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第10話 私の過去と公爵令嬢 1

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「そうね、そうかもしれないですわ。でも、カリン様が整理をつけられたなら……。でも、わたくしとしてはやっぱり――」


「分かったような気がするって、そうですか。――カリン様、無理はしなくていいのに?だって、信じたくないのでは?……いえ、ごめんね。なんでもないです」

 ユリアは心配するように言った。本当に私と心の繋がった姉妹以上の存在だと思う。私が言わずして心のなかで語ったことも、全部ユリアは知っていると思う。
 そのユリアは私以上に悲しんで――行き場のない、名前のない感情に苦しんでいる。でも、本当はそれが嬉しかったりする。

「いいえ、謝らなくっていいの。ユリアは、やっぱりそう思う?」

 苦しそうに顔を歪めるユリアを見ていると、私の顔はそんな不安そうな顔をしているのかと不安になる。

「やっぱり、どうかな。私も、許せないし、気持ちの整理がつけられないかもしれない。――だから、辛いのかもね。こんなに、現実を突きつけられるから。ねえ、もう――」

 私はうまく微笑むことができないだろう顔に無理やり笑顔を貼り付けた。

「いいえ、カリン様。わたくしは今すぐにそれをしなさいなんて、卑怯だと思いますわ。少なくとも、わたくしはカリン様と一緒ですわ」

 今度こそ私の目に涙が滲んで視界が――ユリアが歪んで見えた。
 ユリアは私の隣に近づいてきた。私の背中の方が温かくなった。ユリアが後ろから抱きついてきたのだ。

「ありがとう、ユリア」

 この光景、何処かで見覚えがあって懐かしいな、という感情を胸に抱きながら。
 そう、あれはお母さまがまだいた頃。


   *   *   *


 お前は悪魔だ。
 呪われた子だ。
 誰がお前なんかを信じる。
 誰がお前なんかに着いてくる。
 お前は呪われた。
 神に呪われたんだからな。


  *   *   *



 私が生まれた環境は幸運にも、良かったと思う。家が、ローゼンハイン公爵家でなくて、父が不器用で、それに気付けなかった事を除けば。
 少なくとも、母や兄がいたし、使用人――ジョセリンたちが愛情を沢山注いでくれたから。でも、そのうち、それに私が守られていただけだと気づいた。
 その温かい空気が家の中のお母様たちだけといる時だけだったと気づいたのは、家の外の世界に出た時だった。

 何処に行っても、親族でさえ私のことを遠巻きに見てくる人がいた。
 最初、私はそれに気づかなかった。でも、年が上るごとにつれ、それに気づかなければならなかった。


「あら、公爵令嬢なのに、私達に何の御用ですか?」

 私がパーティーなどで令嬢に話しかけると、大抵の人は遠巻きに遠慮して見ている。または、私のところに来て挨拶をすると嫌味を言ってどっかに行ってしまう、その2パターンだけだった。一部の人を除けば。

「いえ、少しおしゃべりをと……」

「あら、わたくしたちと話しても時間の無駄ですわ。他の所で、眺めていればいいのに」

 意地悪にそう笑って言うと、遠くに行ってくすくす笑っている。そんな時、お母さまは私ことを後ろから抱きしめてくれた。 

「いいの、大丈夫よ。あなたの行動は立派だったわ。ほら、カリンわたくしの声だけを聞いて。ね、大丈夫。貴女にはちゃんと貴女のことを見ている人がいるから」

 そう、耳元で囁きながら。

 私は、半分はその言葉を聞きたくて母のところに行った。母は、彼女たちが行っていた言葉の意味を理解して、私よりも悲しんでいた。
 お母さまは、たまにこんな事をつぶやく時もあった。

「わたくしのせいだわ。ごめんなさい、あなた達に迷惑をかけることになって。不甲斐ないお母さまでごめんなさい」

 と、私を抱きながらよく言っていた。今ならお母さまが言いたかった意味がわかる。でも、お母さまのせいではないと思う。それは、今でも変わらない。
 私はいつからか私の身分で接してくる人が全てだと思うようになってしまった。今は少しは変わったけれど。

 その原因も昔の――私の過去にある。


「ごきげんよう!カトリーナ・ローゼンハインです!カリンとお呼びを。よろしくお願いいたします!」

 私はよく、小さい頃からパーティーに出されていた。そして、その挨拶は決り文句だった。そして、――返ってくる言葉も決り文句だった。

「あら、ごきげんよう。貴女が、あのローゼンハイン家令嬢ね。ええ、よろしくお願いいたしますわ」

 うっすらと笑って言うと、私が後ろを見た時に必ずこういう。

「公爵令嬢だからって何が良いのかしら。王女様がお母さまだから、家名だけでこれから生きられるのよね。ふん、バカにして」

 私の、私のお母さまの悪口を必ず言ってくる。それは、お母さまが死んでからも同じだった。
 私はその時、同年代の子だったら普通に話せると思っていた。――でも、それも間違いだった。

「こんにちわ、カリンです。一緒に遊ばない?」

 私が話しかけると、大抵の子は逃げる事を選んでいた。それほど、三代公爵家は貴族の中ではトップだったのだ。
 あれは、私がまだ小さかった――五歳ぐらいの頃。
 私と同じくらいの男の子がいた。私が話しかけると、笑って答えてくれた。

「カリンちゃん?良いよ、何する?」

「お花摘み?」

「アレク!何処に行ったの!」

 たぶん、アレクと呼ばれた男の子が目の前の男の子だろう。その男の子は、何かをハッとしたように微笑んだ。

「ごめん、今度遊ぼうね」

「うん、絶対だよ!」

 その、アレクと呼ばれていた男の子は親のところに行くと、何かを嬉しそうに話し始めた。


「アレク、公爵令嬢と仲良くなるんなんて、嬉しいですわ、ねえ、貴方」

「そうだな、アレク、よくやったな」

「お父様、お母様、そういうことでは――。いいえ、ありがとうございます」


 その時に、私は分かちゃった。世の中って、そんなもんなんだなって。みんな、結局はより良い、より家が栄えるように、そんなことしか考えていないんだ、って。
 でも、その時はとにかく、寂しかったし悲しかった。

 そして、それは私が学校に入ってからも私のことを追いかけてきた。

 私は、代々宰相を輩出して来たローゼンハイン家の子。そのためには、何が何でも本家の子だけは学年で主席を取らないと本家の子だとは認めてはくれなかった。

 でも、周りが私がどんな努力をして、どんな悩みを持っているかも知らずに、見かけだけで私のことを見てくる。
 勉強だって、頑張っていた。何も、天才を輩出する公爵家の子だからって、努力をしていないわけでは無かったのに――。

 成績が発表される掲示板のところに行くと、毎回コソコソとささやきあっている声が聞こえる。


「勉強もできて、家柄もよく、困ることなんて一ミリも無い、ただそれだけの令嬢じゃない」

「そうよ、私達がどんなに努力をしても行けないのに、家柄だけで清々しい顔して、何なのよ」

「そうよ、生まれただけで勉強ができて、何が嬉しいわけ。良いわよね、ローゼンハイン家の令嬢は」

「そうよ、ほんとに努力もしないのに、一位なんて、神様は意地悪よ。人生はなんて皮肉なんでしょうね」


 でもそんな時、私が一番それを言いたかった。

 人の努力も悩みも知らないで、家柄だけで決めてくる。神様は絶対意地悪だと心から思った。どんなに頑張ったて、家柄だけで決められ、なのに、努力をしないと親族に認めてもらえない、そんな人生はなんて皮肉なんでしょうね、と。




『お前が認められる事は無いんだ。お前が神の裏切り者である限り――』



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