7 / 53
07 弱まる磁力 1-7
しおりを挟む
恵の帰りは相変わらずで。
週の半分は日付が変わってから。それでも、前の様にモヤモヤする事は無くなった。
俺が思うより、恵はこの暮らしに満足しているようだ。料理も好きだし、俺の事も……
独りで悶々としているよりは、ちゃんと思っている事をぶつけた方がいいのかもしれない。
そうと分かれば、俺も気持ちが軽くなる。
恵の仕事が上手く回る様に願うばかりだった。
「田代さん、最近調子良さそうですね。」
デスクワークをしていると、後ろの席の女性に声を掛けられて振り返る。
俺よりひとつ下で、今年の四月に転属して来た[野嶋さん]は、見るからにキャリアウーマン。ショートヘアにフチなしの眼鏡を掛けていて、化粧っ毛もあまり無くボーイッシュな女性だった。
「そう見えますか?まあ、体調は悪くは無いですが。」
彼女に向き直ると、俺はそう言って笑った。
「体調管理が一番難しいんですよね。もう聞かれ過ぎててウンザリでしょうけど、管理してくれる彼女さんとか、いらっしゃるんですか?」
一応前置きをした上で、敢えて聞いてくるって事は、社交辞令なんだろうか。
「彼女は居ないですね~、それに、管理されるのは好きじゃない。」
「…ですよね、私もよく訊かれるので分かります。ゴメンなさい、変な事訊いて。」
野嶋さんはそう言うと、椅子を戻してまたデスクにかじりついた。
三十路の女なら、尚更風当たりもキツいんだろうな。ぼんやりとそんな事を思う。
「そういえば、歓迎会以来飲みに行ってないですね。今度どうですか?…部署の連中誘って。」
思い付いた様に俺が野嶋さんの背中に向かって訊く。
すると、ゆっくりとこちらを振り返り、「有難うございます。」と眼鏡越しに微笑んだ。
その顔がやけに可愛くて、なんて言うのか、申し訳無さそうに笑った気がして、意外だった。
俺の勝手な思い込み。女は男から声が掛かるのを待っているって思っていた。だから、もっと嬉しそうに(わあー嬉しい!)なんて華やいだ声を上げてくれるものと思っていたのに。
彼女は、困っているような顔で俺に微笑んだ。
**
日頃、外回りをしていると、一日中机にかじりついてパソコンとにらめっこをする事が苦痛になってくる。
やっと終業後1時間の残業で帰れる事になると、ふと、昼間の言葉が気になった。
「野嶋さん、もし時間があるなら飯でも食べて帰りませんか?俺も今日は作る気しなくて。」
俺が女の人を誘うのは珍しい事だった。
「あら、いいですね。時間だけはたっぷりあります。何食べますか?」
野嶋さんは、スーツのジャケットを羽織るとデスクの下に置いたバッグを取り出して訊いてくる。
「駅の近くにちょっとした居酒屋風の店があるんだけど。案外美味かったし、値段も安い。…どうです?」
俺も鞄を抱えるとそう応えた。前に恵とも行った事があって、直ぐに電車にも乗れるし便利な店だった。
彼女は、「ええ、いいですよ。そこ、行きましょう。」と、今度は困った笑顔ではなく言った。
二人でエレベーターを待っていると、同僚がやって来て「あれ、珍しい。田代さんが女の人と並ぶなんて。」と言われる。
「は?…そう?」と首を傾げると、「そうだよ、大抵は遠く離れているじゃないか。香水の匂いがどうとかってさ。」と言われた。
「ああ、まあ確かに。あの匂いは好きじゃなくて。」
「私、香水はつけない人なんで、多分大丈夫かと。」
野嶋さんは、同僚にも微笑むとそう言った。
エレベーターに乗り込んで一階に着くと、同僚は別の通りへ歩き出し、俺は野嶋さんと二人でその店を目指す。
週の半分は日付が変わってから。それでも、前の様にモヤモヤする事は無くなった。
俺が思うより、恵はこの暮らしに満足しているようだ。料理も好きだし、俺の事も……
独りで悶々としているよりは、ちゃんと思っている事をぶつけた方がいいのかもしれない。
そうと分かれば、俺も気持ちが軽くなる。
恵の仕事が上手く回る様に願うばかりだった。
「田代さん、最近調子良さそうですね。」
デスクワークをしていると、後ろの席の女性に声を掛けられて振り返る。
俺よりひとつ下で、今年の四月に転属して来た[野嶋さん]は、見るからにキャリアウーマン。ショートヘアにフチなしの眼鏡を掛けていて、化粧っ毛もあまり無くボーイッシュな女性だった。
「そう見えますか?まあ、体調は悪くは無いですが。」
彼女に向き直ると、俺はそう言って笑った。
「体調管理が一番難しいんですよね。もう聞かれ過ぎててウンザリでしょうけど、管理してくれる彼女さんとか、いらっしゃるんですか?」
一応前置きをした上で、敢えて聞いてくるって事は、社交辞令なんだろうか。
「彼女は居ないですね~、それに、管理されるのは好きじゃない。」
「…ですよね、私もよく訊かれるので分かります。ゴメンなさい、変な事訊いて。」
野嶋さんはそう言うと、椅子を戻してまたデスクにかじりついた。
三十路の女なら、尚更風当たりもキツいんだろうな。ぼんやりとそんな事を思う。
「そういえば、歓迎会以来飲みに行ってないですね。今度どうですか?…部署の連中誘って。」
思い付いた様に俺が野嶋さんの背中に向かって訊く。
すると、ゆっくりとこちらを振り返り、「有難うございます。」と眼鏡越しに微笑んだ。
その顔がやけに可愛くて、なんて言うのか、申し訳無さそうに笑った気がして、意外だった。
俺の勝手な思い込み。女は男から声が掛かるのを待っているって思っていた。だから、もっと嬉しそうに(わあー嬉しい!)なんて華やいだ声を上げてくれるものと思っていたのに。
彼女は、困っているような顔で俺に微笑んだ。
**
日頃、外回りをしていると、一日中机にかじりついてパソコンとにらめっこをする事が苦痛になってくる。
やっと終業後1時間の残業で帰れる事になると、ふと、昼間の言葉が気になった。
「野嶋さん、もし時間があるなら飯でも食べて帰りませんか?俺も今日は作る気しなくて。」
俺が女の人を誘うのは珍しい事だった。
「あら、いいですね。時間だけはたっぷりあります。何食べますか?」
野嶋さんは、スーツのジャケットを羽織るとデスクの下に置いたバッグを取り出して訊いてくる。
「駅の近くにちょっとした居酒屋風の店があるんだけど。案外美味かったし、値段も安い。…どうです?」
俺も鞄を抱えるとそう応えた。前に恵とも行った事があって、直ぐに電車にも乗れるし便利な店だった。
彼女は、「ええ、いいですよ。そこ、行きましょう。」と、今度は困った笑顔ではなく言った。
二人でエレベーターを待っていると、同僚がやって来て「あれ、珍しい。田代さんが女の人と並ぶなんて。」と言われる。
「は?…そう?」と首を傾げると、「そうだよ、大抵は遠く離れているじゃないか。香水の匂いがどうとかってさ。」と言われた。
「ああ、まあ確かに。あの匂いは好きじゃなくて。」
「私、香水はつけない人なんで、多分大丈夫かと。」
野嶋さんは、同僚にも微笑むとそう言った。
エレベーターに乗り込んで一階に着くと、同僚は別の通りへ歩き出し、俺は野嶋さんと二人でその店を目指す。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる