身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

文字の大きさ
18 / 63
第一章 彼女の決断

(11)

しおりを挟む
「な、何をなさるのですか……!?」
「!」

 フィルロードが小さく息を飲み、赤い瞳が見開かれる。

 つかまれていた腕の力がゆるんだ隙に、リリーシャはフィルロードから身を離した。その衝撃に、彼の胸元から細いものが床へと滑り落ちていく。

 カン、カラララ――

 乾いた音を立てて転がったそれは、記憶の中の幼い少年が腰にぶら下げていた銀色の笛。

「申し訳、ありません……、姫。ですが、わたしは……」

 項垂れるようにリリーシャの方へ頭をさげながら、フィルロードは声を絞り出す。が、次の言葉をつむげず、彼は唇を引き結んだ。前髪をかきあげ、大きく嘆息すると、落とした笛の方に近づいていく。

 そのうしろ姿へ、リリーシャが声をかけた。

「横笛……。まだ……、吹いていらっしゃるのですか?」
「……ええ。大事な、約束ですから」

 笛を拾い上げ、ギュとつかむフィルロード。

 その様子を眺めていたリリーシャは、しばらくためらったあとで「あの……」と切り出した。

「よかったら、きかせてもらえませんか? 久しぶりに、あなたの笛がききたくなりました」
「わたしの笛を、ですか?」

 張りつめていた表情を少しだけゆるませたフィルロードに、リリーシャは頷いた。

「はい。……いけませんか?」

 尋ねられたフィルロードは、返事もなくうつむく。
 その横顔を見つめながら、リリーシャはそういえばと心の中で自問した。

 彼の笛の音を、最後にきいたのはいつだっただろう? あの幼い日にきかせてもらって、城で再会してからは何度もきかせてもらっていた。

 それが、ある時を境にパタリとなくなって。
 そうだ。確かあれは、彼のお父様が――

 リリーシャの淡黄色の瞳が少しだけ細められた先で、ただじっと笛を見おろしていたフィルロードがゆっくりと首を左右に振った。

「……いいえ。姫の、仰せのままに」

 慣れたように、フィルロードが横笛を構える。
 一呼吸のあと、澄んだ笛の音が響き始めた。

 きき覚えのある、物悲しい旋律。どこでだっただろう、とリリーシャはぼんやり考える。
 切ないけれど、すごく心に染みる音。久しぶりなのに――、変わらない。

 きき入るうちに、リリーシャのこわばっていた表情が、少しずつ穏やかなものになっていく。
 演奏が終わり、笛から唇を離すフィルロードへ、リリーシャは微笑しながら拍手を送った。

「――昔よりも、ずっとずっときれいな音色。少し寂しそうな雰囲気でしたが、上達しましたね、とても。耳にする機会があまりなかったことが悔やまれますが、どれだけの修練を積み重ねたのか……、私には想像もできません」
「お褒め頂きありがとうございます、姫」

 笛を懐に戻し、目を伏せるフィルロード。

「ですが、根本は変わっていないような気がします」
「根本、ですか」

 訝しげなフィルロードに、リリーシャは「はい」と返事をすると、胸元で両手を重ねた。

「あなたの音色は……、耳にするととても心が安らぎます。初めてきかせてもらったあの時からずっと……、それは変わりませんから」

 未熟で粗削りだった、あの時の幼い笛の音。でも、懸命に演奏する横顔がすごくまぶしくて。面影が残る今の横顔からは、その時と同じまばゆさは感じられなくなってしまったけれど。

 きっと、私の気持ちはあの時から変わっていない。むしろそれは、強くなってしまったのかも……
 けれど、あの夜。その想いには終わりを告げたはずだった。断ち切ったはずだった。

 なのに、今の笛の音に嫌でも思い知らされてしまう。

 私は、まだ――

 リリーシャの重ねられた両手に、ギュッと力がこめられる。

「フィルロード、あなたはどうして……」

 視線をはずしたリリーシャの唇から、勝手に疑問が漏れていく。

 あなたは、どうして……

 何をたずねようとしたのかわからなくなって、リリーシャはそのまま口を閉ざしてしまった。

 私は、何をきこうとしていたの?
 今さら、何を……

 トン、とした物音に、彼女が考えを中断して顔をあげる。
 そこには、思いつめたように顔を歪ませたフィルロードが一歩、彼女の方へと足を踏み出していた。

「姫……、俺は……!」
「フィル、ロード? どうかしま――きゃっ……!?」

 小首をかしげるリリーシャとの距離を一気につめて、フィルロードが彼女を壁に追いこんでいく。ドン、と伸ばされた彼の手が彼女の顔の近くに突かれた。

 背中に硬い感触を受けて、リリーシャは自分の状況が理解できないまま、見おろしてくる赤い瞳に動揺を浮かべる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...