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飴玉の効果 6
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俺は男に言われた事を色々考えていた。
飴玉は効果のある本物だったか、ただの飴玉だったのか。少なくとも俺はあの時。効果があると信じて彼女を見つめた。
その結果、彼女と二回程目が合ったわけだ。
しかし。いきなり意味も無く見つめられたら。『何だ?』と気になるが普通であり。
彼女の中に俺を印象付けるだけならば、飴玉を使わなくとも単純に彼女を見つめた事によるものである事は否定出来ないのだ。
そして、そんな事で彼女が俺を好きになる事は無いだろう。
だが、彼女は趣味が違うのを知っていて、嘘をついてまで俺に合わせた。それは結局の所、彼女に意図しない力が働いた……と、いう事ではないのだろうかと思う。
つまり、少なからず飴玉の効果はあったのだ。彼女の心を不正に手に入れようとした時点で俺は卑怯者だ。
なのに俺は、自分を棚上げして。彼女に嘘を付かれていたと知って、距離をとってしまった。俺がもし、彼女の立場だったら。俺がやってる事は最低だ。
彼女の気を強制的に惹いておいて、いらなくなったら突き放す。甘やかした飼い猫を突然、野生に棄てる行為と同じなのだから。
俺は彼女に謝らなければならない。
余計に嫌われる結果になっても。ここで逃げるのは、きっと告白を避けるよりも最低な行為なのだから。
翌日の朝。
俺は、久しぶりに自分から篠原恵子に「おはよう」と挨拶をした。彼女は返してくれたが、どことなく素っ気なく感じた。
きっと既に嫌われたのかもしれない。
でも、その日の放課後。俺は、彼女の部活が終わるのを校門で待ったのだ。
夕日に染まる校門の前。篠原恵子は一人、校舎から歩いて出てくる。やがて俺に気付いたが、彼女は俺から目を反らした。
だが、俺はここ一番の勇気を振り絞って話し掛けたのだ。
「篠原さん。ちょっと話あるから、一緒に帰らない?」
「――――うん。分かった」
とてつもなく重い空気だ。
今までにない程、息が詰まりそうだった。それは、きっと彼女も同じなのかもしれない。だから、早く終わらせようと思った。
あの時と同じ様に。場所は違うけれど公園のベンチに俺達は座り、一層重くなる沈黙の壁を乗り越え、俺は声を絞り出した。
「俺、ズルをしたんだ!」「私、ズルをしたの!」
声は同時だった。
一体どれ程の確率なのだろうか。互いに発した言葉の中に、同じ『ズル』という言葉を含んでいる確率。それはきっと、宝くじを当てるようなものだろう。
だがきっと俺以上に、彼女は思い悩んで発した言葉だったのだと思う。何故なら、俺がこんな事を考えて口ごもった瞬間にも、彼女は迷いもせずに話を続けたのだから。
俺の言葉を遮る様に……。
「柏崎くんが私に興味持ってくれた事。私分かってたんだ」
「え?えぇ!?」
「私、ズルい方法で柏崎くんの心を手に入れようとしちゃった」
その意味する所を理解は出来なかった。
まさか俺が言おうとしてた事と、同じ様な事を言われるとは思っていなかったわけだし。
彼女のズルとは……おそらく、俺の趣味に合わせた事が、彼女なりのズルだったとでも言いたいのだろう。それは確かに、共通の趣味が嘘だったと知った時はショックだった。
だが。彼女は知らない。
ズルを行うに至る程、彼女が俺を好きになった事自体が。俺が誘導した結果だとは、彼女も思っていないのだろう。故に俺は言葉を失った。
その間に、彼女は尚も話を続ける。
「私、臆病だから自分の気持ちを伝えるのが怖かった。だから、柏崎くんの気を惹いて、私の事を受け入れてくれる事を確信してから、親密になろうとして近付いたんだ。
それでも自信なくて。更に嘘まで付いちゃったのだけど」
更に嘘までついて……と、言った時点で。嘘をついた事が、俺へのズルではないようだ。
ならば、彼女は何をしたと言いたいのだろうかと考えていた。兎に角。結局、互いに好きだったと言う事だろうか?
とりあえず俺は彼女の勘違いを正そうと口を開いた。
「違うよ!ズルしたのは俺の方で……本当は俺。篠原さんの事……」
「ううん。違うの。柏崎くんの私への気持ちは、私がズルしてそう仕向けた偽物の感情なの。
本当は柏崎くん、私の事なんて何とも思ってなかったと思う」
彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
その理由が俺には分からなかった。けど、その涙はとても儚くて……でも、すごく重い何かを背負ったモノな気がして。それから先の俺の言い分は物凄く力を欠いた、薄っぺらいモノだと自分でも感じた。
「違うんだって。篠原さんは何も悪くない。悪いのは俺なんだ……」
「ありがとう。もういいよ……柏崎くんは、最後まで優しすぎるね。それ以上は辛くなっちゃうよ。罪悪感で潰れちゃう」
彼女はそう言って走り去った。俺には何も喋らせてくれなかった。
いや。無理矢理でも引き留めて、喋る事は出来た筈なのだ。
だが俺は、土壇場で迷った。俺の彼女への気持ちが偽物だと言われてしまった事に。
今更。不思議な飴玉を使ったなんて、バカげた話を出せる雰囲気ではなかった。今の状況でそんなオカルト話は、余計に彼女を傷付ける気がしたのだ。
それに。本物か偽物かで言えば、それは俺の気持ちだけではない。
彼女の気持ちすらも、俺が作った偽物だったのかもしれない……と感じてしまった。いや。きっとそうなのだ。
強引に話をこじつけても。その先にあるモノが、二人にとって偽物ならば。幸せになれるのかも俺には分からなくなったのだ。
そして。俺達は日常へと戻った。
篠原恵子とは、挨拶を交わすだけの仲になり。そのまま時は流れて、三年になって。
とうとう俺と彼女はクラスも別々になった。
でも、確かに俺はあの時。彼女の気を引く事が出来たし、今の俺はそんな彼女を気にしなくなった。というか、気にしないようにした。
そういう意味では。あの飴玉は、やっぱり本物だったのだと思う。
でも、もし……あの時。
俺が飴玉に頼らずに、純粋に彼女と向き合えていたのなら。俺は自分の気持ちを信じる事が出来たのだろうか。迷わずに彼女を引き留められたのだろうか。
飴玉をくれた男は、結局あれの効果が本物なのか、偽物なのかまではハッキリと言わなかった。
だから、あの時の彼女の本当の気持ちなんて。飴玉を使ってしまった俺には、一生分からないのだろう。
男の言葉が脳裏に焼き付いていた。
〝人生なんて、幾つもの問題を解くテストだらけなのさ。
だが正解なんて無いし。間違いも無い。矛盾だらけでも、自分で答えを出す事に意味がある〟
つまり。
俺は、自分で答えを出す事から逃げた。情けない男なのだ。
飴玉は効果のある本物だったか、ただの飴玉だったのか。少なくとも俺はあの時。効果があると信じて彼女を見つめた。
その結果、彼女と二回程目が合ったわけだ。
しかし。いきなり意味も無く見つめられたら。『何だ?』と気になるが普通であり。
彼女の中に俺を印象付けるだけならば、飴玉を使わなくとも単純に彼女を見つめた事によるものである事は否定出来ないのだ。
そして、そんな事で彼女が俺を好きになる事は無いだろう。
だが、彼女は趣味が違うのを知っていて、嘘をついてまで俺に合わせた。それは結局の所、彼女に意図しない力が働いた……と、いう事ではないのだろうかと思う。
つまり、少なからず飴玉の効果はあったのだ。彼女の心を不正に手に入れようとした時点で俺は卑怯者だ。
なのに俺は、自分を棚上げして。彼女に嘘を付かれていたと知って、距離をとってしまった。俺がもし、彼女の立場だったら。俺がやってる事は最低だ。
彼女の気を強制的に惹いておいて、いらなくなったら突き放す。甘やかした飼い猫を突然、野生に棄てる行為と同じなのだから。
俺は彼女に謝らなければならない。
余計に嫌われる結果になっても。ここで逃げるのは、きっと告白を避けるよりも最低な行為なのだから。
翌日の朝。
俺は、久しぶりに自分から篠原恵子に「おはよう」と挨拶をした。彼女は返してくれたが、どことなく素っ気なく感じた。
きっと既に嫌われたのかもしれない。
でも、その日の放課後。俺は、彼女の部活が終わるのを校門で待ったのだ。
夕日に染まる校門の前。篠原恵子は一人、校舎から歩いて出てくる。やがて俺に気付いたが、彼女は俺から目を反らした。
だが、俺はここ一番の勇気を振り絞って話し掛けたのだ。
「篠原さん。ちょっと話あるから、一緒に帰らない?」
「――――うん。分かった」
とてつもなく重い空気だ。
今までにない程、息が詰まりそうだった。それは、きっと彼女も同じなのかもしれない。だから、早く終わらせようと思った。
あの時と同じ様に。場所は違うけれど公園のベンチに俺達は座り、一層重くなる沈黙の壁を乗り越え、俺は声を絞り出した。
「俺、ズルをしたんだ!」「私、ズルをしたの!」
声は同時だった。
一体どれ程の確率なのだろうか。互いに発した言葉の中に、同じ『ズル』という言葉を含んでいる確率。それはきっと、宝くじを当てるようなものだろう。
だがきっと俺以上に、彼女は思い悩んで発した言葉だったのだと思う。何故なら、俺がこんな事を考えて口ごもった瞬間にも、彼女は迷いもせずに話を続けたのだから。
俺の言葉を遮る様に……。
「柏崎くんが私に興味持ってくれた事。私分かってたんだ」
「え?えぇ!?」
「私、ズルい方法で柏崎くんの心を手に入れようとしちゃった」
その意味する所を理解は出来なかった。
まさか俺が言おうとしてた事と、同じ様な事を言われるとは思っていなかったわけだし。
彼女のズルとは……おそらく、俺の趣味に合わせた事が、彼女なりのズルだったとでも言いたいのだろう。それは確かに、共通の趣味が嘘だったと知った時はショックだった。
だが。彼女は知らない。
ズルを行うに至る程、彼女が俺を好きになった事自体が。俺が誘導した結果だとは、彼女も思っていないのだろう。故に俺は言葉を失った。
その間に、彼女は尚も話を続ける。
「私、臆病だから自分の気持ちを伝えるのが怖かった。だから、柏崎くんの気を惹いて、私の事を受け入れてくれる事を確信してから、親密になろうとして近付いたんだ。
それでも自信なくて。更に嘘まで付いちゃったのだけど」
更に嘘までついて……と、言った時点で。嘘をついた事が、俺へのズルではないようだ。
ならば、彼女は何をしたと言いたいのだろうかと考えていた。兎に角。結局、互いに好きだったと言う事だろうか?
とりあえず俺は彼女の勘違いを正そうと口を開いた。
「違うよ!ズルしたのは俺の方で……本当は俺。篠原さんの事……」
「ううん。違うの。柏崎くんの私への気持ちは、私がズルしてそう仕向けた偽物の感情なの。
本当は柏崎くん、私の事なんて何とも思ってなかったと思う」
彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。
その理由が俺には分からなかった。けど、その涙はとても儚くて……でも、すごく重い何かを背負ったモノな気がして。それから先の俺の言い分は物凄く力を欠いた、薄っぺらいモノだと自分でも感じた。
「違うんだって。篠原さんは何も悪くない。悪いのは俺なんだ……」
「ありがとう。もういいよ……柏崎くんは、最後まで優しすぎるね。それ以上は辛くなっちゃうよ。罪悪感で潰れちゃう」
彼女はそう言って走り去った。俺には何も喋らせてくれなかった。
いや。無理矢理でも引き留めて、喋る事は出来た筈なのだ。
だが俺は、土壇場で迷った。俺の彼女への気持ちが偽物だと言われてしまった事に。
今更。不思議な飴玉を使ったなんて、バカげた話を出せる雰囲気ではなかった。今の状況でそんなオカルト話は、余計に彼女を傷付ける気がしたのだ。
それに。本物か偽物かで言えば、それは俺の気持ちだけではない。
彼女の気持ちすらも、俺が作った偽物だったのかもしれない……と感じてしまった。いや。きっとそうなのだ。
強引に話をこじつけても。その先にあるモノが、二人にとって偽物ならば。幸せになれるのかも俺には分からなくなったのだ。
そして。俺達は日常へと戻った。
篠原恵子とは、挨拶を交わすだけの仲になり。そのまま時は流れて、三年になって。
とうとう俺と彼女はクラスも別々になった。
でも、確かに俺はあの時。彼女の気を引く事が出来たし、今の俺はそんな彼女を気にしなくなった。というか、気にしないようにした。
そういう意味では。あの飴玉は、やっぱり本物だったのだと思う。
でも、もし……あの時。
俺が飴玉に頼らずに、純粋に彼女と向き合えていたのなら。俺は自分の気持ちを信じる事が出来たのだろうか。迷わずに彼女を引き留められたのだろうか。
飴玉をくれた男は、結局あれの効果が本物なのか、偽物なのかまではハッキリと言わなかった。
だから、あの時の彼女の本当の気持ちなんて。飴玉を使ってしまった俺には、一生分からないのだろう。
男の言葉が脳裏に焼き付いていた。
〝人生なんて、幾つもの問題を解くテストだらけなのさ。
だが正解なんて無いし。間違いも無い。矛盾だらけでも、自分で答えを出す事に意味がある〟
つまり。
俺は、自分で答えを出す事から逃げた。情けない男なのだ。
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