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12.Kahlua Milk
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周りの女の子たちは、皆可愛い。いわゆるブランド物の服を身にまとい、華の女子大生を演じている。
春、だからだろうか。パステルカラーのカーディガンや花柄のワンピース、スカートが目立つ。髪型は艶がありながらも、ふわふわのウェーブ。足元もブーツからパンプスに変わっている。
そんな、可愛らしい同級生とは裏腹に私は地味だ。常に濃い色のGパンに地味なTシャツ。カーディガンかパーカーを羽織り、足元はスニーカー。ヒール靴なんて履いた日には、確実に転ぶ。化粧だって、日焼け対策にファンデーション、リップクリームくらいしか使わない。
おしゃべりしながらゆっくりと歩く女の子たちをよそに、私はその足を速める。たどり着いたのは、キャンパス内でも最奥にある化学部棟。理系だからか、二百名しかいない学部生のうち、女子生徒はわずか十パーセント。さらに、学科にいたっては五十人のうち二人しかいない。男性だらけだからか、むさくるしいのにも慣れたし、いまさら女の子を装うとは思わない。
「おはよ、倉本」
ポン、と肩をたたかれる。
「あ……おはよう」
「今日の実験グループ一緒だろ、よろしくな」
「うん、よろしく」
プリントを持って笑顔を見せるのは、同じ学科の木村君。身長百八十cmを越えた、整った顔立ちに誰にでも優しい性格。おまけに体育会系のバスケ部でレギュラー、らしい。女の子たちが放っておくわけがない。
「そういや、今週末の日曜日って予定ある」
「え……と、特には」
「じゃぁさ、試合見に来てよ。ホーム……えっと、うちの大学で練習試合あるんだ。あ……俺、バスケ部なんだけど」
「うん、知ってる」
なぜか教室まで一緒に行くことになった、らしい。隣を歩く木村君は、私の歩幅に合わせるようにゆっくり歩いてくれている。
「よかった。どう、かな。関係者以外も見に来ていいからさ」
「えっと……私が行ってもいいの」
「もちろん。あ、えっと……もし一人じゃ来づらかったら、友達誘ってくれてもいいし」
「うん……じゃぁ、予定が入らなければ」
「九時からアップ……あ、練習ね。試合は十時から。体育館の中、結構熱気こもるから少し薄着で羽織もの持ってきたほうがいいよ」
あぁ、多分その細やかな気配りも女の子にもてる要因なんだろうな、なんて頭の片隅でぼんやりと思う。
「わかった、ありがとう」
「俺スタメンで出る予定だからさ、応援してて」
「うん」
そんな会話を交わしていると、実験室にたどり着く。 じゃぁ そう言って木村君は仲の良い男の子たちの中に入っていった。
男の子との会話には、慣れっこだ。相手側は私みたいな地味な女を女扱いしないし、意識もしない。私も自分がそういう立場の人間だってわかってるから気にしないし、そうやって大学生活を二年間過ごしてきた。
「おはよう、倉本さん」
「あ、お、おはよう」
声をかけてくれたのは、学科で唯一の女子……の、結菜ちゃん。ベージュのコートの下には、ラベンダー色のカーディガンに黒のスキニーパンツ。足元はリボンがついたフラットなピンクのパンプス。整った顔立ちには薄い化粧、長い黒髪は耳元でお団子にされている。
「ね、この間の講義なんだけど……ここ、ちょっとわかりづらくて」
隣に座り、先週の講義のルーズリーフを取り出す。ふわり、と甘い香り。
女の私が見てもほれぼれするそのスタイルと顔立ち。当たり前、といえば当たり前かもしれない。なんたって、彼女は現役の売れっ子モデルだ。
「あ、此処は先々週の講義でやった数式で……」
私も自分のルーズリーフを取出し、質問に答える。
「なるほどー! すごい、本当わかりやすいよね、倉本さんの教え方って。ありがと」
にこっと笑い、カバンの中のポーチから取り出した、イチゴミルクの飴を私の手のひらに乗せる。
「あ、ありがと」
「うぅん、私こそいつもありがとね」
にっこりと笑う彼女。芸能人なんて皆性格悪いんだろうなぁ、と思っていたけれど。結菜ちゃんは気さくで、いつも笑顔で。卑屈になってる自分とは正反対だ。そんな彼女の周りには、いつも人であふれている。可愛くて、性格がよくて。周りも皆、笑っている。
「ブース」
「本当、勉強だけが取り柄の地味な女」
「ガリ勉とかマジでキモイんだけどー」
「っ……」
不意に脳内をよぎる、女の子たちの声。
そう、私は高校時代にいじめられていた。中学のころから地味だったし、高校でもそんなに目立つ方ではなかったはずなんだけど……校内のテストで一位を取った。突然、周りの男の子たちが授業のわからない所を聞きに来るようになった。仲良くもない、ただのクラスメイト。それでも試験前なんかはそれが当たり前になって……気づけば、学年でも目立つ女の子たちから嫌味を言われるようになった。
人間は力が強い方に皆向かっていく。だからこそ、立場の弱い私は……簡単に一人になった。
クラスで孤立し、それに気づいた男子生徒は自然と私に質問をしなくなった。でも、時すでに遅し。高校時代、友人と呼べる友人は一人も出来ず。大学は、高校から数えるくらいしか進学しない国公立に進んだ。それも、理系。もともと女子は少ないし、実験に没頭すれば高校時代よりはきっと辛くない。そんな、思いからだった。
講義が始まる。黒板に記される文字を必死で追い、ルーズリーフに書き留める。
斜め前に座る木村君。
地味な私とは正反対で、モテる、いわゆる格好良い男の子。私とは不釣り合い。その隣には、結菜ちゃんが座っている。時折質問をしあっているみたいで、耳打ちをしている。本当に、お似合いの二人。
あぁ、また。こうやって性格の悪い私が出てくる。
それでも、楽しそうに会話をする二人の姿が目に焼き付いて。
授業に、あまり集中出来なかった。
「倉本さん」
講義を終えて、ノートをカバンに詰めていると。声をかけてきたのは、結菜ちゃんだった。
「木村君のバスケの試合、見に行くよね」
「え……あ、予定がなければ」
「一人で見に行くの寂しいし、一緒に見に行こうよ。あ……ごめん、また後でメールするね」
仕事、なんだろうか。携帯が鳴り、表示画面を見て……結菜ちゃんは手を振って教室を出て行った。
そう、だよね。木村君、きっといろんな子に声をかけてるんだ。何も私だけのはず、ない。
はぁ 一つ小さな息をついて。
私もバイトに向かった。
バイトを無難に終え、帰り道を歩く。
「試合、か」
その日はバイトもないし、別に予定も入ることはない……だろう。
木村君の中で、私は友達の中の一人。いや、友達なのかな。そう、思ってるのは私だけかもしれない。
そう、ただのクラスメイト。きっと偶然目の前を歩いていたから、話題作りのために誘ってくれたんだ。
自分に言い聞かせながら。じわり、と目尻が熱くなるのがわかる。何、してるんだか。
ふと目に留まる小さなネオンの光る看板。 Bar Night そう記されている。
「新しくできたのかな……」
昨日まではなかったはずだ。
明日の講義は三限からだ。少し、夜遅くなっても……いいか。
そう思い、私は扉を押した。
カランカラン
入口の扉に取り付けられた古めかしいベルが鳴る。狭い店内には、数えられるほどのカウンター席しかない。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
声をかけて来たのは、多分……このBarのバーテンダー。すらりとした長身に、斜めに流された長めの前髪。肩より少し長めの髪は後ろで一つに結わえられている。白のワイシャツに黒のスラックス、ベスト。黒のサロンを腰に巻いているバーテンダーはにこり、と微笑んだ。
案内されたのはカウンターの丁度真ん中の席。斜め左前に立つバーテンダーは、チョコレートやナッツが乗った小皿を出してくれる。
店内を見回してみる。薄暗く、ランプの灯りのみでカウンターは照らされ、壁に散りばめられたステンドグラスが木の床に色を映し出している。
それからカウンター席に目を落とす。普通、店にはあるはずの物が……ない。
「あの、メニューありますか」
カバンを足元に置き、尋ねてみる。けれどバーテンダーは小さく首を横に振った。
「申し訳ありません、当店にメニューはございません。お客様のお好みの物をお作りしております」
「え」
困ってしまった。Barに一人で来たことはないし、そもそもお酒にそんなに詳しくない。どうして、突然こんなお店に入ってしまったんだろう
「お酒はあまり強くない方ですか」
「あ、いえ……」
そう、お酒に詳しくはない。でも、実は結構呑める、らしい。
学科の呑み会で、差し出されるままに日本酒や焼酎も呑んでみたけれど、全然酔っぱらうこともなく……男子に『男みたい』とあきれられた。
「それでは……適当にお作りしてよろしいでしょうか」
「あ、はい」
むしろその方が助かる。バーテンダーは小さく一礼すると、私の背を向けて後ろの棚に手を伸ばした。
不意に携帯のバイブが鳴る。メールの相手は結菜ちゃんで……バスケ部の試合を一緒に見に行こう、という内容だった。
ふぅ、と一息吐く。一緒に見に行く、なんて。あんなに可愛い子の隣に立つなんて、引き立て役だ。
あぁ、また。卑屈な自分がいる。本当に、可愛くない。
そう、こうやって私はどんどん黒い渦の中に入っていく。
「しかめっ面は似合いませんよ」
コトン、と目の前に置かれるグラス。濃い茶色の液体の上に、真っ白な……ミルク。上にはミントの葉と……香りからして、チョコレートシロップ。
「カルーアミルクです。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
細いピンク色のマドラーでかき混ぜると、一瞬にして白が薄茶色に変わる。
「ん、甘い」
「えぇ、お好きかと」
「……」
私が、甘いのが好き。
「そんな、甘いもの好きに見えますか」
「えぇ、甘いものも、可愛いものもお好きかと」
にこり、と端正な顔で笑われる。思わず自分の頬が赤くなっている気がして……頬杖をつき、うつむく。そんな、ガラじゃないのに。
「本当は可愛いものも甘いものも好きではないですか、美麗さん」
「……初めて、言われました」
普段から男っぽい無難な格好をして、おしゃれには興味がないふりをして。女の子たちに人気な話題もしなくて。
名前負け
高校時代、よく言われたっけ。
「何か、お悩みでも」
バーテンダーは私の斜め前に立ち、白い布でワイングラスを拭き始めた。
「……可愛くないのは自分でわかってるんです」
そう、私は可愛くない。だから、可愛い服も、化粧も似合わない。
「でも、女として生まれたから……その、スカートとか、ワンピースとかも、はいてみたいなって思いはあって」
そう、女の子として。おしゃれをして、話題のパンケーキ屋に行ったりして。そういう、女の子らしいことを、私もしてみたい。
でも、どうせ私には似合わない。そんな思いが、邪魔をする。
周りの評価なんて、初めからわかってるんだから。
「……あなたのいう可愛くないは、見た目ですか」
「え」
質問の意味がわからず、顔を上げる。いつの間にか、バーテンダーは私の目の前に立って……真正面から私を見つめていた。
「っ……」
そんな、端正な顔立ちをした男の人に見つめられたら……
またしても、顔が赤くなっている気がして。こんなの、私のガラじゃ
「ガラじゃない、ですか」
「っ……」
図星、だ。恥ずかしくて、手元のカルーアミルクを取り、口に含む。
甘い、甘い香り。
「私からすれば、美麗さんはとても可愛らしいですよ」
「なっ何言ってるんですか、お客さんにはいつもそう言うんですよね」
そうだ、こんなの社交辞令。お店を経営してるんだから、これくらい……
「ただ、性格はあまり可愛くない」
「っ……」
「卑屈になっていますね、過去にとらわれて」
「だってっ……」
女の子は、怖い。陰でいろいろなことを話す。見た目で判断して、中身なんて見ない。高校時代、そんな女の子たちの周りには男の子たちも沢山いて、私を笑っていた。私に勉強を教えてほしいと言っていた男の子たちも、もちろん。
「本当のあなたは、もっと可愛いですよ」
うつむく私の眼もとに、バーテンダーの両手が触れる。
「一生懸命周りのことを考えて、気を使って」
すっ、と眼鏡を取られる。
「大丈夫、人は誰だって……卑屈になります。自分の嫌いなところだって、一つや二つあって当然です」
「でもね……それと同じ分、自分を好きになってあげてください」
カタン、とカウンターに置かれる、私の銀縁眼鏡。
顔を上げると、優しく微笑む……バーテンダー。
「こんなに大して度が入っていない眼鏡をして……」
「っ……」
「もったいないですよ」
笑ったバーテンダーは、また斜め前に立ち位置を戻して……白い布でグラスを拭き始めた。
静かな時が流れる。
ゆっくりと、カルーアミルクを飲んで。
思い切って、聞いてみる。
「あの、私でも……変われますか」
バーテンダーの手が止まって。私の顔を見て、小さくうなずく。
「貴方が変わろうとするのであれば」
足元のカバンを取り、立ち上がる。
「あの、いくらですか」
「五百円です。当店ではチャージ料はいただいておりませんので」
「ごちそうさまでした。あの……ありがとうございます」
財布から五百円玉を取り出してバーテンダーに手渡す。
「大丈夫です。変わろうと思えば、人は変われます」
お店を出る。辺りは当然薄暗い。けれど、空を見上げれば……満天の星。
明日は眼鏡をやめて……そうだ、ずいぶん前に買ったけれど履いていなかったスカートを履いてみよう。それから……
翌日。校内に入って……少し前に、結菜ちゃんが歩いているのを見つける。いつもなら、自分からは声をかけないけれど。
「っ……おはよう、結菜ちゃん」
ポン、と肩を叩いてみる。振り返った結菜ちゃんの顔は、少し驚いて。それから……あの、可愛らしい笑顔。
「おはよ、倉本さん」
「あの、昨日メール返信しなくてごめんね。遅くなっちゃって……あの、一緒に、行っていいかな」
「うんっ、一緒に応援しよう」
あぁ、やっぱり可愛い。でもきっと、これは外見の可愛らしさだけじゃなくて……性格の良さも、あるんだと思う。
「おはよ、倉本、香坂さん」
ぽん、と背中をたたかれる。木村君、だ。
「お、おはよう木村君。バスケの試合、見に行くね」
「マジ、よかった! あれ……コンタクトにしたの」
「あ、うぅん……眼鏡、やめてみただけ」
そっか、そう言ってうなずく木村君。と、廊下の奥で木村君を呼ぶ男の子たちの声。
「じゃ、日曜日よろしくね」
「うん」
去ろうとする木村君に……結菜ちゃんが声をかける。
「よかったねー、木村君!」
「っ……うるせっ!」
振り返り……結菜ちゃんに一言放って走っていく。
なんか、耳が赤かったような……。
「日曜日、楽しみだね」
「う、うん」
笑う結菜ちゃんの目がなんだか楽しそうで……私はうなずいた。
薄暗い店内。椅子に座るバーテンダーは、カウンターに置かれた一冊の古びた本を開く。
「人はいつでも変われる、か」
言葉にしてバーテンダーは微笑む。
Kahlue and Milk そう本に記し、静かに本を閉じた。
春、だからだろうか。パステルカラーのカーディガンや花柄のワンピース、スカートが目立つ。髪型は艶がありながらも、ふわふわのウェーブ。足元もブーツからパンプスに変わっている。
そんな、可愛らしい同級生とは裏腹に私は地味だ。常に濃い色のGパンに地味なTシャツ。カーディガンかパーカーを羽織り、足元はスニーカー。ヒール靴なんて履いた日には、確実に転ぶ。化粧だって、日焼け対策にファンデーション、リップクリームくらいしか使わない。
おしゃべりしながらゆっくりと歩く女の子たちをよそに、私はその足を速める。たどり着いたのは、キャンパス内でも最奥にある化学部棟。理系だからか、二百名しかいない学部生のうち、女子生徒はわずか十パーセント。さらに、学科にいたっては五十人のうち二人しかいない。男性だらけだからか、むさくるしいのにも慣れたし、いまさら女の子を装うとは思わない。
「おはよ、倉本」
ポン、と肩をたたかれる。
「あ……おはよう」
「今日の実験グループ一緒だろ、よろしくな」
「うん、よろしく」
プリントを持って笑顔を見せるのは、同じ学科の木村君。身長百八十cmを越えた、整った顔立ちに誰にでも優しい性格。おまけに体育会系のバスケ部でレギュラー、らしい。女の子たちが放っておくわけがない。
「そういや、今週末の日曜日って予定ある」
「え……と、特には」
「じゃぁさ、試合見に来てよ。ホーム……えっと、うちの大学で練習試合あるんだ。あ……俺、バスケ部なんだけど」
「うん、知ってる」
なぜか教室まで一緒に行くことになった、らしい。隣を歩く木村君は、私の歩幅に合わせるようにゆっくり歩いてくれている。
「よかった。どう、かな。関係者以外も見に来ていいからさ」
「えっと……私が行ってもいいの」
「もちろん。あ、えっと……もし一人じゃ来づらかったら、友達誘ってくれてもいいし」
「うん……じゃぁ、予定が入らなければ」
「九時からアップ……あ、練習ね。試合は十時から。体育館の中、結構熱気こもるから少し薄着で羽織もの持ってきたほうがいいよ」
あぁ、多分その細やかな気配りも女の子にもてる要因なんだろうな、なんて頭の片隅でぼんやりと思う。
「わかった、ありがとう」
「俺スタメンで出る予定だからさ、応援してて」
「うん」
そんな会話を交わしていると、実験室にたどり着く。 じゃぁ そう言って木村君は仲の良い男の子たちの中に入っていった。
男の子との会話には、慣れっこだ。相手側は私みたいな地味な女を女扱いしないし、意識もしない。私も自分がそういう立場の人間だってわかってるから気にしないし、そうやって大学生活を二年間過ごしてきた。
「おはよう、倉本さん」
「あ、お、おはよう」
声をかけてくれたのは、学科で唯一の女子……の、結菜ちゃん。ベージュのコートの下には、ラベンダー色のカーディガンに黒のスキニーパンツ。足元はリボンがついたフラットなピンクのパンプス。整った顔立ちには薄い化粧、長い黒髪は耳元でお団子にされている。
「ね、この間の講義なんだけど……ここ、ちょっとわかりづらくて」
隣に座り、先週の講義のルーズリーフを取り出す。ふわり、と甘い香り。
女の私が見てもほれぼれするそのスタイルと顔立ち。当たり前、といえば当たり前かもしれない。なんたって、彼女は現役の売れっ子モデルだ。
「あ、此処は先々週の講義でやった数式で……」
私も自分のルーズリーフを取出し、質問に答える。
「なるほどー! すごい、本当わかりやすいよね、倉本さんの教え方って。ありがと」
にこっと笑い、カバンの中のポーチから取り出した、イチゴミルクの飴を私の手のひらに乗せる。
「あ、ありがと」
「うぅん、私こそいつもありがとね」
にっこりと笑う彼女。芸能人なんて皆性格悪いんだろうなぁ、と思っていたけれど。結菜ちゃんは気さくで、いつも笑顔で。卑屈になってる自分とは正反対だ。そんな彼女の周りには、いつも人であふれている。可愛くて、性格がよくて。周りも皆、笑っている。
「ブース」
「本当、勉強だけが取り柄の地味な女」
「ガリ勉とかマジでキモイんだけどー」
「っ……」
不意に脳内をよぎる、女の子たちの声。
そう、私は高校時代にいじめられていた。中学のころから地味だったし、高校でもそんなに目立つ方ではなかったはずなんだけど……校内のテストで一位を取った。突然、周りの男の子たちが授業のわからない所を聞きに来るようになった。仲良くもない、ただのクラスメイト。それでも試験前なんかはそれが当たり前になって……気づけば、学年でも目立つ女の子たちから嫌味を言われるようになった。
人間は力が強い方に皆向かっていく。だからこそ、立場の弱い私は……簡単に一人になった。
クラスで孤立し、それに気づいた男子生徒は自然と私に質問をしなくなった。でも、時すでに遅し。高校時代、友人と呼べる友人は一人も出来ず。大学は、高校から数えるくらいしか進学しない国公立に進んだ。それも、理系。もともと女子は少ないし、実験に没頭すれば高校時代よりはきっと辛くない。そんな、思いからだった。
講義が始まる。黒板に記される文字を必死で追い、ルーズリーフに書き留める。
斜め前に座る木村君。
地味な私とは正反対で、モテる、いわゆる格好良い男の子。私とは不釣り合い。その隣には、結菜ちゃんが座っている。時折質問をしあっているみたいで、耳打ちをしている。本当に、お似合いの二人。
あぁ、また。こうやって性格の悪い私が出てくる。
それでも、楽しそうに会話をする二人の姿が目に焼き付いて。
授業に、あまり集中出来なかった。
「倉本さん」
講義を終えて、ノートをカバンに詰めていると。声をかけてきたのは、結菜ちゃんだった。
「木村君のバスケの試合、見に行くよね」
「え……あ、予定がなければ」
「一人で見に行くの寂しいし、一緒に見に行こうよ。あ……ごめん、また後でメールするね」
仕事、なんだろうか。携帯が鳴り、表示画面を見て……結菜ちゃんは手を振って教室を出て行った。
そう、だよね。木村君、きっといろんな子に声をかけてるんだ。何も私だけのはず、ない。
はぁ 一つ小さな息をついて。
私もバイトに向かった。
バイトを無難に終え、帰り道を歩く。
「試合、か」
その日はバイトもないし、別に予定も入ることはない……だろう。
木村君の中で、私は友達の中の一人。いや、友達なのかな。そう、思ってるのは私だけかもしれない。
そう、ただのクラスメイト。きっと偶然目の前を歩いていたから、話題作りのために誘ってくれたんだ。
自分に言い聞かせながら。じわり、と目尻が熱くなるのがわかる。何、してるんだか。
ふと目に留まる小さなネオンの光る看板。 Bar Night そう記されている。
「新しくできたのかな……」
昨日まではなかったはずだ。
明日の講義は三限からだ。少し、夜遅くなっても……いいか。
そう思い、私は扉を押した。
カランカラン
入口の扉に取り付けられた古めかしいベルが鳴る。狭い店内には、数えられるほどのカウンター席しかない。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
声をかけて来たのは、多分……このBarのバーテンダー。すらりとした長身に、斜めに流された長めの前髪。肩より少し長めの髪は後ろで一つに結わえられている。白のワイシャツに黒のスラックス、ベスト。黒のサロンを腰に巻いているバーテンダーはにこり、と微笑んだ。
案内されたのはカウンターの丁度真ん中の席。斜め左前に立つバーテンダーは、チョコレートやナッツが乗った小皿を出してくれる。
店内を見回してみる。薄暗く、ランプの灯りのみでカウンターは照らされ、壁に散りばめられたステンドグラスが木の床に色を映し出している。
それからカウンター席に目を落とす。普通、店にはあるはずの物が……ない。
「あの、メニューありますか」
カバンを足元に置き、尋ねてみる。けれどバーテンダーは小さく首を横に振った。
「申し訳ありません、当店にメニューはございません。お客様のお好みの物をお作りしております」
「え」
困ってしまった。Barに一人で来たことはないし、そもそもお酒にそんなに詳しくない。どうして、突然こんなお店に入ってしまったんだろう
「お酒はあまり強くない方ですか」
「あ、いえ……」
そう、お酒に詳しくはない。でも、実は結構呑める、らしい。
学科の呑み会で、差し出されるままに日本酒や焼酎も呑んでみたけれど、全然酔っぱらうこともなく……男子に『男みたい』とあきれられた。
「それでは……適当にお作りしてよろしいでしょうか」
「あ、はい」
むしろその方が助かる。バーテンダーは小さく一礼すると、私の背を向けて後ろの棚に手を伸ばした。
不意に携帯のバイブが鳴る。メールの相手は結菜ちゃんで……バスケ部の試合を一緒に見に行こう、という内容だった。
ふぅ、と一息吐く。一緒に見に行く、なんて。あんなに可愛い子の隣に立つなんて、引き立て役だ。
あぁ、また。卑屈な自分がいる。本当に、可愛くない。
そう、こうやって私はどんどん黒い渦の中に入っていく。
「しかめっ面は似合いませんよ」
コトン、と目の前に置かれるグラス。濃い茶色の液体の上に、真っ白な……ミルク。上にはミントの葉と……香りからして、チョコレートシロップ。
「カルーアミルクです。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
細いピンク色のマドラーでかき混ぜると、一瞬にして白が薄茶色に変わる。
「ん、甘い」
「えぇ、お好きかと」
「……」
私が、甘いのが好き。
「そんな、甘いもの好きに見えますか」
「えぇ、甘いものも、可愛いものもお好きかと」
にこり、と端正な顔で笑われる。思わず自分の頬が赤くなっている気がして……頬杖をつき、うつむく。そんな、ガラじゃないのに。
「本当は可愛いものも甘いものも好きではないですか、美麗さん」
「……初めて、言われました」
普段から男っぽい無難な格好をして、おしゃれには興味がないふりをして。女の子たちに人気な話題もしなくて。
名前負け
高校時代、よく言われたっけ。
「何か、お悩みでも」
バーテンダーは私の斜め前に立ち、白い布でワイングラスを拭き始めた。
「……可愛くないのは自分でわかってるんです」
そう、私は可愛くない。だから、可愛い服も、化粧も似合わない。
「でも、女として生まれたから……その、スカートとか、ワンピースとかも、はいてみたいなって思いはあって」
そう、女の子として。おしゃれをして、話題のパンケーキ屋に行ったりして。そういう、女の子らしいことを、私もしてみたい。
でも、どうせ私には似合わない。そんな思いが、邪魔をする。
周りの評価なんて、初めからわかってるんだから。
「……あなたのいう可愛くないは、見た目ですか」
「え」
質問の意味がわからず、顔を上げる。いつの間にか、バーテンダーは私の目の前に立って……真正面から私を見つめていた。
「っ……」
そんな、端正な顔立ちをした男の人に見つめられたら……
またしても、顔が赤くなっている気がして。こんなの、私のガラじゃ
「ガラじゃない、ですか」
「っ……」
図星、だ。恥ずかしくて、手元のカルーアミルクを取り、口に含む。
甘い、甘い香り。
「私からすれば、美麗さんはとても可愛らしいですよ」
「なっ何言ってるんですか、お客さんにはいつもそう言うんですよね」
そうだ、こんなの社交辞令。お店を経営してるんだから、これくらい……
「ただ、性格はあまり可愛くない」
「っ……」
「卑屈になっていますね、過去にとらわれて」
「だってっ……」
女の子は、怖い。陰でいろいろなことを話す。見た目で判断して、中身なんて見ない。高校時代、そんな女の子たちの周りには男の子たちも沢山いて、私を笑っていた。私に勉強を教えてほしいと言っていた男の子たちも、もちろん。
「本当のあなたは、もっと可愛いですよ」
うつむく私の眼もとに、バーテンダーの両手が触れる。
「一生懸命周りのことを考えて、気を使って」
すっ、と眼鏡を取られる。
「大丈夫、人は誰だって……卑屈になります。自分の嫌いなところだって、一つや二つあって当然です」
「でもね……それと同じ分、自分を好きになってあげてください」
カタン、とカウンターに置かれる、私の銀縁眼鏡。
顔を上げると、優しく微笑む……バーテンダー。
「こんなに大して度が入っていない眼鏡をして……」
「っ……」
「もったいないですよ」
笑ったバーテンダーは、また斜め前に立ち位置を戻して……白い布でグラスを拭き始めた。
静かな時が流れる。
ゆっくりと、カルーアミルクを飲んで。
思い切って、聞いてみる。
「あの、私でも……変われますか」
バーテンダーの手が止まって。私の顔を見て、小さくうなずく。
「貴方が変わろうとするのであれば」
足元のカバンを取り、立ち上がる。
「あの、いくらですか」
「五百円です。当店ではチャージ料はいただいておりませんので」
「ごちそうさまでした。あの……ありがとうございます」
財布から五百円玉を取り出してバーテンダーに手渡す。
「大丈夫です。変わろうと思えば、人は変われます」
お店を出る。辺りは当然薄暗い。けれど、空を見上げれば……満天の星。
明日は眼鏡をやめて……そうだ、ずいぶん前に買ったけれど履いていなかったスカートを履いてみよう。それから……
翌日。校内に入って……少し前に、結菜ちゃんが歩いているのを見つける。いつもなら、自分からは声をかけないけれど。
「っ……おはよう、結菜ちゃん」
ポン、と肩を叩いてみる。振り返った結菜ちゃんの顔は、少し驚いて。それから……あの、可愛らしい笑顔。
「おはよ、倉本さん」
「あの、昨日メール返信しなくてごめんね。遅くなっちゃって……あの、一緒に、行っていいかな」
「うんっ、一緒に応援しよう」
あぁ、やっぱり可愛い。でもきっと、これは外見の可愛らしさだけじゃなくて……性格の良さも、あるんだと思う。
「おはよ、倉本、香坂さん」
ぽん、と背中をたたかれる。木村君、だ。
「お、おはよう木村君。バスケの試合、見に行くね」
「マジ、よかった! あれ……コンタクトにしたの」
「あ、うぅん……眼鏡、やめてみただけ」
そっか、そう言ってうなずく木村君。と、廊下の奥で木村君を呼ぶ男の子たちの声。
「じゃ、日曜日よろしくね」
「うん」
去ろうとする木村君に……結菜ちゃんが声をかける。
「よかったねー、木村君!」
「っ……うるせっ!」
振り返り……結菜ちゃんに一言放って走っていく。
なんか、耳が赤かったような……。
「日曜日、楽しみだね」
「う、うん」
笑う結菜ちゃんの目がなんだか楽しそうで……私はうなずいた。
薄暗い店内。椅子に座るバーテンダーは、カウンターに置かれた一冊の古びた本を開く。
「人はいつでも変われる、か」
言葉にしてバーテンダーは微笑む。
Kahlue and Milk そう本に記し、静かに本を閉じた。
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サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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