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第14話 母の肖像画
しおりを挟む「メリッサ。私達が望んでいるのは君が安全に暮らすことだ。君がそれで危険になるのは避けたい」
「メリッサ、お願いだから聞いてくれないか?」
父ともうひとりの人がメリッサに言う言葉はいつも限られていた。
確かにその顔には心配が浮かんでいたものの、メリッサはある一つの考えを捨てずに残されている。
――父たちが心配しているのは家紋と名誉。だから、それ以外はいいのだ。
――心配しているのならば何故、自分を助けてはくれなかったのだ。
――なら何故、メリッサのことを徹底的に避けたの?
ここに、ここにいる人たちに答えを求めること自体が間違っている。メリッサだって頭ではその事を分かっていた。
もし、自分に前のような言葉を投げかけるのがあの二人でなければメリッサは喜んでその言葉どおりに受け取ったかもしれない。でも、メリッサにあの二人からの言葉を素直に受け取れるような心境と余裕はなかった。
メリッサはグッと言葉を詰まらせると陰謀にいずめいているような二人の顔を静かに見る。冷血漢の冷たい光が二人の目にははっきりと浮かんでいた。
膝の上で合わせている手でスカートをギュッと握る。そして唇を噛んで二人のことを見上げた。
メリッサとは似ていないジルコンのような瞳は決意で決して揺らがない光が灯っていた。
メリッサは翡翠色の、エメラルドグリーンの瞳で父の瞳を睨んだ。
「ええ、分かりましたと言っていますわ。わたくしはお父様の言うとおりにいたしますからそれ以上はわたくしの意見を聞かなくても結構なのではないのですか?」
どうせ父がメリッサのことをすべて決めてしまうのでしょうから。その喉まで出かかった言葉を言えずに詰まらせてさらに父のことを睨む。
もう目に涙なんか浮かばないだろう。連日、毎日、このようなやり取りをしているところである。今日父の態度がなにか違ったとしても大して同様はしない。
それでも祖母とのそれで身につけた無表情が歪みそうになった。慌ててキラキラの作り笑顔を顔の上に浮かべる。
いつしか同じように父たちの笑顔も深くなっていった。
「そうだ。そんなんだが……」
「何でしょうか?わたくしの事はお父様がお決めになるのですし、わたくしはいらないのでしょうから下がってもよろしいですか?準備がありますので」
いても意見を聞いてくれないですからね、とメリッサは言ってクルッと振り返る。
もう父の顔も見たくなかった。
「それほどの荷物もなかろう。何をするのだ?」
「……無いですけれど、ララ一人なのですわ。わたくしが手伝う必要がありましてよ。こうしている間も時間が惜しいので戻ってもよろしいでしょうか」
「それなら他の侍女が……」
焦ったようにいう父の後ろ姿を足を止めて眺めたメリッサはニッコリと更に笑顔を深める。
他の侍女が信用できるわけがない。祖母の息がかかったものなど信用できないのだ。そもそも、メリッサの信頼している侍女を取り上げたのは誰なんだか。
「他の侍女がわたくしの手伝いをするとでも思っていらしたのですか?よく考えて下さると嬉しゅうございます。もうお暇しててもよろしいでしょうか」
「侍女は手伝うものだろう」
「その常識が彼女たちは持っていないののでしょう?」
もう少し正確に言えば、祖母だったら違うかもしれない。母から生まれたメリッサだからであるが、そんな事をメリッサの口から言えるはずがなかろう。
それを言うことは、メリッサがどんなことよりもつらいことでもあるのだ。
「私は彼女たちを信じて雇った。それ以上に文句を言うのならば私に直接言え」
「ええ、お父様が彼女たちを信じるのはお父様の自由な権利でございます。――でも、わたくしが彼女たちを信じるかはわたくしの自由でしょう?」
祖母の子である父にメリッサの母派のメリッサの状況を理解できるわけがなかろう。前はそうでもなかったから、ちょっとだけ寂しい思いを抱えたメリッサは足音を立てないように部屋に戻った。
「ララ、ありがとう。わたしも手伝うわね。まぁ、荷物も少ないのですけど」
メリッサは寂しそうに笑って言う。そんなメリッサの様子に目尻を下げて悲しそうに、それでいて優しそうに微笑だ。少しためらってから諦めたように口を開く。
「ええ、メリッサさまの荷物がこんなに少ないのなんて、よろしいのですか?」
「大丈夫よ。わたしたちはみな寮生活になるのだし、荷物を取りたい時はこちらに帰ってこれるでしょう?」
ララに安心させるようにメリッサは口元に笑みを浮かべた。
学院は試験を終えれば自由にしていいところである。試験の日程は決まっているものの、講義を聞くか聞かないかは個人の自由であり、要は試験に合格すれば良い。
合格するまでは寮から出られないものの、その後は自由にして良いとメリッサは記憶している。
「そういうものでしょうか。でも、分かりましたよ、メリッサさま。わたくしがすることは一つ、メリッサさまが帰ってこれやすいようにするまででございますわ。わたくしがなんとしてでもこの部屋とメリッサさまのものだけは守っていますからね」
「ふふっ、ありがとう、ララ。でも、無理してはいけませんよ?」
ララの決意は硬い。その目から硬い決意が見られてメリッサはいさか心配になる。メリッサは瞳の中に気遣うような光を浮かべてララを見た。
「いいえ。わたくしはメリッサさまの大切なものを守るのが指名でございますから」
いいえ。わたしはそれを望んでいない――そう言いかけてメリッサは寸止めでその言葉を口から出さなかった。
ララの好意を無駄にしたくは無いメリッサであったし、その答えをララが望んでいるとも思えない。
何より、ララがそれで傷ついてしまうのは極力メリッサは避けたい。
でも――
「――でもわたしは悲しむわ。貴女がわたしのためにそうするのならば。――わたくしからの命令ですわ。自分のことを大切にしてください」
メリッサは最後まで高らかに言い切る。
そんなメリッサのことを見てララはハッとしたように、困ったような光を瞳に浮かべ、驚いたように口をわずかに開けてメリッサのことを見る。
メリッサはそんなララのことを見てうなずいた。
(ララ、わたしのせいです。ごめんなさい、わたしのために――)
心のなかでララに謝罪しながらも、晴れない心を落ち着かせながらララのことを見つめて、ちょっと自分が情けないと思った。
ララはまだ、納得できないような困ったような顔をしている。
「ええ、分かりましたというのがわたくしの約目でしょうか。侍女としてはいけませんけれどね」
控えめに微笑むララを見ていると安心したような、どこかホッとしたような気持ちに襲われた。
「いいえ。ララはそれで良いのよ――」
(ごめんなさい、ララ。でも、貴女にしか――)
――貴女にしか頼めないのです――
* * *
「ごめんなさい、ララ――」
メリッサが目を開けるとあのときと同じ部屋。
――何処?
――いつ?
そんな疑問が頭の中をかすめる。
メリッサは暗闇のなかでそっと息をついた。
周りを見渡して見えるのは、ただ暗いということ。安心してベットに入ったはずのメリッサは、恐怖の中で目を覚ました。
(もう、眠れそうに無いわ……)
メリッサは暗闇の中で困ったように目元を下げると溜息をはいた。
メリッサは夜風に当たりたくなって、そっとベットからおりる。まだ春で寒いこの季節、ガウンを羽織っても肌寒い。
メリッサはガウンを掴むと羽織りながら部屋の扉を開ける。
ギィ
重そうな音がしたが、誰も起きてくるような様子はない。護衛騎士は何処かにいるのだろうが、姿は見せないしいそうな気配は無かった。
もっとも、この家は柱の数々に魔法陣が書かれていて、組み合わせて一つの魔法陣が出来ているという仕組みだ。護衛などいらなくてもいいものである。
光を手元で照らし、暗い人気のない寂しい廊下を歩いていった。
「あれ?こちらはいつも空いていなかったわよね……」
メリッサはある扉の前でピタリと止まる。いつも空いていない扉が今日はわずかに開かれていた。
そっと音を立てないようにメリッサは中に入った。
「お母さま……」
目の前にかけてある大きな肖像画を見てメリッサは大きく目を見開く。
それはメリッサの母の肖像画である。母がいなくなって、家の中に肖像画はない。
それなのに、何故……
メリッサとよく似ている光を綺麗に含んで艶のある銀色の髪。
そして、よく似ている翡翠色の瞳。
その表情は嬉しそうで、でも何処か悲しそうだった。
「お母さま……どうして……」
『来たるべき時が来るまで……』それを何故、何故答えを教えてはくれなかったのだろう。
メリッサは肖像画の前で小さく溜息をついた。
コツ コツ コツ コツ
小さな足音が廊下から響いている。
メリッサは身を固くした。
(誰……?)
そっと隠れられる柱のそばに隠れて身を細めた。
「クレメンティーネ」
扉から現れた人にメリッサは目を見張る。
(お父様……?)
金色に近い琥珀色の髪で、母の名前を呼びかける父がいた。
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