オリンピック選手金メダリストが転生後、最高の武器屋のマスターになった

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【第8章:炎の継承と暁の鍛造師】 第9話「旅立ちの刃、メルが選ぶ道」

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夜が明け、忘却の工房の炉は静かに眠っていた。昨日、メルが鍛え上げた剣は、今もなおかすかに熱を宿し、まるで鼓動しているように見える。

ユウリはその刃を手に取り、陽光の下で静かに目を細めた。

「……驚いたな。まさか、これほどまでの“共鳴”が起きるとは」

「うん。私も、まだ信じられないよ。あんな風に、素材と話すみたいに……鍛えるなんて」

メルは炉の前に立ち、昨日の自分の姿を思い返していた。剣を叩いた時、自分の中にあった感情――悔しさ、悲しさ、誓い、希望、全てが音となり、鋼に染み込んでいったのを、確かに感じていた。

「この剣には、あなたの“願い”が宿ってる」

そう語るのは、セリナだった。錬金術師である彼女の目は、鍛冶とは異なる角度からその剣の力を見抜いていた。

「これ、ただの武器じゃない。“封呪型魂鋼”の性質を持ってる。持ち主の魂と同調することで、異常なまでの自己修復機能と、特異な魔力伝導を見せる……鍛冶というより、儀式に近い」

「……魂鋼?」

ユウリが眉をひそめた。

「それは古代技術のひとつで、本来は王国でも禁じられた術式に近いものだ。あまりにも強すぎて、使い方を誤れば魂を焼き尽くすと言われてる」

沈黙が落ちた。

だが、メルはそっと剣を見つめながら微笑んだ。

「大丈夫。私はこの剣に“願った”んだ。誰かを傷つけるためじゃなく、守るために。私の……家族も、仲間も、そして、自分の信じたものも」

その言葉に、誰も異を唱えなかった。むしろ、その静かな決意が場を包み込み、深い余韻を残していた。

――しかし、その平穏は突如として破られる。

ガガンッ!

工房の大扉が激しく叩かれる。

「おい! ユウリ、いるか! 緊急事態だ!」

駆け込んできたのは、王都からの伝令兵だった。泥だらけの服と、震える声がただ事ではないことを物語っていた。

「灰獣――いや、“黒喰い”が……谷を超えた! 隣村が、全滅した……!」

一瞬、時が止まった。

黒喰い。かつてゼィレアの谷にて魂を喰らう怪物として記録され、封印されたはずの魔獣。その存在が再び表舞台に現れたというのか。

「……まさか。封印はどうなった!?」

ユウリが叫ぶが、伝令は首を横に振る。

「不明……。けど、目撃者の証言では、“黒い霧と共に現れた女”が封印を破ったと……」

「女?」

メルが小さくつぶやいた。

その時、彼女の脳裏にふとよぎったものがあった。昨日、鋼を打つ途中に感じた、鋼の奥から響いてきた“誰かの声”。それは自分の想いではない、誰か別の……冷たい、怒りに満ちた、声だった。

「ユウリさん、私、行きます」

「……メル?」

「この剣で、何ができるのか……確かめたい。そして、これが本当に“願い”の刃かどうか、知りたい。戦うためじゃなく、守るために」

ユウリは少女の顔を見つめた。その瞳には揺るぎない意志と、若干の恐怖――それでも逃げない、確かな勇気が宿っていた。

「……分かった。だが、ひとりじゃ行かせない。リリス、セリナ、頼めるか?」

「もちろん。あたしが護衛しなきゃ、メルちゃんはきっと危なっかしくて見てられないわ」

リリスがウインクを返し、セリナも頷いた。

「錬金術的にも、この剣は観察の価値があるわ。……ま、私の目的はそっちだけどね」

三人はそれぞれの荷物をまとめ、旅支度を始めた。

そして数時間後、忘却の工房の前に立った少女は、鋼の剣を背負いながら、小さくつぶやく。

「ここからが、本当の旅だね」

その背に、朝陽が降り注ぐ。

少女の願いを宿した剣とともに、新たな冒険の幕が、いま静かに上がる――。
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