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しおりを挟むシャルロッテは、この伯爵領に来てからは外に出るのが大好きになった。
以前は記憶にある限り、部屋の中だけだったのだ。
いつも侍女と遊ぶだけで、父親がたまに顔を見せるくらいで…
2歳だったシャルロッテには母親の記憶も、もうほとんど覚えていなかった。
そんなシャルロッテを見て、伯爵夫妻は5歳になるまでは自由に過ごさせることにした。
一応、公爵令嬢であるシャルロッテには、どこに嫁いでも問題ない礼儀作法や教育水準が必要になる。
ウォルトがこの伯爵家で家庭教師をしてくれる者を探してくれているらしい。
伯爵夫人は侯爵令嬢であったため高位貴族のマナーは習得しているが、田舎に馴染みすぎて大らかになっており、とてもじゃないがシャルロッテに教育できるような厳しさがもてなかった。
娘も欲しかったがジェットしか産めなかった伯爵夫人は、シャルロッテが可愛くて仕方がない。
母親か祖母代わりに甘やかしたい。だから教育は別の人に任せたいというのが本音だ。
伯爵も似た思いだった。
可哀想な境遇になってしまったシャルロッテだが、伯爵領にとっては感謝したい存在だ。
天使のように可愛い笑顔でここ数年の憂いを癒してくれる。
長期休暇の間、ジェットはシャルロッテに懐かれていた。
「ジェット、お母様のお話をまたして?」
「いいよ。チェルシーはね、僕が馬に乗る練習をしていると自分も乗りたがってね。
一緒に来ていた侯爵家の護衛や侍女を困らせていたよ。」
「私も乗りたい!」
「シャルはまだ4歳だから、一人では無理だよ。もう少し大きくなってからだね。」
「じゃあ、ジェットが一緒に乗ってくれる?」
「馬を歩かせるだけならね。シャルは小さいからバランスが取れなくて転がり落ちるよ?」
「むー。じゃあ次のお話。」
こんな調子で昔のチェルシーの話をよく聞きたがった。
だけど僕は6歳下だったし、チェルシーが学園に入ってからは伯爵領にも遊びに来なくなったから、記憶にある思い出はそんなに多くない。
学園に入ってからのことはウォルトの方がはるかに詳しいし、それ以前も婚約者としてのやり取りもあっただろう。
いつかウォルトの口からチェルシーの思い出話をシャルロッテにすることができる日が来るのだろうか。
長期休暇が終わるので、学園の寮に戻る日が来た。
チェルシーは……大泣きだ。しがみついて僕から離れない。
伯爵領に来てから、チェルシーがこんなに泣いたのを誰も見たことがないそうだ。
「ジェットぉ~。シャルも行きたいぃ~。」
「うーん。僕は寮で生活しているから部屋が一つしかないんだ。
それに僕が勉強している間はシャルが一人になってしまう。
シャルの5歳の誕生日が過ぎた次の月に帰ってくるよ。
そうしたらもうどこにも行かない。だから、少しだけ待っててくれるかな?」
「わかった。いい子で待ってる。」
「ちょっとくらいの我儘は父上も母上も許してくれるよ。もっと甘えたらいい。」
最後にシャルロッテの頭を撫でて、両親のもとへ行かせた。
そうしてみんなに別れを告げて学園に戻った。
あんなに可愛い子と離れて暮らすウォルトもつらい思いでいるのだろうか?
たとえ、ジャクリーンの愛に絆されてしまっていたとしても仕方がないとは思う。
亡くなった者は思いを返してくれないのだから。
ただ、この援助がシャルロッテへの気持ちだとするならば、援助が切れればシャルロッテを見放したとみなされる。
ウォルトに会う必要がある。そう思った。
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