38 / 63
第四章 隣国ウィンスベル
(1)
しおりを挟む
もし――、もし仮にそれがあなたご自身の意志で、この国のためだったとしたら。
わたしはそれを尊重して、あなたの決断に心からの敬意を払わなければならない。最大限の感謝を述べなければならない。それが、騎士としてのわたしの責務だから。
でも――、それがもし、国のためではない俺のためだというのなら。それは王族とは関係ない、きみ自身の意志。
自惚れかもしれない、ただの勘違いかもしれない。
それでも。
「俺は……」
うつむいていた顔を、前に戻す。
金色の髪が揺れる中、決意を帯びた紅の両目が真っすぐに宙を射貫いていった。
第四章 隣国ウィンスベル
「ウィンスベルに、ですか?」
「……はい。用意が整い次第、出立しようと思います」
不安そうに尋ねられ、フィルロードは返事をしながら伏せていた顔を上げた。
部屋を出たフィルロードが、真っすぐに向かった先は王の間だった。呼ばれているわけでも、先約があるわけでもない。突然の謁見にも関わらず、すぐに迎え入れられて貰えた。
二つ並べられた玉座の一つ。その横に佇んでいたリリセニーナは、唇に指先を当てて思案顔で再度フィルロードに問いかけた。
「それは……、あの件が絡んでいるのですか?」
「詳しいことは、ジュシルス団長にお尋ねください。わたし以下騎士団の四人、しばらくこの城を空けることと、そして騎士の職務を放棄すること、どうかお許しを」
「わかりました。テューラー卿にも、そう伝えておきましょう。ですが、その人数で大丈夫なのですか?」
「戦いに行くわけではありませんので、少人数の方が目立たずに済みますから。それに今、この城の守備をこれ以上手薄にするわけにもいきません。敵は……、ウィンスベルだけとは限りませんので」
「……そう、ですね」
憂いを帯びたリリセニーナの表情が、縦に動かされる。
「私に、何かできることはありませんか?」
「その言葉だけで十分です。ありがとうございます、リリセニーナ女王代行殿下」
そう言って、フィルロードは微笑する。
リリセニーナは淡黄色の瞳を細めながら、彼女もまた口元を小さく綻ばせた。
「フィルロード。何があったかはわかりませんが……、良い表情になりましたね。まるで、昔のあなたを彷彿とさせるようで、すごく頼もしいです」
「……もったいないお言葉」
フィルロードは、頷くように目を伏せる。
「どうか、くれぐれも気をつけて」
「はっ。では、失礼します」
頭を垂れて畏まってから、フィルロードは膝を伸ばして踵を返した。
今から仲間たちと移動して、ウィンスベルに着くのはおよそ四日から五日後。そこからウィンスベルの内情を探って、それから――
「フィルロード」
考えに耽りながら謁見の間を後にしたフィルロードに、横手から声がかけれる。
思考と足を止めて見れば、こちらに歩み寄ってくる兄ジュシルスの姿。じ、とフィルロードを凝視していた赤い瞳が和らいだ。
「どうやら、決めたようだな」
「……はい。ウィンスベルに行ってきます。リリセニーナ女王代行殿下にも今、許しを頂いてきたところです」
「そうか。捜索隊の他の連中も一緒に行くんだな?」
「はい。手伝って貰おうと思っています」
「わかった。もし、姫が――」
ジュシルスは、そこで口をつぐんだ。目の前に突き出された手のひらと、強い視線。それを受けたジュシルスの口角が、フッとつりあがる。
「……その顔は、もうすべて承知済みということか。ならば――」
ジュシルスは腰から自身の剣を鞘ごと引き抜くと、フィルロードに差し出した。
「この剣を持っていけ」
「え? ですが、それは……」
戸惑うフィルロードに、ジュシルスはゆっくりと頷く。
「ああ。おまえも知っている通り、我がテューラー家に伝わる我らが父上の形見。少しは成長したらしいおまえに今回だけは預けてやるから、必ず返しに戻ってこい。いいな?」
フィルロードの答えを聞くより先に、ジュシルスは剣を放った。
慌ててそれを受けとめたフィルロードは、予想以上の重みに一瞬だが顔をしかめるが、すぐに兄を見た。
「……わかりました。必ず」
深く頷いて、フィルロードは流れるようにその剣を腰に穿く。
「この城と、女王代行殿下のことは気にするな。俺がいる」
「ええ、わかっています。実を言えば……、最初からそのことに関しては頭にありませんでした」
生真面目に答えてくるフィルロードの眉間を、ジュシルスが軽く小突いた。
「な……」
「この国の騎士らしからぬ発言だな。長としては、非常に由々しき問題に感じるが」
「……すみません」
「まあいい。……あまり気負いすぎるなよ。一人で思いつめるところも、おまえの悪い癖だ」
面食らったように一気に表情を崩すフィルロードに小さく笑ってから、ジュシルスは口元を引き締める。
「あらかた撤退したとはいえ、まだ国境の辺りではいざこざが残っているかもしれん。ウィンスベルでは、ことを荒立て過ぎないように気をつけろ。無理だと判断したら、退くことも覚えておけ」
「はい」
「姫を……、リリーシャを頼むぞ」
「……はい」
同じ紅の瞳が交差し、ジュシルスはフィルロードの肩を強く叩くと、その場を立ち去っていく。それを見送ってから、フィルロードもまた止めていた足を再開した。
わたしはそれを尊重して、あなたの決断に心からの敬意を払わなければならない。最大限の感謝を述べなければならない。それが、騎士としてのわたしの責務だから。
でも――、それがもし、国のためではない俺のためだというのなら。それは王族とは関係ない、きみ自身の意志。
自惚れかもしれない、ただの勘違いかもしれない。
それでも。
「俺は……」
うつむいていた顔を、前に戻す。
金色の髪が揺れる中、決意を帯びた紅の両目が真っすぐに宙を射貫いていった。
第四章 隣国ウィンスベル
「ウィンスベルに、ですか?」
「……はい。用意が整い次第、出立しようと思います」
不安そうに尋ねられ、フィルロードは返事をしながら伏せていた顔を上げた。
部屋を出たフィルロードが、真っすぐに向かった先は王の間だった。呼ばれているわけでも、先約があるわけでもない。突然の謁見にも関わらず、すぐに迎え入れられて貰えた。
二つ並べられた玉座の一つ。その横に佇んでいたリリセニーナは、唇に指先を当てて思案顔で再度フィルロードに問いかけた。
「それは……、あの件が絡んでいるのですか?」
「詳しいことは、ジュシルス団長にお尋ねください。わたし以下騎士団の四人、しばらくこの城を空けることと、そして騎士の職務を放棄すること、どうかお許しを」
「わかりました。テューラー卿にも、そう伝えておきましょう。ですが、その人数で大丈夫なのですか?」
「戦いに行くわけではありませんので、少人数の方が目立たずに済みますから。それに今、この城の守備をこれ以上手薄にするわけにもいきません。敵は……、ウィンスベルだけとは限りませんので」
「……そう、ですね」
憂いを帯びたリリセニーナの表情が、縦に動かされる。
「私に、何かできることはありませんか?」
「その言葉だけで十分です。ありがとうございます、リリセニーナ女王代行殿下」
そう言って、フィルロードは微笑する。
リリセニーナは淡黄色の瞳を細めながら、彼女もまた口元を小さく綻ばせた。
「フィルロード。何があったかはわかりませんが……、良い表情になりましたね。まるで、昔のあなたを彷彿とさせるようで、すごく頼もしいです」
「……もったいないお言葉」
フィルロードは、頷くように目を伏せる。
「どうか、くれぐれも気をつけて」
「はっ。では、失礼します」
頭を垂れて畏まってから、フィルロードは膝を伸ばして踵を返した。
今から仲間たちと移動して、ウィンスベルに着くのはおよそ四日から五日後。そこからウィンスベルの内情を探って、それから――
「フィルロード」
考えに耽りながら謁見の間を後にしたフィルロードに、横手から声がかけれる。
思考と足を止めて見れば、こちらに歩み寄ってくる兄ジュシルスの姿。じ、とフィルロードを凝視していた赤い瞳が和らいだ。
「どうやら、決めたようだな」
「……はい。ウィンスベルに行ってきます。リリセニーナ女王代行殿下にも今、許しを頂いてきたところです」
「そうか。捜索隊の他の連中も一緒に行くんだな?」
「はい。手伝って貰おうと思っています」
「わかった。もし、姫が――」
ジュシルスは、そこで口をつぐんだ。目の前に突き出された手のひらと、強い視線。それを受けたジュシルスの口角が、フッとつりあがる。
「……その顔は、もうすべて承知済みということか。ならば――」
ジュシルスは腰から自身の剣を鞘ごと引き抜くと、フィルロードに差し出した。
「この剣を持っていけ」
「え? ですが、それは……」
戸惑うフィルロードに、ジュシルスはゆっくりと頷く。
「ああ。おまえも知っている通り、我がテューラー家に伝わる我らが父上の形見。少しは成長したらしいおまえに今回だけは預けてやるから、必ず返しに戻ってこい。いいな?」
フィルロードの答えを聞くより先に、ジュシルスは剣を放った。
慌ててそれを受けとめたフィルロードは、予想以上の重みに一瞬だが顔をしかめるが、すぐに兄を見た。
「……わかりました。必ず」
深く頷いて、フィルロードは流れるようにその剣を腰に穿く。
「この城と、女王代行殿下のことは気にするな。俺がいる」
「ええ、わかっています。実を言えば……、最初からそのことに関しては頭にありませんでした」
生真面目に答えてくるフィルロードの眉間を、ジュシルスが軽く小突いた。
「な……」
「この国の騎士らしからぬ発言だな。長としては、非常に由々しき問題に感じるが」
「……すみません」
「まあいい。……あまり気負いすぎるなよ。一人で思いつめるところも、おまえの悪い癖だ」
面食らったように一気に表情を崩すフィルロードに小さく笑ってから、ジュシルスは口元を引き締める。
「あらかた撤退したとはいえ、まだ国境の辺りではいざこざが残っているかもしれん。ウィンスベルでは、ことを荒立て過ぎないように気をつけろ。無理だと判断したら、退くことも覚えておけ」
「はい」
「姫を……、リリーシャを頼むぞ」
「……はい」
同じ紅の瞳が交差し、ジュシルスはフィルロードの肩を強く叩くと、その場を立ち去っていく。それを見送ってから、フィルロードもまた止めていた足を再開した。
0
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!
タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。
姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。
しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──?
全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる