胸に宿るは蜘蛛の糸

itti(イッチ)

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言い訳とか難しい

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 掌サイズの保冷剤をタオルで包み、ベッドに横たわり腫れた頬に当てる。
 シャワーも浴びて、中条さんのお兄さんのTシャツとハーフパンツを借りた俺は、ぼんやりと天井を仰いだ。
 
 この頬の傷、絶対に変だよな。
 転んだって言って信じてもらえるか?


 頭の中で色々な言葉が浮かんでは消える。
 中条さんが浴室から出てきて、髪の毛をバスタオルで包んだまま部屋に来たが、それにも気づかずに明日の事を考えていた俺に、「明日、実家に帰るんやろ?何時に?」と、声を掛けてきたので視線を向けた。

「ああ、夕方6時頃です。早い時間はたぶん混んでるんで」
 
「徹さんと一緒に帰るって言うてた?」
 中条さんは頭のバスタオルを解くと尋ねた。肩に掛かった髪はまだ濡れていて、幾筋もの束が頬にかかると、それを細い指先でぬぐう。

「一応、俺が迎えに行って一緒に駅まで行く予定で。...この頬の傷、絶対聞かれますよね」

「そうやな、腫れはひいてもちょっと痛そうやもん。喧嘩でもしたんかって聞かれそう」

「ですよね。まいったな…」
 どうしたらいいのかと、目を閉じてじっと考えるが、適当な説明も浮かばないままだった。

「いいよ、オレのせいで喧嘩に巻き込まれたって言ってくれても。ホンマの事やし、ハルくんに責任はないんやから。オレから徹さんに説明しようか?」

「え、それは......」
 確かに本当の事だが、そんな事を言ったら余計にまずいんじゃないか?
 BARでのバイトは、厨房での料理担当だと言ってある。接客をする事は無いから、親もトンちゃんも安心しているのに。

「とりあえず徹さんにホンマの事は話す。それから、ハルくんの親にどうやって話すか二人で相談したらええやん」

 そう言うと、中条さんはニコッと笑みを浮かべて部屋から出て行った。髪を乾かしに行ったのだろう。
 中条さんに言われたとおり、トンちゃんに話をしてみて、親が心配しない様な言い訳を考えてもらおうと思った。トンちゃんが考えた事なら、きっとマズイ事にはならないだろうし。
 そう思ったら、気持ちも少し楽になってきて、頬に当てた保冷剤の冷たさが心地好くなって自然と瞼が閉じる。




 頬に鈍い痛みを感じて目が覚めると、隣に眠る中条さんの横顔が見えた。
 寝返りを打った際に、痛めた頬を下にしてしまった様だ。いつの間にか、保冷剤も枕の隙間に落ちている。
 保冷剤を拾い上げて上体を起こすと、ゆっくりベッドから降りて床に足を着いた。中条さんを起こさない様に、静かに部屋のドアを開けてリビングに行く。

 小さく灯ったキッチンの照明を頼りに、そのまま向かうと、新しい保冷剤を冷蔵庫から取り出した。
それをタオルに包んで頬に当てながらリビングに戻ると、ソファーに腰を下ろし背中を預ける。痛みは随分とひいた様だ。頬の絆創膏を指で確かめながら、もう一度保冷剤を当てた。

 遮光カーテンの隙間からは、微かに一筋の光が漏れていて、朝になった事が分かった。
 このままソファーで横になりながら、もう少しだけ眠ろうと目を閉じる。
 
 

 
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