きいろいマフラーと、迷子の手紙

N.PROJECT

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第6話(最終話):春を待つ手紙

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 冬の空気が少しずつやわらぎ、こもれびベーカリーの前にも、やっと春の風が届き始めた。
 まだ肌寒いけれど、木々のつぼみは少しずつ膨らみ、雪に覆われていたベンチも、ほほえむように姿を現していた。

 あの黄色いマフラーは、今もベンチの端に巻かれている。
 けれど少しだけ色褪せて、その代わりに、たくさんの小さなリボンやカードが結びつけられていた。

 「“ありがとう”って言葉、こんなにいろんな形があるんだね」

 柚葉は、木箱の中からそっと数枚の手紙を取り出して読んだ。



「夜に泣きたくなったとき、ベンチに座って、そっと空を見たら落ち着きました。
お礼なんて言える人もいないけど、たぶん、ありがとう」



「迷子だったうちの猫、ベンチの下で寝てました。
あの場所、よっぽど落ち着くんだと思います。猫にもやさしいベンチ、すてきですね」



「だれかの言葉に、救われました。
会ったこともないあなたへ。ありがとう。春になったら、またここに来ます」



 誰の名前も書かれていない。
 でも、どれも、あたたかい気持ちがぎゅっと詰まっていた。

 柚葉は思った。

 ——届けたい想いは、言葉になった瞬間から、もう誰かの心を照らし始めるのかもしれない。


 春分の日。
 柚葉は、ベンチの横に、小さな木の看板を立てた。
 その上には、淡い黄色のペンキで、こんな文字が描かれていた。

「やさしさのポスト
あなたの気持ち、きっとどこかで届いています」

 風太くんが、その文字を見てふふっと笑った。

 「……ねえ、柚葉さん」

 「うん?」

 「ぼく、将来“パン職人”になるのもいいなって、ちょっと思った。
 ベンチの近くで毎日やさしくなれる仕事、きっとすごくいいなって」

 柚葉は目を細めて、笑った。

 「それなら“サンタクロース見習い”から、いよいよ卒業かもね」

 「じゃあ次は……“やさしさ配達人”!」

 二人で顔を見合わせて笑った。
 空を見上げると、どこかで小さく鳥の鳴き声がした。


 春風が通り抜けるたびに、ベンチのマフラーがふわりと揺れる。
 あの日、置かれた手紙たちも、言葉も、想いも、もう誰かの中に静かに根を下ろしている。

 ——そして、また次の誰かの心を、あたたかくするために。

 柚葉はその日も、焼きたてのパンを手に、ベンチの前で小さくつぶやいた。

 「手紙は、心の中でずっと読み続けられるんだね。……ありがとう」

 その瞬間、どこからか風が吹いて、ベンチの横の木に、新しい芽がほころんだ。

 春のはじまり。
 それは、きっとやさしさがめぐる季節。
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