21 / 132
揺れる水面にうつるもの
5
しおりを挟む
「あ、おかえり、壱弥」
帰宅すると、居間には姉の夏芽がいた。
夏芽は福岡市内でひとり暮らしをしているが、車を運転するのが好きなので、ドライブがてらよく実家に帰ってくる。そして、お盆にかけては毎年十連休を取っていた。
「おお、姉のナツメか。これは美形じゃのう」
壱弥の背後で、ナナシが声をあげた。
姉は誰もが認めるほどの美人なのだが、いかんせん気が強く、子どものころは弟の颯太とともによく叱られた。
この姉を見てきているからか、壱弥は女性に対して幻想を抱いたことはない。
「姉ちゃんに頼まれていたやつ、買ってきとるよ」
「あ、ほんと? ありがとう」
夏芽が指定する、東京にしか売っていない菓子を買って帰るのは、毎度のことだった。かなり大量で買い回るのが大変なのだが、逆らってもいいことはないので言う通りにしている。
「いくらやった?」
「分からん。計算して」
財布の中に無造作に入れてしわくちゃになったレシートを取り出し、夏芽に渡す。いつも雑なんだから、とぼやきながら、夏芽はスマートフォンの電卓アプリで計算しはじめた。
「千円札なかったけん、お金あとでいい?」
「いつでもよかよ」
「壱弥、暑かったやろ。飲まんね」
団扇で顔を扇いでいると、祖母が冷たい緑茶を淹れてくれた。
緑茶は、淹れ方ひとつで味がまるで変わる。祖母が淹れる緑茶は世界で一番の味だと、壱弥は本気で思っていた。ひと口飲むだけで、絶妙な甘みとコクが口の中に広がり、体へ染み込んでいく。
この幸せな気分を世界中の人に味わってほしいと、子どものころからずっと思っていた。
「壱弥。帰ってきたとこ悪かけど、みりん買ってきてくれんね」
ホッとしているところに、母が台所から顔を出して言った。
「うちにあるのば、取ってこっかね?」
「いいよ、ばあちゃんはゆっくりしとき。どうせ買わないかんのやろ。俺、行ってくるけん」
「ありがとうね、壱弥。みりんだけでよかよ。本みりんやけんね、間違えんごと」
「はいよ」
緑茶を一気に飲み干してから玄関に向かうと、夏芽がついてきた。ついでに、ナナシもいる。
「壱弥、歩いて行くと?」
「うん」
「じゃあ、私も一緒に行く」
どういう風の吹き回しかと思ったが、壱弥はなにも言わずに頷いた。
「ヒグラシ、鳴いとるね」
夏芽が、大きく伸びをしながら言った。福岡市中心部だと、ヒグラシの声はあまり聞こえないのかもしれない。
「颯太って、いつ帰ってくると?」
「十日の昼かな」
「静かなのは明後日までかぁ。あんたと颯太、足して二で割ればちょうどいいっちゃけど」
物静かな壱弥とは正反対で、颯太は声が大きく賑やかな性格をしている。いまは高校のラグビー部の夏合宿中だった。
帰宅すると、居間には姉の夏芽がいた。
夏芽は福岡市内でひとり暮らしをしているが、車を運転するのが好きなので、ドライブがてらよく実家に帰ってくる。そして、お盆にかけては毎年十連休を取っていた。
「おお、姉のナツメか。これは美形じゃのう」
壱弥の背後で、ナナシが声をあげた。
姉は誰もが認めるほどの美人なのだが、いかんせん気が強く、子どものころは弟の颯太とともによく叱られた。
この姉を見てきているからか、壱弥は女性に対して幻想を抱いたことはない。
「姉ちゃんに頼まれていたやつ、買ってきとるよ」
「あ、ほんと? ありがとう」
夏芽が指定する、東京にしか売っていない菓子を買って帰るのは、毎度のことだった。かなり大量で買い回るのが大変なのだが、逆らってもいいことはないので言う通りにしている。
「いくらやった?」
「分からん。計算して」
財布の中に無造作に入れてしわくちゃになったレシートを取り出し、夏芽に渡す。いつも雑なんだから、とぼやきながら、夏芽はスマートフォンの電卓アプリで計算しはじめた。
「千円札なかったけん、お金あとでいい?」
「いつでもよかよ」
「壱弥、暑かったやろ。飲まんね」
団扇で顔を扇いでいると、祖母が冷たい緑茶を淹れてくれた。
緑茶は、淹れ方ひとつで味がまるで変わる。祖母が淹れる緑茶は世界で一番の味だと、壱弥は本気で思っていた。ひと口飲むだけで、絶妙な甘みとコクが口の中に広がり、体へ染み込んでいく。
この幸せな気分を世界中の人に味わってほしいと、子どものころからずっと思っていた。
「壱弥。帰ってきたとこ悪かけど、みりん買ってきてくれんね」
ホッとしているところに、母が台所から顔を出して言った。
「うちにあるのば、取ってこっかね?」
「いいよ、ばあちゃんはゆっくりしとき。どうせ買わないかんのやろ。俺、行ってくるけん」
「ありがとうね、壱弥。みりんだけでよかよ。本みりんやけんね、間違えんごと」
「はいよ」
緑茶を一気に飲み干してから玄関に向かうと、夏芽がついてきた。ついでに、ナナシもいる。
「壱弥、歩いて行くと?」
「うん」
「じゃあ、私も一緒に行く」
どういう風の吹き回しかと思ったが、壱弥はなにも言わずに頷いた。
「ヒグラシ、鳴いとるね」
夏芽が、大きく伸びをしながら言った。福岡市中心部だと、ヒグラシの声はあまり聞こえないのかもしれない。
「颯太って、いつ帰ってくると?」
「十日の昼かな」
「静かなのは明後日までかぁ。あんたと颯太、足して二で割ればちょうどいいっちゃけど」
物静かな壱弥とは正反対で、颯太は声が大きく賑やかな性格をしている。いまは高校のラグビー部の夏合宿中だった。
1
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる