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7.Whisky Coke
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カランカラン
入口の扉に取り付けられた古めかしいベルが鳴る。狭い店内には、数えられるほどのカウンター席しかない。
「……珍しい」
先に声を発したのはバーテンダーだった。白のワイシャツに黒のスラックス、ベスト。黒のサロンを腰に巻いている。
案内されたのはカウンターの丁度真ん中の席。斜め左前に立つバーテンダーは、チョコレートやナッツが乗った小皿を出す。
男は店内をゆっくりと見回す。店内は薄暗く、ランプの灯りのみでカウンターは照らされ、壁に散りばめられたステンドグラスが木の床に色を映し出している。
「久しぶりに疲れたんや……いつもの頼むで」
はぁぁ、と大きなため息を吐き、カウンターに突っ伏す男。白のワイシャツに黒のスラックス、黒のロングコート。コートを椅子の背もたれにかけ、黒縁眼鏡を取りカウンターにコトン、と置く。
「見つからなかったんだ」
「あぁ。百歳まで毎年一通。誕生日の度にアイツを探すのは結構大変なんやで……」
コートのポケットから取り出すのは真っ白な封筒。
「どうぞ」
カタン、と男の前に置かれる銀のグラス。並々と継がれた酒に右手を伸ばし、喉に流し込む。
「で、どうする」
「どないしよ……何で見つからないんやろ。店任せて一週間探してみたんやけどなぁ……」
再び大きなため息を吐く。一週間もあれば、大抵の人間は探し出せる自信がある。それなのに、今回はさっぱりだ。
「力……弱まってんのかなぁ……」
頬杖を付き、男は空いた左手の掌を見つめる。もう何百年と繰り返されてきた一族。その血筋が薄まっているのは確かだ。
「……少し休んでいくといい」
バーテンダーはいつものように斜め前に立ち、洗ったばかりのグラスを白い布で拭き始めた。
夢見一族。あまり聞きなれない名だが、この一族は昔から不思議な力を持っていた。大抵は、他人の心が読めてしまうという能力を持って生まれて くる。さらに十歳を過ぎた頃から霊視、ヒーリング、テレパシーなど此処に能力が芽生えてくる。それと共に生活してきた彼等だが、当然のように他の人間と同じように病気になるし、老衰で亡くなる。今までこの秩序を破った者はただ二人。彼等は例外であり、他の人間は通常通り暮らしている。
一族の中でも能力差は有るが、中でも珍しい、輪廻を繰り返す能力を有する者が三人いる。
一人は傍観者、本家の長が務める。決して手を出さず、その最期を迎えるまでただじっと、一族を見守らなければいけない。近頃は己の能力を他者に売り渡そうとする者もおり、それらの監視も請け負っている。ただ、現在の代は例外が発生し、世代交代を余儀なくされている。
一人は時の番人。時空を操り、一族の生きる世界の時間を監視し、一族に何かあれば歴史を変えることが唯一許されている。
そうして最後の一人は、手紙人。一族は各地に散らばり、ひっそりと暮らしている。中には表の世界に住まない者達もおり、彼等との手紙を受け渡しする、それが仕事だ。時空を行き来し、過去と未来を繋ぐ役目がある。
よく冷えたグラスに入っているのは、男の好物のウイスキーコーク。此処に来ると、必ず同じ物を注文してしまう。他の酒も呑めるのだが、何故かこれをいつも出して貰う。グラスの上から中を覗き込むと、黒い液体がゆらゆらと揺れている。
「なぁ」
「何」
「始めて会った時のこと、自分覚えとる」
バーテンダーは一瞬手を止め、それから微笑する。
「忘れるわけないでしょう」
「……さよか」
その返事に、男は苦笑した。
物心付いた頃から、頭の中に二つの声が入ってきていた。にこにこと笑いながら、綺麗な声と汚い声が聞こえてくる。幼心がよく崩壊しなかったものだ、と成人になってから思った。一族の能力者の印、他者の心が読めるという事。けれど、それを両親に告げることはしなかった。ただ、自分が異形なのだと感じひたすら耐え続けた。理解することと能力を制御することは別だ。心の声と実際の声、その区別は付く。けれど心の声を遮断する術を知らなかった少年は人の表裏を知り、心を閉ざした。力を制御出来るようになったのは十歳頃だった、気がする。その頃には、既に世界を遮断していた。
自分はこの世界で生きていけない、そう少年は感じていた。
小学校で周りの子ども達が一緒に遊ぶ中、少年は輪の中に入らなかった。会話もほとんどせず、周りからは 寡黙な子 そう思われていた。それは周りだけでなく、両親も同じだった。息子が能力保持者だと知らず、年に一度の一族の集会にも連れて行かずに時は過ぎていった。
小学校の中学年に入った頃だった気がする。寡黙だった少年は、クラスメイトからのいじめに遭った。影が薄い、変な奴、始めはただそう陰口を言われるだけだったが、段々と いてもいなくても同じ そう言われるようになり、気付けば 透明人間 そう影で呼ばれるようになっていった。
何を言われても言い返さず、ただ無表情でやり過ごしていたことがクラスメイトのいじめを助長した。
クラスメイトは少年をいない者として扱った。誰も話しかけず、無視を決め込んだ。
中学校に入学してからもそれは変わらず、何を言われても無表情な少年を周りの人間は薄気味悪いと罵り、関わらなくなっていった。
中学三年生の梅雨時期だった。家の中でもほとんど口を開かなかったために、両親すら少年と距離を取っていたのだが、関東在住の親戚が泊まりに来ると教えられ、その日は家族で食事を取ると告げられた。両親が自分を煩わしいと思っている事は雰囲気でわかっており、なるべく両親と同じ空間にいないよう自室にこもることが多かったが、親戚が来るのではそうはいかない。庭に立ち、ぼぉっと空を眺めていると。足下に、こつん、と何かがぶつかった。
足下に眼を落とすと、そこには野球ボールが転がっていた。ゆっくりと振り向くと、そこには少年と同じ年頃の子どもと、少し背丈の低い少年。
親戚の子どもだろう、そう認識したが、自分のスタンスは変わらない。再び空を見上げる。
しばらく待ってみたが、後ろの二人が動く気配は無く、足下のボールも転がったままだ。
はぁ、と一つ息を吐き、ボールを手に取り少年に投げてやる。
「ありがと、兄ちゃん」
「……」
少年がにっこりと笑う。ついで、隣に立つ背丈の高い子どももにっこりと笑った。何を返答してよいのかわからず、ただ二人を見ていると。
「ちょっと、無視」
困ったように笑い、二人が自分の方へ近づいてくる。
「紫乃君だよね」
「……はい」
「自分は樹、紫乃君と同じ中学三年生。こっちは弟の薫、小学六年生」
「薫です、よろしく」
ボールを受け取った少年、薫がぺこりと頭を下げる。こちらも小さく会釈をし、視線を足下に落とした。
しん、と静まりかえる。それ以上の会話は不要だと思ったのだが、目の前の二人はその場を離れない。怪訝に思い、視線を上に上げ……驚いた。
樹と名乗った子どもが、まっすぐに自分の目を見つめていたのだ。
「……」
「何か言いたいことがあるなら言えば」
「え」
「そうやって世界を遮断して、自分の殻に閉じこもって……何の意味も無い」
じゃり、と砂を踏む音。樹の影と、自分の影が動く。
「ねぇ、生きてるんだよ、紫乃君」
「あ」
樹が紫乃の手首を掴み、その手に力がこもる。
「っ……」
「同じ場所で生きてるんだけど」
さっきまで笑っていた顔が、今は険しい表情になっている。何か怒らせるようなことをしただろうか、出会って間もないというのに。
「……別に怒ってるわけじゃないよ」
「え」
驚いて再び顔を上げる。何故、そう思ったのだろう。
「何でだと思う」
「っ……何で」
思ったことが、全て知られている、そう理解した。
「同じだよ、紫乃君。君と、自分と、薫も」
同じ、その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「……変なのは……俺だけじゃなかったのか」
「変と言えば変、だね……夢見一族の話は聞いたことないの」
「夢見一族……知らない」
それから聞かされた、自分の家系の不思議な能力。気持ちが晴れた気がした。
空を見上げる。
同じ景色なのに、昨日よりも色鮮やかに見えた。
世界に拒否されていたわけじゃない。自分が、世界を拒否していただけだった。
翌年、始めて一族の集会に参加した。半年ぶりに会った樹は、制服姿だった。遠目でその姿を見るも、どう声をかけていいのかわからない。以前に比べれば口数も増えた方だが、それでも自分から話しかけるのは苦手だ。
不意に眼が会い、樹が笑顔で手を上げる。
「久しぶり、元気」
「あぁ……何とかやってるで。樹は」
「ぼちぼち、かな」
関西弁のイントネーションで話したせいか、思わず笑う。
「うん、顔、ちょっと変わった」
「……最近親にも言われたんや、それ。前、そんな……酷い顔してたんやな」
「それはもう……この世界を拒否して生きてる感じかな……表情無くて、死人みたいな目してた」 全くその通りで。二、三度頷いた樹がポケットから携帯を取り出す。
「連絡先、教えて」
「あ、そやな」
それから、メールや電話をするようになった。人と関わることを拒否していた頃が不思議なくらいに、話すことが苦じゃなくなった。
高校に進学し、環境を変えて一からやり直した。
その後、また一件あったが……それは今となってはもうどうでも良い。
グラスに残った酒を一気に喉に流し込み、カウンターに置く。バーテンダーはすぐに新しい酒を注ぎ、男……紫乃の前に置く。
「なぁ、あの頃の俺ってそんなにヤバかった」
「昔も言ったけど、世界を拒否して、死んでるみたいだった」
「さよか……」
当時の自分を思い出すと、若干恥ずかしい。
世界から拒否され、自分は一人だと思っていたあの頃。誰も周りにいない、孤独に生きていく。そう思っていたけれど、実際は自分が世界を拒否していた事。一人では生きていけないということ。その事実を知ってから、一人が怖くなった。
「なぁ、頼みがあるんやけど」
「何」
「笑ってくれへん」
「は」
「昔みたいに笑うこと、最近ないやろ」
グラスを拭いていたその手が止まる。それから、少し間をおいて……
「何、言ってんだか」
バーテンダー、樹は笑った。
「な、一緒に呑もうや。客どうせ今日は来ぇへんやろ」
「たまにはいいか」
誘いに乗り、樹は紫乃に作った物と同じ酒を作り、紫乃の隣の椅子に座る。
カラカラと、グラスの中で氷が踊る。
「なぁ、もう一つ頼みがあるんやけど」
「……いつがいい」
「……来年あたり、どうや」
微笑を浮かべた樹が紫乃のグラスに 乾杯、とグラスを重ねる。
「あぁ、美味しい」
「樹も好きやろ、ウィスキーコーク」
「そうだね」
「同じやな」
目が合い、笑う。
人は一人で生きていけない。
支えて、支えられて、共に生きていく。
「そういえば、レシピ書かへんの」
「……一番最初に書いたよ」
「さよか。あー明日こそ見つけへんとなぁ……店、すまんな」
「いつものことだから」
樹の笑みに、紫乃も笑った。
入口の扉に取り付けられた古めかしいベルが鳴る。狭い店内には、数えられるほどのカウンター席しかない。
「……珍しい」
先に声を発したのはバーテンダーだった。白のワイシャツに黒のスラックス、ベスト。黒のサロンを腰に巻いている。
案内されたのはカウンターの丁度真ん中の席。斜め左前に立つバーテンダーは、チョコレートやナッツが乗った小皿を出す。
男は店内をゆっくりと見回す。店内は薄暗く、ランプの灯りのみでカウンターは照らされ、壁に散りばめられたステンドグラスが木の床に色を映し出している。
「久しぶりに疲れたんや……いつもの頼むで」
はぁぁ、と大きなため息を吐き、カウンターに突っ伏す男。白のワイシャツに黒のスラックス、黒のロングコート。コートを椅子の背もたれにかけ、黒縁眼鏡を取りカウンターにコトン、と置く。
「見つからなかったんだ」
「あぁ。百歳まで毎年一通。誕生日の度にアイツを探すのは結構大変なんやで……」
コートのポケットから取り出すのは真っ白な封筒。
「どうぞ」
カタン、と男の前に置かれる銀のグラス。並々と継がれた酒に右手を伸ばし、喉に流し込む。
「で、どうする」
「どないしよ……何で見つからないんやろ。店任せて一週間探してみたんやけどなぁ……」
再び大きなため息を吐く。一週間もあれば、大抵の人間は探し出せる自信がある。それなのに、今回はさっぱりだ。
「力……弱まってんのかなぁ……」
頬杖を付き、男は空いた左手の掌を見つめる。もう何百年と繰り返されてきた一族。その血筋が薄まっているのは確かだ。
「……少し休んでいくといい」
バーテンダーはいつものように斜め前に立ち、洗ったばかりのグラスを白い布で拭き始めた。
夢見一族。あまり聞きなれない名だが、この一族は昔から不思議な力を持っていた。大抵は、他人の心が読めてしまうという能力を持って生まれて くる。さらに十歳を過ぎた頃から霊視、ヒーリング、テレパシーなど此処に能力が芽生えてくる。それと共に生活してきた彼等だが、当然のように他の人間と同じように病気になるし、老衰で亡くなる。今までこの秩序を破った者はただ二人。彼等は例外であり、他の人間は通常通り暮らしている。
一族の中でも能力差は有るが、中でも珍しい、輪廻を繰り返す能力を有する者が三人いる。
一人は傍観者、本家の長が務める。決して手を出さず、その最期を迎えるまでただじっと、一族を見守らなければいけない。近頃は己の能力を他者に売り渡そうとする者もおり、それらの監視も請け負っている。ただ、現在の代は例外が発生し、世代交代を余儀なくされている。
一人は時の番人。時空を操り、一族の生きる世界の時間を監視し、一族に何かあれば歴史を変えることが唯一許されている。
そうして最後の一人は、手紙人。一族は各地に散らばり、ひっそりと暮らしている。中には表の世界に住まない者達もおり、彼等との手紙を受け渡しする、それが仕事だ。時空を行き来し、過去と未来を繋ぐ役目がある。
よく冷えたグラスに入っているのは、男の好物のウイスキーコーク。此処に来ると、必ず同じ物を注文してしまう。他の酒も呑めるのだが、何故かこれをいつも出して貰う。グラスの上から中を覗き込むと、黒い液体がゆらゆらと揺れている。
「なぁ」
「何」
「始めて会った時のこと、自分覚えとる」
バーテンダーは一瞬手を止め、それから微笑する。
「忘れるわけないでしょう」
「……さよか」
その返事に、男は苦笑した。
物心付いた頃から、頭の中に二つの声が入ってきていた。にこにこと笑いながら、綺麗な声と汚い声が聞こえてくる。幼心がよく崩壊しなかったものだ、と成人になってから思った。一族の能力者の印、他者の心が読めるという事。けれど、それを両親に告げることはしなかった。ただ、自分が異形なのだと感じひたすら耐え続けた。理解することと能力を制御することは別だ。心の声と実際の声、その区別は付く。けれど心の声を遮断する術を知らなかった少年は人の表裏を知り、心を閉ざした。力を制御出来るようになったのは十歳頃だった、気がする。その頃には、既に世界を遮断していた。
自分はこの世界で生きていけない、そう少年は感じていた。
小学校で周りの子ども達が一緒に遊ぶ中、少年は輪の中に入らなかった。会話もほとんどせず、周りからは 寡黙な子 そう思われていた。それは周りだけでなく、両親も同じだった。息子が能力保持者だと知らず、年に一度の一族の集会にも連れて行かずに時は過ぎていった。
小学校の中学年に入った頃だった気がする。寡黙だった少年は、クラスメイトからのいじめに遭った。影が薄い、変な奴、始めはただそう陰口を言われるだけだったが、段々と いてもいなくても同じ そう言われるようになり、気付けば 透明人間 そう影で呼ばれるようになっていった。
何を言われても言い返さず、ただ無表情でやり過ごしていたことがクラスメイトのいじめを助長した。
クラスメイトは少年をいない者として扱った。誰も話しかけず、無視を決め込んだ。
中学校に入学してからもそれは変わらず、何を言われても無表情な少年を周りの人間は薄気味悪いと罵り、関わらなくなっていった。
中学三年生の梅雨時期だった。家の中でもほとんど口を開かなかったために、両親すら少年と距離を取っていたのだが、関東在住の親戚が泊まりに来ると教えられ、その日は家族で食事を取ると告げられた。両親が自分を煩わしいと思っている事は雰囲気でわかっており、なるべく両親と同じ空間にいないよう自室にこもることが多かったが、親戚が来るのではそうはいかない。庭に立ち、ぼぉっと空を眺めていると。足下に、こつん、と何かがぶつかった。
足下に眼を落とすと、そこには野球ボールが転がっていた。ゆっくりと振り向くと、そこには少年と同じ年頃の子どもと、少し背丈の低い少年。
親戚の子どもだろう、そう認識したが、自分のスタンスは変わらない。再び空を見上げる。
しばらく待ってみたが、後ろの二人が動く気配は無く、足下のボールも転がったままだ。
はぁ、と一つ息を吐き、ボールを手に取り少年に投げてやる。
「ありがと、兄ちゃん」
「……」
少年がにっこりと笑う。ついで、隣に立つ背丈の高い子どももにっこりと笑った。何を返答してよいのかわからず、ただ二人を見ていると。
「ちょっと、無視」
困ったように笑い、二人が自分の方へ近づいてくる。
「紫乃君だよね」
「……はい」
「自分は樹、紫乃君と同じ中学三年生。こっちは弟の薫、小学六年生」
「薫です、よろしく」
ボールを受け取った少年、薫がぺこりと頭を下げる。こちらも小さく会釈をし、視線を足下に落とした。
しん、と静まりかえる。それ以上の会話は不要だと思ったのだが、目の前の二人はその場を離れない。怪訝に思い、視線を上に上げ……驚いた。
樹と名乗った子どもが、まっすぐに自分の目を見つめていたのだ。
「……」
「何か言いたいことがあるなら言えば」
「え」
「そうやって世界を遮断して、自分の殻に閉じこもって……何の意味も無い」
じゃり、と砂を踏む音。樹の影と、自分の影が動く。
「ねぇ、生きてるんだよ、紫乃君」
「あ」
樹が紫乃の手首を掴み、その手に力がこもる。
「っ……」
「同じ場所で生きてるんだけど」
さっきまで笑っていた顔が、今は険しい表情になっている。何か怒らせるようなことをしただろうか、出会って間もないというのに。
「……別に怒ってるわけじゃないよ」
「え」
驚いて再び顔を上げる。何故、そう思ったのだろう。
「何でだと思う」
「っ……何で」
思ったことが、全て知られている、そう理解した。
「同じだよ、紫乃君。君と、自分と、薫も」
同じ、その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「……変なのは……俺だけじゃなかったのか」
「変と言えば変、だね……夢見一族の話は聞いたことないの」
「夢見一族……知らない」
それから聞かされた、自分の家系の不思議な能力。気持ちが晴れた気がした。
空を見上げる。
同じ景色なのに、昨日よりも色鮮やかに見えた。
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「ぼちぼち、かな」
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「うん、顔、ちょっと変わった」
「……最近親にも言われたんや、それ。前、そんな……酷い顔してたんやな」
「それはもう……この世界を拒否して生きてる感じかな……表情無くて、死人みたいな目してた」 全くその通りで。二、三度頷いた樹がポケットから携帯を取り出す。
「連絡先、教えて」
「あ、そやな」
それから、メールや電話をするようになった。人と関わることを拒否していた頃が不思議なくらいに、話すことが苦じゃなくなった。
高校に進学し、環境を変えて一からやり直した。
その後、また一件あったが……それは今となってはもうどうでも良い。
グラスに残った酒を一気に喉に流し込み、カウンターに置く。バーテンダーはすぐに新しい酒を注ぎ、男……紫乃の前に置く。
「なぁ、あの頃の俺ってそんなにヤバかった」
「昔も言ったけど、世界を拒否して、死んでるみたいだった」
「さよか……」
当時の自分を思い出すと、若干恥ずかしい。
世界から拒否され、自分は一人だと思っていたあの頃。誰も周りにいない、孤独に生きていく。そう思っていたけれど、実際は自分が世界を拒否していた事。一人では生きていけないということ。その事実を知ってから、一人が怖くなった。
「なぁ、頼みがあるんやけど」
「何」
「笑ってくれへん」
「は」
「昔みたいに笑うこと、最近ないやろ」
グラスを拭いていたその手が止まる。それから、少し間をおいて……
「何、言ってんだか」
バーテンダー、樹は笑った。
「な、一緒に呑もうや。客どうせ今日は来ぇへんやろ」
「たまにはいいか」
誘いに乗り、樹は紫乃に作った物と同じ酒を作り、紫乃の隣の椅子に座る。
カラカラと、グラスの中で氷が踊る。
「なぁ、もう一つ頼みがあるんやけど」
「……いつがいい」
「……来年あたり、どうや」
微笑を浮かべた樹が紫乃のグラスに 乾杯、とグラスを重ねる。
「あぁ、美味しい」
「樹も好きやろ、ウィスキーコーク」
「そうだね」
「同じやな」
目が合い、笑う。
人は一人で生きていけない。
支えて、支えられて、共に生きていく。
「そういえば、レシピ書かへんの」
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