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第三章 二人の距離
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ジュシルスが向かった先は、城にあるフィルロードの部屋だった。
どうしてわたしの部屋に? と尋ねるフィルロードに、ジュシルスは人が寄りつかない方が都合がいいからだ、とだけ答えた。
フィルロードが部屋の扉を閉めると、中央でジュシルスが振り返ってくる。
「リリーシャ姫の居場所が、ほぼ特定された」
「本当ですか! それで、姫は今どこに?」
喜びを押し出してくる弟に、ジュシルスは短く息を吐く。
「隣国ウィンスベル。実際に、斥候たちも姫を目撃したわけではないらしいが、その中心に位置する国王ヴィルフレイドの居城だ」
「ウィンスベル? どうして、姫がそのようなところに?」
予想にもしていなかった答えに、フィルロードが眉を寄せる。
ジュシルスはフィルロードを一瞥してから窓の方に歩み寄ると、近くの壁によりかかった。
「最後に姫が目撃されたのは、ちょうどおまえが謹慎になったあの日だ。あの日俺は、姫におまえの監視を頼んだ」
「はい。姫は、この部屋まで足を運んでくださり、その後急に城内が騒がしくなったのをきっかけにここを出て行かれました。騒ぎの様子を、確認しに」
「そうか……、なら、あのときの……」
「ジュシルス団長?」
「いや、何でもない。それから、姫はここに戻って来られたのか?」
「はい。ウィンスベルが我が国に攻めてきたと、その時に姫に教えて頂きました」
「その時の姫に、どこか変わったところはなかったか?」
「変わった、ところですか? ……とても、心を痛まれているご様子でした。それに……」
「それに?」
ジュシルスの促しに、フィルロードは兄から視線を外した。
『さようなら』
脳裏に刻まれたままの、その言葉。打ち消すようにかぶりを振ってから、フィルロードは「いえ」と返事をした。
「わたしの勝手な思い過ごしだと思いますので」
フィルロードをじっと見つめていたジュシルスは、その答えに「そうか」と息を落とした。
「姫が、ウィンスベルに囚われているのはほぼ間違いないだろうな。その証拠に、国境辺りで衝突していたウィンスベル軍が、突然波のように引いていったからな。今となっては、その侵略自体も姫を引き渡させるための計略の一つだったのかもしれんがな」
「姫を? ですが、それが姫の失踪とどう関係してくるんですか?」
「もともとウィンスベルは、リリーシャ姫を渇望していた。表向きは、ミルスガルズとの友好的な同盟を求めてはいたが、その実、こちらに対する人質にしたかったのだろうな」
「! それは、本当ですか……!?」
「ああ。こちらが何度もその要望を飲まないものだから、実力行使に出たというところか。城内で争ったような形跡がないところから、ミルスガルズのため等と吹聴して姫をそそのかし、ウィンスベルに連れ去った可能性もある」
そこで言葉を区切ると、ジュシルスは両腕を組む。
「手引きをしたのは、おそらく宰相のオズウォンドだ」
「オズウォンド様が!?」
驚きの声を上げるフィルロードに、ジュシルスは少しだけ顎を引いた。
「ウィンスベルの連中だけでは、我が騎士団の目を逃れてこの城内から姫を連れ出すことはまず不可能だからな。内通者、しかもそれが王族の端くれとでもなれば、それも容易になる」
「……」
信じられない、とばかりにフィルロードは唇を引き結ぶ。
「オズウォンドは、昔から自身が王になることを望んでいた。ゆえに、先代の女王陛下が亡くなって、リリセニーナが次の女王になることを良くは思っていなかったはずだ」
ジュシルスが語るのを黙って聞いていたフィルロードが、口元に指先を絡めながら不意にその瞳を横に流した。
その小さな変化に気づいたジュシルスが、「ん?」と首を傾ける。
「何か、心当たりでもあるのか?」
「……あ、はい。兄上たちの結婚式の前夜、姫とオズウォンド様がお二人で話しているのを立ち聞きしてしまって。内容は、姫とウィンスベル王の縁談がどうのと、そんな話だったと思います」
「そうか、なるほどな。なら、その時に姫はオズウォンドにそそのかされたということか。最後まで聞いていないのか?」
「いえ……、最後までは聞いていません」
「フッ、だろうな」
口角をつり上げ、ジュシルスは微笑する。何かを考えるように床に視線を落とし、しばらくしてから組んでいた腕を解くと、黒の髪を横に振った。
「……俺が、こんなことを口にするのはおこがましいことだと重々承知はしている。もしそれが姫のご意志だとしたら、なおさら尊重せねばとも思う。だが、リリーシャは俺の大事な家族の一人だ。昔も今も、それは変わらない」
「……兄、上?」
額に手を当てていたジュシルスは、ようやくフィルロードに向き直る。その顔立ちは、普段それほど垣間見ることは出来ない真摯なものだった。
「フィルロード。俺は、前に話したはずだな? 姫は、おそらくご無事だと」
「はい。もちろん、覚えています」
「姫には、利用価値がごまんとある。姫のご意志にしろ何にしろ、生かしておいて決して損はないからな。だから、無事だとは言った。だが」
言葉をいったん止めて、ジュシルスは大きく息を吐いた。
「このことは、女王代行殿下の耳にもまだ入れてはいない。なぜなら――、無事という言葉が適切か、俺にも正直わからんからだ。あのウィンスベル王が相手だとしたら、なおさらな」
ウィンスベル王が相手、だとしたら?
訝しげに眉を寄せたフィルロードだったが、すぐにジュシルスの言わんとしていることに思い当たり、これ以上ないほどに両目を見開いた。
「! それ、は……まさか、姫の御身が……ということですか?」
フィルロードのしぼり出すような問いかけに、ジュシルスは肯定も否定もしないまま、無言で瞼を閉じた。
「今は、生きておられることだけを信じてはいるが……。もし仮に、だ。もし仮に、ウィンスベルにかどわかされたわけではなく、このミルスガルズのことを想って、姫自身のご意志でそうされていた場合」
淡々とした言葉が途切れ、ジュシルスの紅の瞳が緩々と姿を現し、同じきらめきを宿すフィルロードのそれをジッと見つめた。
「フィルロード、おまえはどうするつもりだ?」
どうしてわたしの部屋に? と尋ねるフィルロードに、ジュシルスは人が寄りつかない方が都合がいいからだ、とだけ答えた。
フィルロードが部屋の扉を閉めると、中央でジュシルスが振り返ってくる。
「リリーシャ姫の居場所が、ほぼ特定された」
「本当ですか! それで、姫は今どこに?」
喜びを押し出してくる弟に、ジュシルスは短く息を吐く。
「隣国ウィンスベル。実際に、斥候たちも姫を目撃したわけではないらしいが、その中心に位置する国王ヴィルフレイドの居城だ」
「ウィンスベル? どうして、姫がそのようなところに?」
予想にもしていなかった答えに、フィルロードが眉を寄せる。
ジュシルスはフィルロードを一瞥してから窓の方に歩み寄ると、近くの壁によりかかった。
「最後に姫が目撃されたのは、ちょうどおまえが謹慎になったあの日だ。あの日俺は、姫におまえの監視を頼んだ」
「はい。姫は、この部屋まで足を運んでくださり、その後急に城内が騒がしくなったのをきっかけにここを出て行かれました。騒ぎの様子を、確認しに」
「そうか……、なら、あのときの……」
「ジュシルス団長?」
「いや、何でもない。それから、姫はここに戻って来られたのか?」
「はい。ウィンスベルが我が国に攻めてきたと、その時に姫に教えて頂きました」
「その時の姫に、どこか変わったところはなかったか?」
「変わった、ところですか? ……とても、心を痛まれているご様子でした。それに……」
「それに?」
ジュシルスの促しに、フィルロードは兄から視線を外した。
『さようなら』
脳裏に刻まれたままの、その言葉。打ち消すようにかぶりを振ってから、フィルロードは「いえ」と返事をした。
「わたしの勝手な思い過ごしだと思いますので」
フィルロードをじっと見つめていたジュシルスは、その答えに「そうか」と息を落とした。
「姫が、ウィンスベルに囚われているのはほぼ間違いないだろうな。その証拠に、国境辺りで衝突していたウィンスベル軍が、突然波のように引いていったからな。今となっては、その侵略自体も姫を引き渡させるための計略の一つだったのかもしれんがな」
「姫を? ですが、それが姫の失踪とどう関係してくるんですか?」
「もともとウィンスベルは、リリーシャ姫を渇望していた。表向きは、ミルスガルズとの友好的な同盟を求めてはいたが、その実、こちらに対する人質にしたかったのだろうな」
「! それは、本当ですか……!?」
「ああ。こちらが何度もその要望を飲まないものだから、実力行使に出たというところか。城内で争ったような形跡がないところから、ミルスガルズのため等と吹聴して姫をそそのかし、ウィンスベルに連れ去った可能性もある」
そこで言葉を区切ると、ジュシルスは両腕を組む。
「手引きをしたのは、おそらく宰相のオズウォンドだ」
「オズウォンド様が!?」
驚きの声を上げるフィルロードに、ジュシルスは少しだけ顎を引いた。
「ウィンスベルの連中だけでは、我が騎士団の目を逃れてこの城内から姫を連れ出すことはまず不可能だからな。内通者、しかもそれが王族の端くれとでもなれば、それも容易になる」
「……」
信じられない、とばかりにフィルロードは唇を引き結ぶ。
「オズウォンドは、昔から自身が王になることを望んでいた。ゆえに、先代の女王陛下が亡くなって、リリセニーナが次の女王になることを良くは思っていなかったはずだ」
ジュシルスが語るのを黙って聞いていたフィルロードが、口元に指先を絡めながら不意にその瞳を横に流した。
その小さな変化に気づいたジュシルスが、「ん?」と首を傾ける。
「何か、心当たりでもあるのか?」
「……あ、はい。兄上たちの結婚式の前夜、姫とオズウォンド様がお二人で話しているのを立ち聞きしてしまって。内容は、姫とウィンスベル王の縁談がどうのと、そんな話だったと思います」
「そうか、なるほどな。なら、その時に姫はオズウォンドにそそのかされたということか。最後まで聞いていないのか?」
「いえ……、最後までは聞いていません」
「フッ、だろうな」
口角をつり上げ、ジュシルスは微笑する。何かを考えるように床に視線を落とし、しばらくしてから組んでいた腕を解くと、黒の髪を横に振った。
「……俺が、こんなことを口にするのはおこがましいことだと重々承知はしている。もしそれが姫のご意志だとしたら、なおさら尊重せねばとも思う。だが、リリーシャは俺の大事な家族の一人だ。昔も今も、それは変わらない」
「……兄、上?」
額に手を当てていたジュシルスは、ようやくフィルロードに向き直る。その顔立ちは、普段それほど垣間見ることは出来ない真摯なものだった。
「フィルロード。俺は、前に話したはずだな? 姫は、おそらくご無事だと」
「はい。もちろん、覚えています」
「姫には、利用価値がごまんとある。姫のご意志にしろ何にしろ、生かしておいて決して損はないからな。だから、無事だとは言った。だが」
言葉をいったん止めて、ジュシルスは大きく息を吐いた。
「このことは、女王代行殿下の耳にもまだ入れてはいない。なぜなら――、無事という言葉が適切か、俺にも正直わからんからだ。あのウィンスベル王が相手だとしたら、なおさらな」
ウィンスベル王が相手、だとしたら?
訝しげに眉を寄せたフィルロードだったが、すぐにジュシルスの言わんとしていることに思い当たり、これ以上ないほどに両目を見開いた。
「! それ、は……まさか、姫の御身が……ということですか?」
フィルロードのしぼり出すような問いかけに、ジュシルスは肯定も否定もしないまま、無言で瞼を閉じた。
「今は、生きておられることだけを信じてはいるが……。もし仮に、だ。もし仮に、ウィンスベルにかどわかされたわけではなく、このミルスガルズのことを想って、姫自身のご意志でそうされていた場合」
淡々とした言葉が途切れ、ジュシルスの紅の瞳が緩々と姿を現し、同じきらめきを宿すフィルロードのそれをジッと見つめた。
「フィルロード、おまえはどうするつもりだ?」
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