【本編完結済み】朝を待っている

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第八章

44~side亮~

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 それから近衛財閥が有する大手会社へと向かった亮は、斎藤さんと一緒に受け付けへと向かい、母に来たことを知らせてください。と頼んだ。
 するとすぐさま母の秘書がやって来て、会長室までご案内致します。と恭しく頭を下げたあとエレベーターホールへと向かい、最上階まで昇り、【会長室】と金色のプレートが付けられた扉の前へと案内された亮。

 コンコン。と響くノックの音。

「会長、ご子息をお連れ致しました」

 静かにそう告げる秘書に応えるよう、

「入りなさい」

 と中から凛とした女性の声がする。

 その声に、ああそういえばこんな声だった。と亮はぼんやり思いながら、ガチャリと扉を開けてくれた秘書に小さくお礼を言って、中へと足を踏み入れた。


 広い部屋の、奥。
 大きな机とそれから専門書だろう書物がぎっしりと並ぶ大きな本棚だけの寂しい部屋のなか、窓の方を向いて立っていた亮の母が、くるりと振り返る。

 美しいブロンドのゆるくカールした長い髪。
 亮の瞳よりも鮮やかな、金色に近い瞳。

 綺麗に塗られた赤い口紅が美しく、まるでモデルのような気品さを漂わせながら見つめてくる母に、亮は冷や汗がじわりと背に浮くのを感じながらも、真っ直ぐ見つめ返した。


「……久しぶり、ね」
「……はい」
「……また、背が大きくなったんじゃないの、貴方」
「そう、ですね」
「……高校は、……いえ、そんな世間話はどうでもいいわね。貴方がわざわざ私に会いに来た理由は分かってる」

 ぎこちない会話を繰り返し、しかしそれからキュッと表情を引き締めた母が鋭く、静かに腕を組みながら呟いた。

「本郷家から縁談破棄のお電話があったわ」

 その言葉に、さすがにもう情報が回ってたか。と口をきつく結んだあと、しかししっかりと母を見つめ返した。


「はい、その事で来ました」
「どういう事なの」
「今朝、俺の方から本郷さんに連絡して、婚約破棄させてくださいと頼んできました」
「……やっぱり。あちらから双方が納得した上で決めた事らしいのだけれど私共も知らされていなくて、と平謝りされたけれど、貴方から言い出したのね」
「……はい。俺から言いました。それでもお互い納得した上で、というのは本当です」

 そうはっきりとした口調で言いきった、亮。


 ──太一が眠ったあと病院へ向かう前に電話をし、会う約束を取り付けた相手、それが“本郷聡子ほんごうさとこ”という許嫁だった。

 聡子は亮より三つ上で、生まれた時から既に決まっていた相手でもあり、歴とした名家のアルファで容姿端麗、優秀な才女である。
 しかし許嫁といっても顔を合わせるのは一年に一度か二度で、どこかへ一緒に出掛ける事はおろかろくに話をしたこともない、正に政略結婚というに相応しい関係性だったが、しかしそれでも亮は良いと思っていた。
 独身の間で適当に遊べばいい。そんな風にすら思っていた亮だったが、しかし今は太一という己の人生全てを捧げられるほどの相手と、出会ってしまった。

 だからこそ、ずっと聡子にはきちんと話をして殴られてもいいから婚約破棄をしてもらわなければと亮は常々考えていたが、しかし未だ何の覚悟も背負えない学生の身である自分がそんな事を言った所で到底受け入れてくれる訳はないと、せめて高校を卒業した時にきちんと話をしようと思っていた。

 けれども今、太一の状況は差し迫っている。

 いくら淳達が亮に怯え、もう太一に手を出したりしないと誓ったとはいえ、太一はもうあの家へ戻りたいとは思わないだろう。
 しかし他に身よりがないであろう太一は、きっとまたあの全てを諦めたような顔で笑って、高校卒業する頃にはなんとかアパート借りれるお金貯まるだろうし、それまでの数ヶ月我慢すればいいことだから平気だって。だなんだ言うに決まっている。
 しかしそんな事をそんな顔で言う太一を想像するだけで胸が張り裂けそうな程痛み、泣いてしまいそうになる亮は、絶対に太一にそんな事を言わせたくなくて。しかも今の今まで太一が家に入るまで見送った事が無かった為気付かなかったが、あの物置小屋でずっと生活していたのだろうと飛び込んだ時にようやく知り、だからこそむしろあの家へは帰せず、自身の家へ来たら良い。と亮は提案するつもりでいた。

 しかし家に一緒に住むとなると流石に今までのように自分だけの判断で決められるものではないと、亮も理解している。そして太一もなかなか首を縦には振らないだろうとも分かっているからこそ、亮は今日、まずは聡子に全てを伝え婚約を破棄してもらおうと、覚悟を決めてきたのだ。

 聡子の通う名門である女子大の前で待つ亮に、やって来た聡子は柔らかな笑みを向けて、珍しいですね。だなんて言ったが、亮の纏う空気があまりにも緊迫していたからか、一瞬にして表情を変えた。


「突然電話して、そして突然会いに来てすみません」
「……いえ」
「……あの、どこか場所を移しませんか」

 人が行き交う大学の前で言うにはあまりにも残酷すぎる。とそう提案した亮だったが、聡子はしゃんと背筋を伸ばし亮を真っ直ぐ見つめ、「いえ、こちらで構いません」と言いきり、凛とした出で立ちで亮の言葉を待つ。
 その美しさに、この人はこんなにも芯の通った綺麗な人だったのか。と今更ながらしっかりと向き合った気がした亮は、自身を恥じながらも、正直に全てを話した。

 魂の番いである人と出会った事。
 でも運命の相手だなんだを無くしたとしても、その人を心から愛している事。
 そして、その人の為に一日でも早く一人前の人間になりたいと思っている事。

 だから、貴女とは結婚出来ない。

 申し訳ない気持ちもありながら、それでもきちんと真っ直ぐ聡子の目を見てそう言った亮に対し、聡子は一言、

「分かりました。では、私たちの婚約は破棄しましょう」

 と言い切り、微笑んだ。
 それはとても穏やかな笑顔で、恥をかかされたと殴られる気でいた亮が呆けていれば、聡子はやはり柔らかく微笑んだだけだった。

「素敵な方と出会えたのですね。その方のお陰でしょうが、近衛様も見違えるほど素敵な殿方になられました。私の家には私からきちんと話をしますので、ご心配なく。その方と共に、素敵な人生を歩んでくださる事を願っていますわ」

 だなんてまたしてもとても美しい笑顔のまま、それでは。と呆気なく去っていってしまう聡子。
 その意外にも竹を割ったような性格の聡子に面食らった亮だったが、しかしその後去っていく後ろ背に深く深く、頭を下げ続けた。

 それから暫くし顔を上げた亮は、ピンと張った糸がぷつりと切れたかのようその場にへたりこみ、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになりながらも、決意を新たに立ち上がったのだった。





 そうして、病院へと向かう前に無事にとは呼べないかもしれぬが聡子との縁談を解消していた亮だったのだが、しかし今度は最大の難関である親の説得だ。と、自分をじっと見つめ黙ったままの母を前にし、息を吸った。
 そしてそれから、ぐっと拳を握りながらゆっくりと口を開いた。


「……俺は、本当はずっと、アルファになんか生まれたくなかったと思っていました」


 ──しん。と静まり返った部屋にこだまする、亮の声。
 その言葉に、僅かに母が息を飲んだのが分かる。
 けれど、今まで思ってきた事、感じてきた事を全てきちんと伝えなければ到底自分の本気を分かってもらえないと、腹を括ってこの場に来たのだ。と亮はもう一度、深呼吸をした。

「他の子よりも何不自由なく育てて頂いたというのは、分かっています。ですが、どれだけ勉強やスポーツを頑張っても周りからアルファだから何でも出来て当たり前だと思われる事も、羨望の目がだんだんと濁って嫉妬に変わるのも、俺にとっては苦痛でしかありませんでした。そして、斎藤さんとか、たくさん俺のために働いてくれる方々は居ましたが、それでもずっと、広い家に自分一人でポツンと立ってるみたいで、悲しかったんです……」


 ……そう、ずっと俺は、悲しかったんだ。

 こんな事を高校三年生になって言葉にするなんて情けないし恥ずかしい事かもしれない。
 それでも、自分の胸にぽっかりと空いていつまでも埋まらなかった穴の正体が言葉にする事でストンと自身の胸に落ちてきたようで、亮は目を伏せながら、己のガキ臭さに小さく笑ってしまった。




 
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