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38.
ダイアナが記憶喪失になったのは辞めた侍女リサが暗示をかけたからだという。
「ひょっとして、眠っているわたくしに?」
リサがしたというのなら、その可能性が高いと思った。
「そうだ。お前の眠りが深い時に、ある特殊な、催眠状態になる香を嗅がせるらしい。ほんの十分程度、深く吸い込ませた後、耳元で囁いたことを無意識下に刷り込むように。」
「つまり、わたくしが一年間、全ての人に関する記憶を忘れるよう暗示にかけたということでしょうか?」
「そのようだ。」
「……そう言えば、ジルベール様に話しかけられましたわ。『記憶は戻ったか?』と。あれは確認でしたのね。」
ダイアナの記憶が戻って数日後、ジルベールがそう聞いてきた。
ずっと話しかけてくることはなかったのに、元婚約者として一応心配してくれていたのかと思ったが、そうではなかったらしい。
記憶が戻ったのは婚約が解消された後。
そうなるように仕組まれていた。
「ジルベール様は、わたくしの記憶がなくなれば婚約が解消になると思ったのかもしれませんね。ですが、そうはならず、結局はご自分の誕生パーティーで宣言なさり、王太子ではなくなってしまわれた。
まさか、国王陛下を暗示にかけようとしたのは、王太子に戻してもらおうとして?」
短絡的なジルベールが思いつきそうなのはそれくらいで。
伯爵になり、領地を管理し繁栄させるのは手間だと思ったのかもしれない。
王太子の方が大変なのに、周りがやってくれるだろうという甘い考えを持っているから。
「……その通りだ。自分を王太子に戻すと卒業式で宣言してもらうつもりだったらしい。だが、国王陛下は眠りが浅く、すぐに嗅ぎなれない匂いに気づき、ジルベールは捕縛されたそうだ。」
嗅ぎなれない匂い。
そういえば、あの日、目覚めた時に一瞬匂ったのはその残り香だったのか。
あら…………
「ダニエル様の名前を覚えていたのは同じくリサの暗示でしょうけれど、なぜダニエル様だったのでしょうか?」
「ジルベールは、適当な男に惚れるように仕向けろと言ったらしい。記憶を失ったお前の瑕疵にするつもりだったんだろうな。婚約を解消するための備えの一つにしたようだが、リサはダニエルの名前を囁いただけだったから、中途半端になったんじゃないか?
なぜダニエルだったかは、リサに聞かないとわからないな。」
それこそ、試験で毎回1番だとダイアナが話したことがあるからではないか。
無口で婚約者のいるダニエルなら、ダイアナが言い寄っても退けるのではないか、と思い、リサはダニエルを選んだ。
ダイアナがなるべく醜態を晒さずに済むように、リサは気遣ったのかもしれない。
だから、リサはダイアナがダニエルに近づくことをよく思っていなかった。
そして、ジルベールと婚約解消すると思っていたことも、ジルベールが仕向けていたのだからそうなると思っていたのもわかる。
あぁ、どんどん思い出してきたわ。
「お父様、わたくし、忘れてしまっていた一年間の記憶も思い出しましたわ。」
嗅ぎなれない匂いという言葉のお陰で。
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