【完結】愛らしい二人

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番外編

その後 5

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 ノアが妊娠していると発覚してからというもの、元来世話焼きで面倒を見たがるシュナのその過保護さは更にエスカレートし、安静にしないとって言われただろう。なんて言ってはノアが出歩きたい時は常に抱き抱え、トイレや風呂までも、絶対に一人で歩かそうとはしなかった。

 そしてノアに寄ってくる人々に対して常に目を光らせており、談笑している際にノアの腕を軽く叩こうものなら威嚇するよう喉を鳴らしてノアを抱き締め遠ざけ、誰かが愛情を示そうとノアを抱き締める時ですらこの間のテアのように強く抱き締めすぎないかと、見つめるばかりで。
 そんなシュナに呆れ、『シュナさん、やりすぎです。ちょっと歩いたくらいで俺は死にませんし赤ちゃんも無事です。それに皆に酷い態度を取っちゃ駄目ですよ』だなんてしっかり注意しながらも、ノアはシュナのその愛情に最終的には瞳を蕩けさせ、幸せそうに微笑んだ。

 そのシュナの態度にも、群れの皆はノアが妊娠すればシュナがとても保護的になる事など想定内だったらしく、やれやれと呆れつつも、優しく見守ってくれていた。


 そうして何事もなく幸せに過ごしていたものの、しかしノアは酷いつわりに苦しんでいた。
 何かを食べればすぐに吐き、体がだるく体調が悪いと、常に顔色を蒼白くしてはベッドで寝込む事が続く日々。
 そんなノアにシュナは心配でおろおろとしながらも、ひたすらに背中を擦り、腰を撫で、神経質になってノアが理不尽に怒りっぽくなれば俺が悪かったと言って謝り、抱き締めあやした。
 その献身的で甲斐甲斐しいシュナに、ノアは気分が戻れば怒ってごめんなさいと謝り、いつもありがとうとシュナを愛情込めて抱き締め、妊娠初期の辛い時期を愛でまみれながら、二人は何とか乗り越えた。



 ──そんな日々を過ごし、ノアが妊娠してから早数ヵ月。
 ようやく体調が安定してきて、体は重いままだがつわりが随分と良くなり、ノアのお腹がぽっこりと膨らみ始めた頃。
 シュナは変わらずの過保護さを発揮しているものの、その温かさがやはり幸せだとノアはベッドヘッドに背中を預けては、微笑んでいた。

「ノア、果物持ってきた。みかん剥くか?」

 だなんて小屋に入ってきた途端にそう話すシュナにぷっと吹き出し、いえ大丈夫です。と微笑んだノアが、こっちに来て。と手を伸ばす。
 そうすればノアの為にと夕食後果物を取りに行っていたシュナはすぐに駆け寄りベッドに登って、そっとノアの頬と鼻にキスをしてから微笑み返した。

 夕食が終わり、各々小屋で眠る前の一時を楽しんでいるのだろう群れは、心地好い夜に浸っている。

 季節はすっかり蒸し暑い夏を越え段々と涼しくなっており、窓から入り込む風は少しだけ肌寒く、ノアは抱き締めてくるシュナの腕の中でほぅと甘い吐息を溢しては、肩に頬を押し付けた。

「シュナさん、愛してます」
「俺も愛してる。ノア」

 変わらず愛の言葉を交わし、ふふっと微笑む二人が、こつんと額を合わせ穏やかに見つめ合う。
 シュナはそっとノアのお腹に手を当て膨らみを撫でては、やはりノアのお腹の中に赤ちゃんが居るその神秘さに圧倒されながらも、もう一度恭しくノアに口付けをした。

「きっとシュナさんに似た子ですよ」
「……お前が言うならそうかもな」
「はい」
「産まれてくるのは三月か……」
「待ち遠しいですね」
「あぁ」
「……無事に元気に産まれてきてね」

 シュナの手の上からそっとノアも自身のお腹に手を当て、瞳を伏せながらお腹の赤ちゃんに向かって話しかけている。
 その小さな手の感触と優しい言葉にシュナはやはり表しきれない程の幸福さとノアの美しさに目を細め、穏やかに微笑みながらもう一度そっとキスをした。

「ふふ、」
「ノア、愛してる」
「俺も愛してます」

 まるでそれだけしか言えないのではないかと思うほど一日中二人は愛を囁き合い、それからシュナはゴソゴソと毛布の中に潜り込み、ノアのお腹にぴたりと耳を当てた。

 それはここ最近シュナの日課になっている行為で、始めのうちは恐る恐るといった様子だったが、今ではすっかりご機嫌でノアの腹にぴったりと耳を押し付けては赤ちゃんが動くかどうかを待っている。

 その様子は、さながら子どものようで。

 そんなシュナにノアは穏やかに微笑み、お腹の上にあるシュナの髪の毛を撫でては、お父さんが待ってるよ。とお腹の赤ちゃんに囁いたのだった。




 ***



「うん、今のところ順調だね」

 定期検診に麓の小さな病院へと訪れていた二人は、エコー検査で赤ちゃんの状態を見たあとにっこりと微笑んだ医者に安堵の息を吐き、手を握り合った。

「赤ちゃんは順調に大きくなってるね。ノアの方は体調はどうだい?」
「つわりも治まって、だいぶ楽になりました」
「そうか。良かった良かった。でも貧血の数値が出てるから、油断しちゃ駄目だよ」
「はい」
「うん。性別が分かるが、知りたいかい?」
「「っ!」」

 医者の言葉に二人がピクリと体を跳ねさせ、見つめ合う。
 それから熱心にこくこくと頷く二人を見て、医者は笑いながらもゆっくりと口を開いた。

「多分ね、女の子だよ」

 多分、というのはきっと男児の小さな性器の形が見られないからであり、希に赤ちゃんの股の間に隠れていて見えなかったというケースもあるからだろうが、ほぼ女の子だろうね。と医者が微笑む。
 その言葉に二人はやはり顔を見合せ、女の子。と目を輝かせては頬を薔薇色に染めた。

 ……女の子。ノアのお腹のなかですくすくと育っている、俺達の子ども。

 そうシュナが歓喜で息を詰まらせ、握っていたノアの手を更に強く握り締める。
 そんなシュナの気持ちと一緒なのか、ノアも涙を浮かべては微笑んでいて。
 それがやはりとても美しく、ありがとう。と呟いたシュナはそっと額にキスをした。


 そうして無事に検診を終えた二人は、次の検診の予約をし、群れへと帰った。
 群れの皆もシュナ達同様に二人の赤ちゃんを待ち望んでおり、検診では何の問題も無かったのかと聞かれる事がほぼで。
 歩く度にそう聞かれる事に多少食い気味で大丈夫だと返すシュナは、すぐにノアを小屋の中へと連れ込み、ノアの為に作った椅子に座らせた。

 それは美しい木の椅子で、座る場所や触れる場所全てが羊毛に覆われふかふかとし温かく、体を冷やしてはいけないという医者の言葉を聞いてすぐにシュナが作った椅子である。
 それにノアをしっかりと座らせたあとブランケットを膝の上に掛けたシュナはようやく満足したのか一度頷き、それからノアの前にそっと跪いては、手を握った。

「ありがとう、ノア」
「ふふ、はい」

 すり、と指を撫でながら感謝を呟くシュナに、もう何度も聞いている。と言わんばかりにクスクスと笑いながらも、ノアが頷く。
 ほわりと朱色に染まる頬が愛らしく、シュナは少しだけ身を乗り出してノアのその頬に口付けたあと、やはりいつものようにぴたりと耳をノアのお腹に当てた。

「女の子か、ならお前に似ると良いな……」
「どうしてですか。俺はシュナさんに似て欲しいです」
「俺に似たら無愛想に見える顔になるだろ。その点お前みたいに柔らかくて可愛くて綺麗な顔になれば、完璧だ」
「っ、ばか……」

 恥ずかしげもなく賛辞を寄越すシュナに、ボンッと顔を赤く染め、シュナの肩に腕を回すノア。
 しかしそれからシュナの顔を掴んで上を向かせ、ノアはふわりと微笑んだ。

「シュナさんに似たら、綺麗で、力強い瞳が印象的な美人になりますよ」

 シュナさんがそうなんだから。と囁いては身を屈め、ノアがシュナの薄い唇に肉厚の唇を押し付ける。
 その唇は何年経とうがシュナの息を殺すほど魅力的で、甘く。
 ふにっと触れるノアの唇の感触にシュナは魅了されたまま、そっとノアの顔に手を伸ばした。

「……愛してる、ノア」
「俺も愛してます、シュナさん」

 優しく囁いたシュナの指が、何よりも大事だ。と言うようにノアの頬をすりすりと撫でていく。
 その指に自らもすりっと頬を寄せ、ノアもうっとりと目を閉じては囁いた。





 ──ノアとシュナが変わらぬ、むしろそれよりもより強固になった愛に微笑みながら慈しみ合い、日々を過ごしてから、二ヶ月後。

 季節は本格的に冬になり、ノアのお腹もとても大きくなってきた頃。
 パチパチと暖炉の火が優しく灯る小屋の中は、産まれてくる赤ちゃんの為に用意した物や皆がくれた物で溢れ返っていた。

 シュナがリカードと一緒に作った、ベビーベッド。
 ウォルが描いてくれた、独創的で美しい絵。
 テアとアストルが作ってくれた、ドライフラワー。
 そしてロアンは何やかんやと料理を作ってはほぼ毎晩持ってきてくれ、他にも群れの皆が赤ちゃんを心待ちにしている事がノアはとても嬉しく、シュナが作ってくれた椅子にゆったりと座りながら、編み物をしていた。

 それは、ノアの義母であるシュナの母から習い貰った、かぎ針で。

 それで産まれてくる赤ちゃんの為に帽子を作ろうとせっせと編み物をしていたノアは、小屋の扉が開きシュナが数日掛けて何時ものように物を売りに出掛けていた街からやっと帰ってきた事に目を輝かせたが、しかしその手にどっさりと子ども用のオモチャが握られていることに、目を見開いては椅子から立ち上がった。

「ただいまノア」
「……シュナさん、なんですかそれ」
「ん? 街に行ったからな。買ってきたんだ。こっちは転がして遊ぶ物で、こっちは手指の運動に良いらしい。それでこっちは、」
「そうじゃなくて、前回もでしたけど、街に行くたんびにこんなに沢山買ってきてどうするんですかって意味です!」
「え、」
「置くスペースだってないですよ! それに、これなんかこの間買った物の色違いってだけじゃないですか!」
「あ……、いや、でも、」
「でもじゃない!」

 腰に手を当て、赤ちゃんの為だからってこれはいくらなんでも買いすぎです! とプリプリ怒るノア。
 そんなノアに、シュナは途端に叱られた子犬のよう眉と唇の端をへにゃりと下げ、……ごめん。と呟いた。

 それが本当に可哀想で、普段は凛々しく堂々としているシュナのその情けなくも愛らしすぎる姿にノアは困ったよう笑い、溜め息を吐きながらシュナの腕からオモチャを取ってそっと机の上に優しく乗せたあと、ぎゅっとシュナに抱き付いた。

「待ち遠しいのは分かりますけど、でもまだ先ですし、このオモチャを使えるのも先ですよ」
「……そうだな」
「もう今後街に行ってもオモチャを買ってくるのは禁止ですからね」
「……なら作るのは?」
「……あはっ! それなら、まぁ、はい。許してあげます」
「そうか」

 ノアから、お手製の物なら良い。と許可がおり、そうか。と嬉しそうに呟いたシュナが頭のなかで、何を作ってあげようか。と考えている事など丸分かりな表情をする。
 それに、産まれてくる前から子煩悩だ。とノアはまたしても呆れたような顔をしながらも、クスクスと笑った。


「……ノア」
「はい?」
「まだお帰りなさいって言われてない気がするんだが」
「っ! あはは、ごめんなさい」
「……」
「お帰りなさい、シュナさん」
「うん」

 お帰りと言ってもらえ満足げに頷いたシュナがそれから、ノアが暖かい部屋の中とはいえ少しだけ薄着なのに眉間に皺を寄せたかと思うと、すぐにベッドの上にある毛皮を手に取った。

「大事な時期なんだから冷やすな」
「ふふっ、はい」
「よし」

 モコモコとした毛皮でノアを包んだシュナが小さく微笑み、額に柔らかいキスをする。
 それに片目を瞑ったノアは尚もクスクスと幸せそうな笑い声を上げたあと、そうだ。と瞳を輝かせた。

「シュナさん、今からあそこに行きませんか?」
「今から?」
「はい。バゲット持って、スープは水筒に入れて、外で食べましょうよ」
「……でも、もう外は暗いし万が一お前が転んだら……。それに、寒いぞ」
「転びませんよ。でもそれでも心配ならシュナさんに抱っこさせてあげます。それに、毛皮持っていけば温かいし、シュナさんが抱き締めてくれるでしょう?」

 そう言っては、抱っこさせてあげます。と得意気な顔で笑うノア。
 それは出会った当初拒否をしてきた姿とは、まさに正反対で。
 随分とまぁ甘やかされた顔をするようになったな。だなんてシュナは小さく笑いながらもそれが誇らしく、なら遠慮なく。と毛皮ごとノアを抱き抱え、小屋を出た。


 それから二人はバゲットとスープを持っていつもの花畑へと向かい、ノアは道すがらシュナに抱っこされ上機嫌に鼻歌を歌っていた。

 そして二人は、寒く、だがとても澄んだ星空の下、ぴたりと寄り添っては産まれてくる子どもの事について、ずっとずっと話をした。
 そんな二人の穏やかで幸せに満ちた声だけが、梟が鳴く森にただただ穏やかに響いていた。




 
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