機械人形"妖精姫"、"氷の王子"に溺愛される

ノンルン

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第15話 影と悲しみ

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 クレメンティーネ。それはメリッサの母の名である。

 メリッサは困惑するほかない。あれ程まで母のことを思い出すのが嫌でメリッサに会わなかった父がなぜ母の肖像画の前で母の名を呟くのか。

 そして、こんな夜遅くになぜ来たのだろうか。

「クレメンティーネ。君と過ごした時間よりも、君がいなくなった時間のほうが長く続いていくものだ」

 母がいなくなったのはメリッサがまだ5歳の時。メリッサにとっては母がいない時間のほうが長くなっている。
 それを寂しいと思ったことはあっただろうか。記憶が薄れていくというもので、メリッサはあまり覚えていない。

「ああ、あの子は立派になった。眩しいくらいに……」

 その声は随分と沈んでいた。
 でも、メリッサには父が言わんとしたことが分かるような気がする。
 人は――純粋な他人を見れば見るほど、自身の影は濃くなっていく、と。

「すまない。君は私のことを怒るだろう。私は君に怒られなければならない人だ。だが、今年も君にリサを見せてやることはできそうにない」

 メリッサは目から鱗が落ちる思いだ。
 母がいなくなってからというものの、母のお墓に行ったことはない。それがなぜかは分からなかったし、子供ながらに父の傷よりももう少し大切なものがあったということは悟っていた。
 でも、父が母に怒られていいと思っていたことや、メリッサを連れて行きたいと思っていたことなど聞いたことがなかった。

 でも、今の父の声は沈んでいて辛そうで、メリッサは聞いているだけで心が締め付けられる思いだ。
 父がどんな表情をしているかが見れないのは、メリッサにとって幾分残念でもあり、でも安心している自分がいた。

「すまない。君が……君がメリッサのことをいかに大切に思っていたか――否、思っているかは分かっている。私も同じだからな……」

 そこで父は一回言葉を切った。

「君に会わせてやりたいのだが、心配なのだ。君があのように行ってしまったように……」

 お母さまの最後。メリッサの記憶があるのは母がメリッサに真意に語りかけた言葉と、それを大粒の涙を流しながら聞いていたことくらいである。
 その他は不自然にも記憶がない。
 もっとも、それを気にしたことはあまりなく、薄情な子だと自分でも信じ切っていた。

「あの子は純粋に育ったよ。――私とは大違いだ。私はあの子だけにはきれいに育ってほしいと思っている」

 あの子だけには――それが自分のことを指しているであろうことはメリッサも知っている。でも、きれいに育つというのは何なのだろうか。

(お父様は――汚いの?)

 最近しばしば出てくる血縁の言葉にメリッサは小さくため息をついた。

「私はもう、汚れている。あの子の手は汚したくはない。……ああ、君の手もきれいだった。リサはよく君に似たよ。性格も、何もかもな」

 そうして父は息を吐いてしばらく肖像画を見つめた。

「……そう、あの子も学院を首席で、三年で卒業したのだ。本当に、よくできる子だ。君は心配はしなくても大丈夫だ。今度こそ、私が見ているからな」

 どういう意味なんだろうか。父の後悔の意味は、とメリッサは違和感を覚えた。
 今度こそ、きっと、多分……

(お母様のことだわ……)

 それが何を指しているのか。メリッサが幼くても察しなければならないことはたくさんあったのだ。

「君のこととよく重なる。そう、あの子が王族の手を離れたのも」

 王族の手を離れる。それが意味することは一つである。メリッサはちょくちょく耳に挟んでいた情報があったが、実の所半信半疑だった。でも、父の口から出るその言葉は決定的な確信性と信頼性がある。
 つまりそれは、父がメリッサの行いを知っているというものであり、同時に母がメリッサと同じような状況にあったということだ。
 
「あの子は、私のように――私たちのように魔術師になりたいと言い出すであろう。私はあの子に、魔術師の道を歩ませたくはない。……あのように云ってしまった君のためにも」

 メリッサはびっくりして慌てて息をのむ。
 父がメリッサが魔術師になりたいと言うであろうことを自覚していたのもそうだが――

(お母さまは――魔術師だったの?)

 お母さまの話はめったに出てこない。メリッサが知らなくても不思議ではないが、母は魔術師のように、疎まれる存在ではなかった。

「……それに、君はよく知っているであろう。私がその立場で幾度なく……この手を汚してきたことも。もしであろうとも、あのようなことはさせたくない」

 父が、陛下の忠臣である父が、幾度なくそうしてきたことはメリッサも知っていた。そして同時に、父がメリッサと話そうとしない理由も。

 分かるのだ。分かってしまうから、怖い。

 純粋な、きれいな人を見れば見るほど、自身の影はより濃く、深くなっていく。
 父は、それがまた、耐えられなく、自身が傍にいていいものではないと自分から拒絶することになる。
 母という盾であり寝台のような周りから守ってくれる人がいたからこそ、父は安心して近づくことができたのであろう。
 その守り番がいなくなってからメリッサにそのままの父が近づいたら。間違いなくメリッサは父の闇に気づくだろうし、傷つくと、傷つけてしまうとそう思っての行動だったとは思う。

 だからと言って、すぐに父にはい。とは言えないだろう。

 ――父は知っているのだろうか。
 ――その父の行動がメリッサをどれほど悲しませたか。

(ねえ、知っていっらっしゃいますか?お父様のことを、私がどれほど好きだったか。お父様のことを、どれほど慕っていて、傍にいたかったか。その行動に、わたしをどれだけ悲しんだのか。その行動が、わたしをどれだけ――)

 ――メリッサがどれだけ傷ついたのか。

 メリッサは潤む目をそっと閉じ、父の声に耳を傾ける。

「はぁ。柄になく話し込んでしまったようだな。眠れなくてこちらに来たら……。また来る」

 父は沈んだ声でそういうとメリッサの傍を通って扉に行った。
 後々考えるとよく気づかれなかったものだ。

 パタン

 扉が閉じたのを確認してメリッサは母の肖像画の前に出る。

 絵の中の母は悲しそうに微笑んでいて、伏せられた長いまつげはきれいな影を落としていた。

「お母さま……」

 ――どうしてそれほど悲しんでいるのか。

 聞きたいことは山ほどある。でも、醜い悲しみを覚えてメリッサは肖像画から目を離した。

「お母さま……わたくし、また来ますね」

 メリッサはそれだけを口から出すと肖像画に背を向ける。
 その時、母の顔に影が落ちたように見えた。

 そうしてメリッサは部屋を出ると、溜まっていた息を重々しく吐いた。
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