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しおりを挟む子爵領の屋敷に着いて中に入ると、ドリューの母である前子爵夫人が出迎えた。
「お帰りなさい、ドリュー。お客様かしら?」
「ただいま戻りました。母上、私の妻となったロレーヌです。」
「…妻?婚約者ではないの?」
母には王都に向かう前に、サイモンから回ってきた結婚の話を説明していた。
おそらく、婚約して戻ってくることになるだろう。と。
それが、まさか妻を伴って戻ってくるなんて誰も想像しなかったことだろう。
「ロレーヌの父上、侯爵のご意向で即結婚となりました。ロレーヌ、私の母だ。」
「初めまして、ロレーヌと申します。よろしくお願いいたします。」
「ドリューの母、サフィラよ。よろしくね。
疲れたでしょう?部屋を用意させるまで、お茶でも飲みましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
何の準備もしていないため、しばらくは客室を使ってもらうことになった。
ロレーヌは母に付いて、子爵家のことをいろいろと学ぶことになった。
母とロレーヌは気が合ったようだ。
そういえば、母もおっとりしている女性だな。
ロレーヌに悪女のイメージは全くなかった。
それは母も同意見である。
ロレーヌから、何が原因であったかを聞こうかとも思ったが、思い返すのも嫌かもしれないと思い、聞き出すことはやめた。
大きな誤解やすれ違いが婚約破棄や退学に繋がったのだろうが、私が調査を依頼したとしても子爵家が王族や侯爵令息に意見を言う機会などない。
それに、どうやらロレーヌは父親から離れられてスッキリしているように見える。
……あの父親が相手ならわからなくもないが。
彼女が私との結婚に躊躇しなかった理由も、それが大きかったのかもしれない。そう思った。
客室に案内されたロレーヌは、叫びたい気持ちを必死に抑えていた。
あの父親から逃れられたこと。
あの元婚約者から逃れられたこと。
学園から逃れられたこと。
修道院行きから逃れられたこと。
とても優しくて格好良くて大人で笑顔がかわいい人が夫になったということ。
夫の母親がとても優しくて素敵な人だということ。
屋敷を見ても没落しそうな貴族ではないこと。
使用人たちも親切にしてくれること。
何?なに?この地獄から天国に来たような結婚。夢じゃないわよね?
社交からも逃れられる。
お茶会からも逃れられる。
お義母様の服装を見ても、楽な格好で過ごせる。
ここでのんびりと子供を産んで育てて暮らすの?最高じゃない?
というようなことを頭の中で考えて、喜びの叫び声をあげたい気持ちを抑えていた。
そして、部屋を見回しながら考えていたロレーヌの口から出る言葉は、
「とっても素敵ね。最高だわ。」
だけだった。
それを聞いた使用人は、ドリューにそのまま報告した。
つまり、ロレーヌは客間で過ごしていきたいということか?
夫婦の寝室の隣、妻の部屋をロレーヌの好みにしてもらい、出来上がり次第部屋を移ってもらうつもりでいたドリューは、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
ロレーヌはこれから過ごす子爵領での生活のことを最高だと言ったつもりだ。
ドリューはそれを部屋のことだと思い、この先、ロレーヌは自分と夫婦になる気があるのかと不安を覚えた。
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