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しおりを挟むケビンはこのままジュリアと別れたら、寝覚めが悪くなるような気がした。
離婚され、実家も追い出されて、住まいも職もなく、明日には娼婦になるであろうジュリア。
ケビンには何の責任もないのだが、今ここにいるのは自分だけで、ジュリアの窮状を知ったのも自分だけということが、何かできるのではないかと思わせるのだろう。
「……ついてきてくれ。」
「え……?ええ。」
ケビンはひとまず、自分ができることは、彼女を休ませることではないかと思った。
落ち着いて考えれば、娼婦になること以外にも何かあるはずだ。
確か、頭は良かったはずだから、勉強や礼儀作法を教えることもできるのではないか。
貴族令嬢なのだから、刺繍も得意だったらドレスメーカーで雇ってもらえるかもしれない。
他にも、伝手を頼れば娼婦にならなくとも何とかなるのではないか。
そう思った。
「入ってくれ。」
ケビンはジュリアを、自分の部屋に連れて来た。
カーマイン伯爵家の部屋ではない。
街に借りている部屋だ。
一人になりたい時、ここで過ごしていた。
「ここは?」
「俺が借りている部屋だ。先の目途がつくまでここに住んで構わない。」
「え……、でも娼婦になるつもりで、」
「君は自分が娼婦になれると思っているのか?固定客がつくまで、一日に複数人の相手をしなければならない。その覚悟はあるのか?」
ジュリアは驚いていた。
娼婦について、あまり知識がなさそうだ。
「君目当てで、また君を抱きたいと、あるいは君に奉仕してほしいと思わせるような自信があるのか?」
オリバー・カークスには男爵令嬢の愛人がずっといたのだ。
ジュリアを丁寧に抱いてはいないだろう。
子供を孕ませるためだけに、自分勝手に腰を振って子種を放っていただけなのではないか。
ジュリアは、夫にされていたことと同じことだと漠然と思っているだけなのだろう。
我慢していれば、時間は過ぎる、と。
しかし、娼婦はそれでは務まらない。
「自分に何ができるか、ここでゆっくり考えればいい。しばらくは何もしなくていいんだ。いや、何もしなくていいこともないか。食べて、寝る。だが、それも自分で動かないといけない。
料理はできないだろう?なら買って来るか食べに行くしかない。洗濯をしたことはないだろう?洗わないと永遠に買い続けなければならないが、それは不経済だ。
つまり、まずは日常生活を自分一人で送れるようになることが先決だ。」
「日常生活を、自分一人で……」
「ああ。後で近くにある食堂やパン屋を教えよう。洗いやすい服も必要だろう。細々とした必要なものもあるだろう。それか、誰か使用人から教わった方が早いか?その方がよければ連れて来るが。」
「そんな、そこまで迷惑はかけられないわ。自分で頑張ってみる。でも本当にいいの?住まわせてもらって。」
「ああ。これは俺の自己満足だ。君みたいな娼婦に向いていない女性は、ひと月後に路地裏で野垂れ死ぬだろうことがわかっているから見過ごせなかっただけだ。」
ジュリアが驚いてヒュッと息を吸い込んだ音がした。
娼婦を簡単に考えていた自分がいかに世間知らずなのか、ジュリアもわかっただろう。
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