物言わぬ家

itti(イッチ)

文字の大きさ
10 / 60

社員寮の女性

しおりを挟む

 佐伯の運転する車が都心からどんどん離れるにつれ、前方には小高い山や森が見えてくるようになった。
普段、高層ビルや人と車でごった返す街並みしか見ていないので、水野も祐二も新鮮な感覚になるが、美乃利にとっては実家のある場所とそう変わらず、「東京にもこんな所があるんですね」と静かに言う。

「家は結構あるのに、人はあんまり見かけないね。日曜日だからかな?」
 佐伯が言うと、水野は窓を開けて髪を風になびかせる。
「今日はお天気も良くて気持ちいいわね。こんな用事がないと車で出掛ける事もないし、美乃利ちゃんには悪いけど、ちょっと息抜き出来て良かった」
 水野はそんな事を言うと、隣の美乃利に向かって頭を下げる。
祐二も佐伯も、ミラー越しに水野を見たが、何も言えなかった。


 暫く走って行くと、佐伯の言っていた大きな池が見えてきて、その周りはちょっとした公園になっている様だった。駐車場の様な車を停めておく場所もあり、取り敢えずそこに向かって走ると、開けた場所に車を停めた。
 それぞれに車から降りると、一同背伸びをして大きく深呼吸をする。
池の水面に陽射しが当たって、キラキラとまばゆい光を放っているのを見ながら、祐二たちは静かに歩き出した。池を囲む様に遊歩道になっているのか、人の姿が見えてくるとなんとなくつられてそちらの方に向かう。

「気持ちいいですね。こういう自然のある場所って、なかなか無いから...........」
 祐二は、さっきまでドライブなんて、と思っていたのに、自然を前にしたら気持ちが安らいで、そんな風に言ってしまった。
「そうでしょ?私たちは空気の悪い場所で働いてるから、たまにはこういう空気の良さそうな所で癒されないと。奥村くんは特に、仕事以外は家に籠ってそうだしさ」
水野に言われて、佐伯たちはクスッと笑い、祐二はバツの悪そうな顔をする。


 池を一周した所で、近くの蕎麦屋をみつけて、四人は昼食を取る事にした。
こじんまりとした店には、近くに住む人だろうか、散歩帰りの人やジョギング姿の人もいて、祐二たちを含めたら席はいっぱいになってしまった。
好きなメニューを注文して腹を満たすと、また四人は車に乗り込んで寮を目指す。

 予定の時間まで少し早いが、寮に着くと車から降りて祐二たちは辺りを窺った。
小川の流れる傍に建つ3階建ての寮は、部屋数は少ない様で郵便受けの名前も僅か。辺りはのどかな田園地帯のようで、少し先にまとまって住宅地があり、ドラッグストアの大きな看板も目に入る。目をこらせば学校の校舎らしき建物も見えたが、それにしても、近くを歩く人の姿は見当たらなかった。

 祐二たちが立ち話をしている時だ。
「あのぅ、佐伯さん?」という声が背後で聞こえて振り返る。
「あ、菅沼さん」と、佐伯が振り向きざまに言うと、祐二たちも彼女の顔を見た。

「こんにちは」と会釈する女性は、菅沼沙織といって岬志保の同部屋の人だった。佐伯が話したように、岬志保とは対照的といった外見で、背が低く少しふくよかな体型。長く伸ばした髪を後ろでひとつに結わえて、顔は化粧けのない地味な感じだった。
だが、挨拶をした時に浮べた笑みは優しそうで、人柄の良さを表している。

「今日は突然すみません。私、岬志保さんの後輩で、真壁美乃利といいます。こちらは」と美乃利が言ったところで、「あ、私は美乃利ちゃんの親戚の水野と、こっちは奥村です。ご一緒させて頂いて、すみません」と水野が言った。突然、親戚を名乗る水野に驚きながらも、祐二は会釈をして「奥村です」と挨拶をする。
寮の入口で、5人はそれぞれ顔を見合うと、少しだけ間が空いて誰かの言葉を待ってしまった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...