2 / 21
2.
しおりを挟む翌朝、フォルティアの専属侍女レニが部屋にやってきた。彼女は実家から連れて来た侍女である。
「おはようございます。……フォルティア様、初夜は後日でしょうか?」
レニは瞬時に察したようだった。フォルティアは自分の部屋で寝ていたのだ。
結婚前まではフォルティアのことをお嬢様と呼んでいたが、呼び名に困り、名前にしたのだろう。
本来であれば『若奥様』か『フォルティア奥様』と呼ばれることになるが、初夜がまだと判断したのだ。
侍女から名前で呼ばれることを好む夫人も多いことから、おかしなことでもない。
「おはよう、レニ。後日、でもないわ。多分。」
結婚式の疲れや、酒の飲み過ぎ、あるいはお互いがもっと親しくなってから、と初夜を延期し、後日となる場合もあるのでレニもそのどれかだと思ったのだろう。だけど、これは違う。
「ディカルド様は、前の婚約者の方だけを愛し続けたいそうよ。私を抱く気はないのですって。」
レニはとても驚いた顔をしていた。それはそうだろう。彼女もこの結婚の意味を知っている。
「それではコールタッド伯爵家が援助する意味が全くなくなってしまうのではないですか。」
いずれフォルティアが産む孫のために、父はラフォーレ侯爵家に援助しているのだからそうだろう。
「だからね、白い結婚を証明して2年後に実家に戻るわ。」
父はフォルティアにもっと条件のいい結婚相手を選ぶこともできた。
だけど、このままラフォーレ侯爵家が落ちぶれていくことを危ぶんだ国王陛下の頼みでディカルドとの結婚が決まったのだ。
このことは、おそらく侯爵夫妻は知らないことだろう。
自分たちが格上の侯爵家であるため、コールタッド伯爵家は断れなかったのだ。そう思っている。
しかも、フォルティアは少し前に婚約を解消したばかりだったため、傷物を受け入れてやるんだから援助しろと言わんばかりの婚約申し込みだったという。
その認識が間違っていることに気づいていない。
いつまでも婚約者が亡くなったことで悲嘆に暮れてばかりいるディカルドにフォルティアをわざわざ選んでやったのだ。
次期侯爵夫人になれることはフォルティアもさぞかし嬉しいことだろう。
そう思っているが、コールタッド伯爵は格上からでも平気で断っただろう。
吹けば今にも飛びそうな侯爵家なのだ。格上とは言い難い。
しかし、侯爵夫妻の思惑通りにはいかなかった。
確かにディカルドは無理やり婚約させられたとはいえ、フォルティアを邪険に扱うことはしなかった。
結婚に向けて前向きになったと思ったことだろう。
このままフォルティアが妊娠すれば、伯爵家からの援助も長く続くことになる。
ディカルドは、侯爵位を継ぐまで援助のことは知らないままになるかもしれないが、それでいい。
侯爵家が伯爵家に頼らないといけないほど厳しい状況にあることなど知られたくないのだ。
援助は金銭的なものだけじゃない。人材もである。
領地にはすでに伯爵に頼まれた者たちが立て直しを図っているのだ。
そのこともディカルドは知らない。
何も知らないディカルドが、初夜でフォルティアを抱く気はないと言ったなどと、侯爵夫妻には思いもよらぬことだったのだ。
589
あなたにおすすめの小説
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
二人の妻に愛されていたはずだった
ぽんちゃん
恋愛
傾いていた伯爵家を復興すべく尽力するジェフリーには、第一夫人のアナスタシアと第二夫人のクララ。そして、クララとの愛の結晶であるジェイクと共に幸せな日々を過ごしていた。
二人の妻に愛され、クララに似た可愛い跡継ぎに囲まれて、幸せの絶頂にいたジェフリー。
アナスタシアとの結婚記念日に会いにいくのだが、離縁が成立した書類が残されていた。
アナスタシアのことは愛しているし、もちろん彼女も自分を愛していたはずだ。
何かの間違いだと調べるうちに、真実に辿り着く。
全二十八話。
十六話あたりまで苦しい内容ですが、堪えて頂けたら幸いです(><)
完結 愛人さん初めまして!では元夫と出て行ってください。
音爽(ネソウ)
恋愛
金に女にだらしない男。終いには手を出す始末。
見た目と口八丁にだまされたマリエラは徐々に心を病んでいく。
だが、それではいけないと奮闘するのだが……
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる