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四章

人身売買組織 エリーヌ

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「ぐすっ……ひっく……」

 エレナは牢の中、グスグスと泣き続ける。そんなエレナに護衛二人はただただ頭を下げるしかなかった。

「申し訳ありません、エレナ様……」

「オレ達が不甲斐ないばっかりにこんな……」

 その言葉に、エレナは泣きながらも頭をふる。

「ち、違います。私がスレイヤ様を止めなきゃなんて思ったからです。お二人には制止されたのに、分不相応にもみんなの力になりたいなんて自惚れたから……やっぱり、私は皆に迷惑をかけるだけ……。勝手な行動でお二人にまで迷惑をーー」

 そこまで口にしたところで、再びエレナの目から涙がこぼれだす。

「ごめーーさいーーめんーーなさーー」

 嗚咽のせいでキチンと言い切れないが、それでもエレナはブツブツと謝罪を繰り返す。その痛ましい姿に、護衛二人はギリと歯を食いしばった。そうしてお互いの顔を見合わせる。

「おいーー」

「分かっている。オレ達はどうなってもいい。だが、エレナ様だけは何としても助けるぞ」

「何か策はねぇか?」

「……幸い、ヤツラはオレ達の素性を調べるらしいからそれまでは安全だ。そしてお嬢様達はオレ達があの町に来ていたことを知っている。明日になればすぐに異常に気づくだろう」

「アイツラの調査が先か、お嬢様達の救助が先か、か」

「そうだ。最悪、オレ達の口から旦那様とお嬢様に向けて交渉するように言おう。オレ達のどちらかが人質になれば、なんとかエレナ様だけは金で助けられるはずだ」

「クソッ! ……情けねぇな。結局は旦那様やお嬢様頼みかよ……!」

「……全くだ。自分の無力さが恨めしいよ……」


 …………


 次の日。部下から報告を受けた男は苦虫を潰したような顔をする。

「廃嫡だと……?」

「はい。どうもあのガキ、実家からも嫌われてたみてーです。行方不明になったから仕方なく廃嫡したとのことで」

 報告を受ける男の頬には傷がある。玉木が傷の男と呼んでいる男だった。
 彼は人身売買組織、エリーヌの長を務める男で、ゲイグスファミリーの取引相手ーーというよりは下請けのような関係だった。

「手紙は届けたんだな?」

「勿論です」

「ちっ……。握りつぶされたか」

「どうしましょうか……? 本人が手元にいますし、直接脅しをかけますか?」

「アホ。相手は公爵だぞ。オレ達みたいなのが出ていけば、罪をでっち上げられて裁かれるだけだ」

「ゲイグスファミリーに依頼するのはどうです? あのガキに被害を出されてますしこっちが頼めばーー」

「イカサマの現行犯だっつっても証拠が示せん以上、ゲイグスの力を借りてもしらを切られるだけだ。せめてあのガキが手口をゲロッてくれりゃいいが、ありゃ相当に強情だ。アイツが喋るほどの拷問をすれば、間違いなく奴隷としての価値が下がる」

「ってことは……」

「どうもこうもねぇ。普通に売るしかねぇよ」

「まじっすか……」

 嘆くように膝に手を置く彼の部下。

 この国において、マフィアとは裏社会をまとめる存在だ。その影響力は大きく、国としても大っぴらには批判が出来ない程だ。ただ、それでも奴隷を扱う事は法で禁止されており、たとえマフィアといえども表立っての活動は不味い。その為、人さらいや奴隷市場などの仕事は外に依頼する事が多い。そしてそれは国側も分かっているが目をつむっている側面がある。マフィアと争うよりは、下請けの小さな組織を摘発していく方が大きな混乱が起こらないからだ。
 勿論、直接人身売買を行う彼らのリスクは非情に高い。些細な情報漏洩から、全員が処刑されることだってありうる。しかし、だからこそこのような形で動いた場合には、それ相応の報酬もゲイグスからもらえるはずだったのだ。それなのに、マークス家から身代金が取れないとなると、スレイヤの販売額しか利益が無い。しかも、彼はカジノを荒らしたということで、弁償という形でゲイグスへの借金まで抱えている。彼を売った金で、ゲイグスへの補填が必要となる。大誤算もいいところだった。
 しかし、そんな状況でも傷の男は冷静だった。ふぅと溜息をつき、眉間のシワを緩める。

「そうガッカリする必要もねぇだろうよ」

「へ?」

 傷の男がまとめる組織、エリーヌでは様々な訳アリの人間しょうひんを取り扱っていた。借金が返せない男、ゲイグスなどの裏組織に歯向かったもの、誘拐された子供等だ。だが、スレイヤにはそんな彼らには無いものがあることが幸いだった。

「廃嫡されたといってもアレが公爵家の息子であることに違いはねぇ。要は王族の血が流れてやがる。王家に反感を持つやつも、王家の血を取り込みたいと思うやつもいくらでもいる。しかも実家から完全に捨てられたアイツを探すやつはいない。そういうわけで、オレ達はいつも通り良い買い手を探すだけだ。そうすりゃあ補填分を差し引いてもギリギリ元が取れるだろうからな。暫くはアソコに置いたままにしとくから死なせんなよ」

「わかりやした。それで……あの娘たちはどうしましょうか?」

「そっちはゲイグスの調査待ちだ。分かっているな? アイツラには絶対に手を出すな。そしてそれを全員に共有しておけ」


 …………


 その日の夕方。シルフォード家の屋敷に戻ると、サラちゃんの部屋からいつもの二人の声が聞こえてきた。

「ーーではーーというーー」

「ええーーらくーー今日ーー」

 何を喋っているのかいまいち聞こえないが、特に問題はないだろう。
 何がしかを相談しているであろう彼女らに、部屋の外から声をかける。

「おーい! サラちゃーん!」

「ーーあ、玉木!? ようやく帰ってきたの?」

「うん。ただいま。入って大丈夫?」

「勿論よ」

 いつものようにサラちゃんの許可を得て、天井から部屋に入っていく。

「……もう少し入り方を工夫出来ませんか……? 事前に声を聞いていなければ怨霊にしか見えません」

 フローラさんが少し顔を引きつらせて話しかけてくる。まぁ、確かに肌の青い男が天井から現れたら不気味だわな。

「ごめんごめん。一応緊急事態ではあるから呑気に扉の前にいくのもね。それで二人共、昨日の手紙は読んでくれた?」

「えぇ、勿論よ。今日学校で皆にも話したわ。それで今は、これからどうすべきかを検討していたの。まず、最優先事項はエレナと護衛の二人の救出ね」

「うん。それも出来るだけ早く、だね」

「ですがーーそれはスレイヤ様をどうにかしなければ難しいのでは?」

「そうだね。結局、スレイヤ君とマフィア達の関係を清算しなきゃ。スレイヤ君がイカサマを行った証拠が無い以上、マフィア達は何の理由もなくスレイヤ君をさらったことになる。それを見ていたエレナちゃん達を簡単に返しはしないだろうね」

 人さらいが違法である以上、国が介入してしまえばオレの能力と合わせてエレナちゃん達を助ける事は容易だ。しかしそれでは恐らくマフィアではなくあの組織、エリーヌの壊滅だけで終わってしまう。その上、下手をすればエレナちゃん達を逆恨みするようなやつが現れかねない。

「……そうね。そうなると、問題は寧ろ救出した後ね。彼らとは金銭と交渉次第で話をつけられるとは思うけれど……」

「ええ。国や我々にそこまでの事をさせるなら、あのクソガキにも自らのケツを拭かせる必要があります。しかし、容易に言う事を聞きはしないでしょう。全く、本当に面倒ですね」

 フローラさんの言葉に頷く。うん。流石の理解力だ。今朝の手紙にはただただ起こった事だけを書いていた。スレイヤ君の態度や仲間にする時の障害については一切書き連ねてはいない。それでも彼女らは問題を正しく認識しているようだ。本当に頼もしい限りだ。

「オッケー。じゃあ新情報は二つだけ。スレイヤ君の命に別状は無いし、居場所も数日は変わらないと思う」

「ないと……思う?」

「うん。マフィア側がさ、スレイヤ君を捕まえてるヤツらにカジノの損害を請求してるんだよ。元々はマークス家からの身代金でまかなう予定だったらしい。ということでその分を何とかするために、彼らはスレイヤ君を高値で売らなきゃいけない。だけどまだコレといった買い手はいない。加えて、行方不明扱いのスレイヤ君を探す人間はいないみたいだからね。ゆっくり探すって言ってた。よっぽど都合の良い上客が現れない限りは大丈夫」

「スレイヤ様はそうかもしれないけどーーエレナは大丈夫なの?」

「うん。まだエレナちゃんの出自は調べ切れていないみたい。最も、いつ調べ終わるか分からないから、オレもすぐに戻るけどね」

「分かったわ。じゃあ、少しだけ考える時間はあるのね」

「そうですね。しかし、まずはどうしようもないクソガキのしつけ方ですね」

「しつけって……フローラさん、鞭でも持つの?」

「なんですか? 貴方そのようなおぞましい性癖があったのですか? 残念ながら貴方にはそのようなご褒美はあげませんよ?」

「あぁ、大丈夫。謹んで辞退させてもらうから。なんならオレが叩いてあげようか?」

「相変わらずウジの沸いた頭ですね。そのようなーー」

「ーーそれ、良いんじゃない?」

 オレとフローラさんのやり取りにサラちゃんが口を開いた。しかしーー

「お嬢様。お願いします。そのような悪辣な冗談をおっしゃるのはおやめください」

「そんな品の無い冗談はサラちゃんは使うべきじゃないよ。フローラさんならまだしも」

「……玉木。貴方も中々言うようになりましたね……」

 オレとフローラさんがサラちゃんの言葉を全力で否定する。しかし、サラちゃんはその長い髪を大きく横に振る。

「もう、違うわよ! そうじゃなくて、スレイヤ様の教育係よ! 玉木ならいけるんじゃない? ゼルク様と同じ大人の男性だし、魔人だから舐められないだろうし!」

 サラちゃんが名案だと興奮気味に語りかけてくる。しかし、オレは力なく否定した。

「駄目だよ。それはオレも考えたけれど、彼からはオレの声も姿も見えない。ただの会話ですらテンポが悪いからオレの意思を伝えるだけで一苦労だ。多少の監視はまだしも、オレが主体で指導は出来ないよ」

 オレも色々と考えはしたが、オレが直接指導する事は無理だ。勿論、オレだって元の世界で指導経験が無い訳じゃない。もしもオレの声や姿が彼に届くならナシではないが、たらればを言っていても仕方がない。

「そっか……。良い方法だと思ったんだけどなぁ……」

「まぁ、そもそもこのヘタレポンコッツが舐められないとも思えませんが」

「微妙に否定しにくい罵倒をされるのが一番こらえるよ……」

 フローラさんの言葉にげんなりと肩を落とす。確かにオレは彼ら彼女らほどの心の強さは持ち合わせていない。だから仮に認識されていたとしても舐められそうな気もするが……今重要なのはそこではない。

「ま、いいや。それより、スレイヤ君を仲間にする方法なんだけどね。ーーたった一つだけ、思いついた方法があるんだ。だけど、それには大きな問題が……いや、代償がある」

「大きな……代償?」

 途中で言葉を止めたオレの顔を、サラちゃんがジッと見つめてくる。これは今日、あの傷の男が話した『スレイヤ君も公爵家』という言葉から思いついた方法だ。ただ、これはかなり無理やりな方法だ。ひょっとしたら、これを言えばサラちゃんを激怒させてしまうかもしれない。けれど、オレにはこの方法しか思いつかなかった。
 だから、これをするかどうかはーーサラちゃん達次第だ。

「そう。この方法を取ればーーシルフォード家は、終わりを迎えることになる」
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