だ」

 瘦せ型の男の言い草に、はぁ~っと深いため息をつく傷の男。

「……まぁいい。で? 捕まえたってことはコイツは黒だったのか?」

「あぁ。どうやってイカサマしたのかは知らんがな」

「なに? イカサマを暴くために泳がせたんじゃないのか?」

「勿論だ。だがこのガキ、どうやらオレ達の想定以上の腕をしているらしい。オレが相対しても分からなかった。だが、所詮はガキだ。ちょっと追い詰めてやったら簡単にボロを出しやがった。黒で間違いない」

「そうか。お前が言うならそうなんだろうな。この後は予定通り?」

「あぁ。そのガキはお前に任せる」

「その後ろのヤツラは?」

 傷の男がアゴをしゃくり、エレナちゃん達を指す。

「こいつらもここで管理しておけ。……念のため言っておくが手は出すなよ? この身なりの良さに護衛付き。間違いなくどこかしらの貴族の娘だ」

「分かっている。藪蛇をつつきたくはない」

「そう言う事だ。尋問した所でこの状況、嘘でもつかれれば二度手間だ。だからまぁ、コチラで素性を調べておく」

 そうして話し終えた黒服たちと痩せ型の男は立ち去った。後に残ったのは傷の男とその部下だけ。

 さて、どうするか。
 一応ボウガンも持って来ている。敵がこの二人だけならば制圧する事は可能だと思うが……駄目だな。

 エレナちゃんだけを助けるのは簡単だ。制圧なんてしなくても、抱えてゴースト化すればいいだけだしな。ただ、出来ればこの護衛二人も助けたい。しかしそれだとゴースト化では無理だ。流石に三人も抱えられない。スレイヤ君はまぁ……自業自得だ。救出の優先度は低めでいいだろう。
 それにこの場を何とかしても、無理やり連れだせばすぐに追っ手がかかるだろう。ただでさえここから町まではかなりの距離があるのだ。無事に逃げ切れるとも思えない。

 ただ、さっきの痩せ型の男の言葉通りなら、エレナちゃん達には危害は加えない筈だ。そしてその期限は恐らくスレイヤ君の扱い次第だろう。マークス家に身代金でも要求するなら、それまではエレナちゃん達は大丈夫だろう。
 つまりまずオレがするべきは、こいつらがスレイヤ君をどうしたいのかを知る事だ。行動するのはそれを確認してからだな。

 様子を見守っていると、傷の男が部下に視線を向けた。

「さて、こちらはしばらくガキのおもりだな」

「頭、コイツなんなんです? わざわざゲイグスのヤツらが動くなんてよっぽどですよね?」

「あぁ。詳しくは話せんが、コイツは良いとこの坊ちゃんで、イカサマ疑惑があってな」

「へぇ。甘やかされた世間知らずのガキってことですかい?」

「そうだ。けっさくなのがな、そんな状態だってのにコイツはゲイグスファミリーに入りたいと言いやがった。そこでオレが直々にコイツを監視してたんだよ」

「最近出ずっぱりだったのはそういうことだったんすね。じゃ、コイツの責任はその親に?」

「そういうことだ。ま、ここにわざわざ預けたってことはその後は適当な変態に売りつけるんだろうな」

「はははっ! 悪ガキには丁度いい仕置きかもしれねぇっすね!」


 そんな会話を目の前でされながらも、スレイヤ君の表情は変わらない。傷の男をただただ睨むだけだ。

 ふむ……。ま、案の定というか、身代金要求した後に人身売買で市場に流すのかな。てことはこいつらは一応は盗賊団になるのかな。それがマフィアと繋がってたって感じか。
 ーーだけど、身代金なぁ……。マークス家が素直に払えばいいけど、そもそもスレイヤ君はもうすぐ勘当される予定の身だ。恐らく払われることはないだろう。むしろ、これ幸いとスレイヤ君を行方不明扱いするんじゃないか? ……するだろうな。流石にコイツらもマークス家の返事を聞くまではスレイヤ君をどうこうしない、とは思うけど。

 と、なるとオレはどうすべきだろうか。エレナちゃんが酷い目に合わないようここで見守り続けるか、マークス家の方針を確認しに一度戻るか。まぁ、結局はどのタイミングで助けるか、なんだけど。

 だだ、確かに今エレナちゃんを守れるのはオレだけなのだが、ここで見守っていても事態が好転する気がしない。結局は情報を集めた上でどうするかを決めなければズルズルと悪い方向にいきかねない。

 ……駄目だな。オレ一人で考えても良い案が浮かびそうにない。とりあえずエレナちゃんの扱いを確認した後、マークス家の動きを注視しよう。そしてそのついでにサラちゃん達に報告、相談をすることにしよう。

 …………


 夜、ランプの明かりだけが灯るマークス家の執務室にて、二人の男が声を潜めて話している。

「ーーなに? スレイヤが?」

 声の主はスレイヤ君のお父さん、マークス家当主とスレイヤ君のお兄さんだ。そしてお兄さんの口から、スレイヤ君が捕まったことが報告される。

「はい。ゲイグスファミリーの話では、カジノでイカサマを働いたそうでーーその責任をこちらに取らせたいとのことでした」

「それはどこまで信用できる?」

「手紙にはスレイヤのバンダナと、スレイヤの血判が押されていました。少なくとも、スレイヤが囚われている事は間違いないでしょう」

「ちっ……どこまで面倒をかければ気が済むのだあのバカは」

「いかがしましょうか?」

 その言葉にマークス家当主はううむと唸る。だが、すぐにニタリと口角を上げた。

「……この件、知っている者は他にいるか?」

「勿論、私以外はおりません。この手紙を開けた時には周囲に人がいない事を確認しております」

「流石は私の息子、次期当主に相応しいな。すぐさまスレイヤの廃嫡手続きを済ませるぞ」

「分かりました。では、私共の元には何の連絡も無かった、と」

「そうだ。スレイヤは家を飛び出し行方不明。我らも仕方なくアレを廃嫡した、ということだ」

「はい。では、その他の段取りですがーー」


 こうして悪だくみを続ける親子。まぁ、どうしようもない悪たれ小僧を追い出すのを悪と言うべきかは微妙な気もするが、とにかくこれでマークス家からは完全に見放されたわけだ。

 さて、サラちゃん達にも色々と相談したいけれど、まずはこの状況でのスレイヤ君とエレナちゃん達の扱いを確認しといた方が良いな。相談している間に、腹いせで乱暴でもされては不味い。
 ただ、それでも状況報告だけはすべきだ。今日はもう遅いからサラちゃん達は寝てるかもしれないが、とりあえず、現状を紙に書いてサラちゃんの部屋に投げ込んでおこう。明日にでもフローラさんが気づくだろう。
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