オリンピック選手金メダリストが転生後、最高の武器屋のマスターになった

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【第8章:炎の継承と暁の鍛造師】 第10話「黒喰いの爪痕と、仮面の女」

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夜明けと共に、三人の影が東の道を進んでいた。

リリスは道中も隙を見せることなく前を歩き、セリナは地図を片手に足元の植物や地形を観察している。メルは二人の背に少し遅れながらも、背負った剣の重みを噛みしめていた。

――あの剣は願いを宿す。

けれど、それは同時に「試される」ということでもある。メルは自分に問うていた。あの時、心の中に湧いた声――あれは誰だったのか。何を訴えていたのか。剣の中に残された「過去の記憶」なのか、それとも……。

「もうすぐ、前線の村よ」

セリナの声に、メルは顔を上げた。

見えてきたのは、廃墟と化した村の残骸だった。焼け焦げた家屋、赤黒く染まった地面、砕けた石の祠。空気すらも焼けたような臭いを帯びていて、風が吹くたびに灰が舞う。

「ひどい……」

メルが思わず声を漏らすと、リリスは鋭い視線で周囲を見渡した。

「罠を張って、周囲の魔素の流れも封じられてる。誰かの……かなり高度な“封印解除”と“指向性破壊”の魔法が使われてるな」

「つまり、狙ってやられたってこと?」

「そう。偶然じゃない。――待って」

リリスの動きが止まる。彼女は手を挙げて静かに言った。

「誰か、いる」

三人は一斉に腰の武器へと手を伸ばした。その瞬間、灰の中に黒い影が現れた。

それは人の姿をしていた。いや、厳密に言えば“人間だったもの”――白い仮面をつけ、全身を黒い法衣に包み、片手には細身の杖を持っている。

「……あら、子どもが紛れ込んでるとは思わなかったわね」

その女の声は妙に甘く、けれどひどく冷たい。感情が剥ぎ取られたような声だった。

「あなたが、黒喰いを……」

「ええ。正確には、眠っていた彼を“呼び起こした”だけだけど」

リリスが素早く前に出た。

「名を名乗れ」

「名? あら……名乗るほどの者ではないわ。“ミゼラ”とでも呼んで。かつて“黒の理の巫女”と恐れられたこともあるけれど……もうそんな肩書きには飽きたの」

ミゼラ――その名を聞いた瞬間、セリナの顔色が変わった。

「“黒の理”……!? あれは、古代に存在した禁呪体系のひとつよ。魂を制御する術――まさか、今も生き残っていたなんて……!」

「知ってるのね。まあ、無理もないわ。貴女たちは……まだ、“選ばれていない”のに、これほどの剣を持っているんだもの」

ミゼラはメルの背負った剣を見つめ、薄く笑った。

「その剣は……“願いを喰う”。貴女の願いが強ければ強いほど、刃は鋭くなる。けれど、もしも揺らげば――」

杖の先から、黒い煙のような魔力が噴き出す。それは地面を這い、焼けた大地に咲く黒い花のように広がっていく。

「“喰われる”のは貴女自身。魂を捧げる覚悟がないのなら……剣に選ばれることも、使いこなすこともできない」

「黙れ!」

メルが叫び、剣を抜く。その瞬間、風が変わった。

振り下ろした刃から放たれた一閃は、空気を震わせ、灰の舞う空間を真っ二つに裂いた。

だが、ミゼラの姿はそこにはいなかった。

「――ふふ。良い剣ね。けれど、まだ“響いて”ないわよ」

遠ざかる声。黒い霧が一気に広がり、辺り一帯を包み込んでいく。

「また会いましょう。メル・リーヴァ。貴女の剣が本当に“誰かを守れる”と証明できる日まで」

その言葉と共に、霧は消えた。

残された三人は、息を殺しながらしばらく黙って立ち尽くしていた。

やがてリリスが言う。

「……あれが、敵か」

「ええ。今のままじゃ……勝てない」

セリナがうつむき、ぽつりとつぶやく。

だが、メルは剣を見つめながら強く言った。

「それでも、私は……戦う。あの人の言った通り、もしこの剣に“願い”が足りないのなら、私はもっと願う。強く、深く、この世界を守りたいって」

その声に、誰も反論はしなかった。

彼女の覚悟が、剣を震わせていたからだ。

――黒喰いが目覚め、仮面の巫女が現れた今、戦いは新たな段階へと進んでいく。

その刃に込められた“願い”が、どこまで通じるのか。

すべては、これからの旅が証明する。
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