身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

文字の大きさ
56 / 63
第六章 互いの傷痕

(6)

しおりを挟む
 差しこんでくる光が、いつの間にか橙色に変わっている。

 今日一日を城の復興の手伝いに費やしていたフィルロードは、移動していた廊下でふと足を止めた。

「フィルロード」

 見計らったように名前を呼ばれ、フィルロードの赤い目がそちらを向く。廊下の先で、見知った顔がヒラヒラと手を振っていることに気づき、彼は微笑を浮かべた。

「ヒューゼル殿」
「今日の作業が一息ついたのなら、ちょっと軽くつき合わないか?」

 ヒューゼルが、何かを握って傾ける仕草をしてくる。
 それが何を示すか理解したフィルロードは、苦笑しながら「わかりました」と答えた。

 ヒューゼルの案内でやってきたのは、城下町にある一軒の酒場だった。
 慣れたようにウェイトレスやマスターに手をあげて挨拶をしてから、ヒューゼルは一番奥にあるバーテーブルへフィルロードを招いた。

 フィルロードは、戸惑い気味に辺りを見わたしながらヒューゼルについていく。

 二人がバーテーブルに並ぶと同時に、並々と酒の入れられた大きな持ち手のついた木の杯が二つ、テーブルに置かれた。溢れた白い泡が、杯から滴り落ちて白い線を描く。

 その一つを掴んだヒューゼルが、フィルロードに差し出してくる。

「まずは、お互いに生き残れたことに乾杯だな」
「はい」

 フィルロードも持ち手を握ると、持ちあげた。
 二つの杯が、空中で乾いた音を立てる。

 ヒューゼルはグイと杯を傾けて、豪快に喉へ流しこんでいく。
 ぷはあ、と気持ちよさげな息を吐いてから手の甲で口元をぬぐう様子に、あっけにとられていたフィルロードも慌てて口をつけた。

「貴殿は、飲む方か?」

 杯を振っておかわりを頼みながら、ヒューゼルが問いかける。

「そうですね、人並程度には」
「なら次は、勝利を祝っての乾杯だな」

 新しく運ばれてきた杯を、ヒューゼルはフィルロードの持った杯にぶつける。またすぐに飲み干してしまうヒューゼルに感化されるように、フィルロードもまた杯を空にした。

 「お、いいねえ」と口笛混じりに言いながら、ヒューゼルは次を頼む。

 三度目の乾杯をしてから、「で」とヒューゼルがテーブルに片肘をついた。

「これから、貴殿たちはどうするつもりだ?」
「とりあえず、わたし以外の仲間たちは明日にでも本国に戻る予定です。報告もありますし、このまま国のことを放置しておくわけにもいきませんから」
「貴殿は?」

 手にした杯で、ヒューゼルがフィルロードを指す。
 フィルロードは杯の中身を一口流してから、かぶりを振った。

「わたしは……、姫のご様子がもう少し安定してからと思っています」
「そうか。まだ、落ちつきそうにないか?」
「……はい。昼間はそれほどお変わりありませんが、やはり夜がまだ……」
「まあ、当然だろうな」

 杯を傾けてから、ヒューゼルは短く嘆息する。

「すみません。もう少し、滞在させて貰うことになりそうです」

 深々と頭を下げるフィルロードの肩に、ヒューゼルは手を置いた。

「いや、その辺は気にしなくていい。貴殿たちは、我らの恩人だからな。気が済むまでいてくれて構わない」
「……ありがとうございます」

 口角を少しだけあげて、フィルロードは折り目正しくもう一度腰を折った。

 ひとしきりたわいない世間話で酒を酌み交わしていると、「そういえば」とヒューゼルが何杯目かの酒と一緒に注文した塊肉に食らいつきながら、目を細めた。

「ヴィルフレイドに会ったんだってな」
「……はい。王は、あれからどうなったのですか?」

 城で遭遇したときの状況を思い出しながら、フィルロードは気になっていたことを口にした。

「死んだよ。俺があの場所にたどり着いたとき、もう既に決着はついていた」

 あっさりと、ヒューゼルが答えてくる。
 やはりか、とフィルロードはヒューゼルから視線を逸らしながら口元を手で覆った。

 叔母が話していた、悲願を果たしたというあの言葉は――

 フィルロードは、ゆっくりと息を吐いてから首を横に動かした。

「そうだったんですね。王が亡くなられたのなら、この国は……」

 うつむき加減にフィルロードが呟けば、ヒューゼルが自身の後ろ頭をかく。

「次の王候補がいない以上、ごたついてくるのは目に見えているな。まあ、どうにかするつもりではいるが。……ああ、そうだ。いっそのこと、貴殿もここに移住してこないか? 貴殿なら、我らも歓迎するが」

 意外な提案に、フィルロードは困ったように苦笑した。

「それ、本気で言ってますか?」
「まさか。半分は、冗談だよ」

 ひょいと肩をすくめて、ヒューゼルが笑う。

「平気か?」
「え?」

 不意に尋ねられ、フィルロードは赤い瞳を瞬かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...