身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第三章 二人の距離

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「うっ……、く……」

 嗚咽が、水の流れる音に混じって部屋に響き渡る。

 ようやく解放され、呼ばれた侍女たちに次に連れていかれたのは、風呂場のようなところだった。
 いろいろな痕の残る全身に、手桶で汲んだ湯をゆっくりとかけていく。熱さがしみたり、いつもと感覚が違ったりするような気がするが、すぐに忘れなければ。

 キュ、と左手で右腕を握りしめながら、リリーシャは唇を強く引き結んだ。

 これは、自分の望んだこと。自分で決めたこと、だから――
 でも、それでも。

 不意に後ろから荒々しい靴音が聞こえてきて、リリーシャは考えを中断させると、慌てて振り返った。驚きに見開かれた淡黄色の瞳に、獲物を標的にした獣のような笑みが映る。

「! ヴィルフレイド王……! どうして……?」
「我が城で何をしようとも、俺の勝手だ。先刻のアレだけでは、おまえも物足りぬであろう?」

 すぐさま絡んでくるヴィルフレイドに一瞬で嫌悪を覚えたリリーシャは、懸命に身をよじった。

「い、いや……!」

 拒絶するリリーシャの手首をつかみ、強引に組み伏せながら、ヴィルフレイドは酷薄に笑った。

「嫌? くくくっ、先ほどのおまえは最初こそ抵抗の意志を示していたが、最後は従順に俺を受け入れていたではないか」
「! ……それが! 私の、役目だからです」

 ギクリ、と動きを止めたリリーシャに、ヴィルフレイドは「ならば」と顔を近づける。

「嫌ではないはずだな? おまえは、望んでここに来たはずだ。おまえ自身の意志でな」
「……っ」
「返事はどうした? その口は、嬌声しかあげられぬのか?」

 まるで捕食されるようにヴィルフレイドに首元を噛まれたリリーシャの全身が、小さく震えた。
 力なくその場に横たわると、リリーシャの淡黄色の瞳に残されていた涙が、スッと音もなく流れ落ちていった。

「…………はい。どうぞ……、私の身体でよろしければお好きにお使いください」
「俺に乞うときには、どうしろと言った?」
「…………」

 唇を噛み、リリーシャは上半身を起こす。
 寝転がったヴィルフレイドにまたがり、男の胸元に、あご先に、そして傲慢に開かれた唇に口づける。
 そして、ゆっくりと腰を動かし、陰部をこすりつけていく。

「どうか……、お願いです。私の身体で、あなた、を……」

 早くしろ、とばかりに顎で何度も催促され、腰を掴んだ太い両腕がリリーシャの身体を激しく前後に揺すり始める。

「あなた、を……」

 言葉が、詰まる。
 今にも溢れてきそうな激情を必死に抑えこむリリーシャに、ヴィルフレイドの苛立ったような舌打ちが落とされ、既に脈打っていたものが浮かせられた彼女の下部にあてがわれた、その瞬間。

「――あら? ヴィルフレイド王様、こんなところで楽しいことをされているのですね」
「……フィオナか」

 突然割りこんできた声に動きが止まり、目だけをそちらに流したヴィルフレイドは声の主の名を、ボソと口にした。

 結いあげた群青の髪に、銀色の髪飾りが美しく生える。フィオナと呼ばれた女に横から覗きこまれ、リリーシャは身を隠すのも忘れて、「あ……」と思わず口にした。
 悲しみに満ちたリリーシャの目の中で、フィオナが微笑する。

「あらあら、怯えちゃって。もしかして、この子が前に言っていたミルスガルズの王女様かしら?」
「ああ、そうだ。伽すらもまともにできん、能無しの王女だ。せめて純潔かと思えば、くくくっ! しっかりと失われておったわ。一国の王女が婚姻を前に、とは呆れる。……なあ?」

 グリグリ、と下腹部を強く押され、リリーシャは苦悶と屈辱に顔を歪める。
 落ちてきた肩のストールを持ちあげながら、フィオナは「ふーん」と感情の薄い声を発すると、その表情を艶っぽく一変させた。

「ねえ……、王様。そんな面白くなさそうな小娘を相手にするより、どうせなら私とご一緒に遊びませんか? 私、さっきからココが疼いてきて仕方がなくて」

 ココ、とフィオナは片足をあげて、自身の下半身をなまめかしく指さす。
 「ほお」とヴィルフレイドが青灰色の瞳を細めて、リリーシャを突き飛ばす。

 「早く、慰めてくれません?」と身に着けていたストールを投げ捨て、挑発的に手招きするフィオナをその場で押し倒し、ヴィルフレイドは口元を緩めた。

「おまえから誘ってくるなど、珍しいこともあるものだ。やはり、俺の方が良いことが今さらわかったか?」
「……あんっ! そんながっついたら、ふふっ。いけませんよ?」

 首に歯を立ててくるヴィルフレイドに腕を回しながら、邪魔、とばかりにフィオナの紅玉を彷彿とさせる瞳がリリーシャを鋭く射貫いてくる。

 目の前で濃厚に交わり始めた二人にようやく我に返ったリリーシャは、目に留まったストールを身にまとうと、目を伏せてその場から逃げるように立ち去った。
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