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それからの二人
同棲初日の話2
しおりを挟むカランカラン。と扉に付けられた鐘が鳴る音と共に、ありがとうございました。という店員の声が二人の背に届き、太一はぺこっとお辞儀をしてから、亮に続いてカフェから出た。
燦々と陽が降り注ぐ、穏やかな休日の昼下がり。
準備をし家を出て、マンションのすぐ側にある今しがた出てきたカフェで二人は朝食兼昼食を取ったあと、寒空の下でこれからどうしようかと顔を見合わせた。
「とりあえず、買い物する前に龍之介の家寄ろっか」
そう問いかけながら、龍之介に今から行くって言っていい? だなんて携帯片手に聞いてくる亮。
その言葉に、お腹一杯だなぁ。なんて腹をさすっていた太一も、そうだな。と頷く。
それから、ていうかそういえば龍之介の家に行くの初めてだ。なんて考えていれば、目の前に見慣れた高級車が停まり、太一は亮を見た。
「……お前、わざわざ斎藤さん呼んだのかよ」
「え、うん。駄目だった?」
「……いや、駄目っていうか……」
亮の言葉に言い淀みながらも腕を組み、何か引っ掛かる事があるのか唸っている太一。
その姿に、変なの。だなんて亮が笑いながら後部座席に乗り込み、ほら太一も早く。だなんて急かし、そんな亮の声に押されるよう、太一も気まずげな顔をしながらも結局はおずおずと車に乗り込んだ。
「太一さん、おはようございます」
「あっ、おはようございます」
「昨夜は寝れましたか?」
「え、あ、はい」
「そうですか。その言葉を聞いて一安心しました。あんな何もない部屋で寝るなんてと心配しておりましたもので」
斎藤さんがミラー越しに太一に微笑みかけ、しかし斎藤さんの言葉を聞いた亮が小さく呻きばつが悪そうにしているのが分かり、そういや昨日なんか怒られてたなこいつ。と太一は不思議そうな顔で亮を見た。
そうすれば太一の耳に顔を寄せ、
「……近衛家の名に恥じぬよう、いついかなる時も相手を尊重し先を読みながら行動してくださいねって、小さい頃から口酸っぱく言われてたんだ。だから俺が計画性もなく太一をベッドも何もない部屋に連れ込んだのが粗野すぎるって昨日怒られちゃって……」
なんて申し訳なさそうに小声で説明し、本当にその通りすぎてなにも言えない。と項垂れつつ、ごめんね。と太一の手をぎゅっと握ってくる亮。
その叱られた子犬のような顔が可愛らしく、しかし斎藤さんに当然のように自分達の関係が一部始終伝わっているという気恥ずかしさに顔を赤くし、……あ、ぅ、と呟いた太一だったが、それでもきゅっと手を握り返したのだった。
***
それからなんとも言えない空気が漂うなか龍之介の家に着いた二人は、斎藤さんにお礼を言いながら、車から降りた。
そこにあったのはとても大きな日本家屋で、正に旧家と呼ぶに相応しいほどの外観に太一が目を見開いていれば、龍之介へと電話を掛けた亮。
そこで短い会話をしたあとピッと電話を切り、それから程なくして頑丈な門扉が開き、まだ寝ていたのかボリボリと寝癖の付いた髪の毛を掻いてやってきた龍之介が、おぅ。と手を上げては、まぁ入ってよ。なんて言いながらまた中へと戻っていく。
その、いつも見ているアホで呑気な龍之介が門から家へと続く神々しいアプローチを歩いているというアンバランスさに、違和感ありまくるんだけど。と太一は未だに目を見開く事しか出来ず。
そんな太一の顔を見ては小さく笑った亮が、ほら、行こうよ。と太一の手を引いた。
「近衛様、お久しぶりでございます」
「そちらの方は、」
龍之介が玄関の美しく細工が施された引き戸を開ければ、使用人なのか和服を着た女の人達が二人を見ては笑みを浮かべ出迎えてくれる。
その恭しさにビシッと身を固くする太一にまたしても亮が小さく笑い、お久しぶりです。と頭を下げていて、しかし当の龍之介はというと、
「こっち太一。友達」
だなんてへらっと笑って太一を紹介するばかりだった。
「お、おじゃまします! 坂本太一です!!」
緊張からどもりながらも太一が風を切る勢いでお辞儀をし返せば、目を瞬かせたあと、「坂本様でございますね」と微笑まれる。
それに、……さ、さまって……、はは……。なんて太一はまたしても違いすぎる世界に、一人呆けてしまった。
そうして未だ緊張しながらも龍之介の後に続いて長い長い廊下を歩いていれば、不意に亮がこそっと耳打ちをしてくる。
「龍之介の家ってなんか緊張するよね」
だなんて囁いてくる言葉に、お前も!? と亮の家だってかなり広く豪華なのにと太一が驚いていれば、当たり前でしょ。こんな家滅多にないよ。と笑ったあと、
「まぁでも皆優しくて良い人たちだよ」
なんてポンッと背中を叩き、だからいつまでも緊張しなくて良いよ。とフォローされ、いやそれお前が言う事? と思いつつも太一もつられてふっと笑ってしまった。
「亮と太一来たよ~」
なんて言いながら自室の扉を開けた龍之介。
それに、誰か居んの? と覗き込んだ太一の目に映る、見慣れた顔。
龍之介の部屋に泊まっていたのか、布団が敷き詰められた部屋のなかに居たのはお馴染みの優吾と亘と明で、未だ眠いのか屍のように布団の上にくたりと沈んだままの皆の姿に、太一はぶはっと吹き出してしまった。
「はいはいどいて~。……いや寝んなよ! どけってば」
扉のすぐ側にいた亘が、どいてと言われたにも関わらず一度顔をあげたかと思うと、またすぐに布団に沈む。
それを見た龍之介が亘のでかい図体を煩わしそうに足の爪先でげしげしと突きながら、通せって。と笑い、その攻撃に唸り声をあげながらごろごろと転がっていく亘。
そうすれば隣にいる優吾にぶつかり、……うざいって。なんて優吾からも蹴られている亘に、太一も亮もいつもの景色だなと声を出して笑ってしまった。
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