ああ、マイダーリン!

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第一章

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 命の恩人であるスーパーヒーローと再会出来たかもしれない。と心踊らせた翠は、お礼言いそびれたし帰りに待ち伏せでもしよう。と意気込んでいたのだが、それは流石に引くだろ。と言う圭と稔によって阻止されてしまい、それなならばと翌日、人もまばらな早朝の駅に一人ぽつんと立っていた。

 帰りが駄目なら、翌朝偶然を装って声を掛けよう。

 というなんとも安直な、しかし本人にとってはどうしたものかと一晩中考えに考えた結果であるようで、そんな間抜けで若干の執念染みた想いで翠は始発から駅に立っているのである。

 なぜ始発から待っているのかというと、昨日はたまたまあの時間帯の電車に乗ってたとしたらその時間に行っても会えないし、なら始発から待てばいいや。というやはり安直な考えでしかなく、しかし改札から来る人をくまなくチェックしている翠。
 だがやはり当たり前だがこんな朝早くから来る訳もなく、しかもあの高校生がこの駅から乗ってくる可能性の方が低いというのにそれは考えつかなったらしい翠は、けれども嬉しそうにずっとずっと、ただひたすらに待っていた。


 ──秋といえどもう肌寒く、すらりとした美しい鼻の先をちょこんと可愛らしく赤く染めた翠が、小さく鼻を啜る。
 宝石のような淡い水色の瞳を縁取る長いプラチナの睫毛は朝露に濡れたかのようにしっとりと可憐で、紅を乗せたような綺麗な唇を時折寒さで開いたり結んだりするその様は実に美しく、通り過ぎて行く人々は皆陶酔したようにその姿を見ていた。


 そうして一時間、二時間と過ぎ、人が増えてきた駅内はあっという間に混雑を見せ始め、もはやこの中であの高校生を見つけることは無理かもしれない。と翠が辺りをキョロキョロと見回し溜め息を吐いた、その時。

 雑踏の中から不意に、昨日聞いたあの凛とした声がした。


 その声のする方へとバッと顔を向ければ、どうやら何か落とし物をしたらしい人に声を掛け、共に探してあげているようなあの高校生が居て。
 翠はドクンッと鳴る心臓を感じながら、絶対あの男の子だ! と胸をときめかせた。

 それからすぐに落とし物は見つかったのか、お礼を言う人に同じよう頭を下げながら、電車を待っている、高校生。
 長い前髪と眼鏡のせいで表情は良く見えず、それでもその落ち着いた佇まいと真っ直ぐ伸びる背筋に、翠はポーッと見惚れたまま、声を掛けようとした。

 だがそこでふと、いやでも突然隣のバカ校の生徒に話しかけられるなんて嫌かなぁ。それに、いつもこんな風に人助けしてるなら俺の事なんて覚えてないだろうし。だなんて一度見れば絶対に忘れられる事などない様な美貌の持ち主のくせそんな事を考えた翠は、声を掛けていいのか駄目なのか分からず、うんうんと唸りながら、いつの間にか人混みに押されふらふらと歩いていた。


「えっ、あ、キャアァッ!」

 突然隣で女性の悲鳴が聞こえた翠が、ハッと顔を上げる。
 その悲鳴はどうやら翠を見て発せられたようで、気付けば線を越えていた翠は、ホームへと転落してしまいそうになっていた。


 ──あっ、やば。

 そう翠が思った、その瞬間。
 グイッと後ろから強く腕を引かれ、ふらりと体が揺れた。

 え、と思ったと同時に、トンッと腕を引いた人に体が優しく触れ、慌てて顔を反らして見れば、そこにはなんとあの高校生が立っていた。


「……大丈夫ですか」
「っ、え、う、あ……、」

 目の前にその高校生の顔があって、髪の毛と眼鏡の奥から覗く一重の目に見つめられた翠が、ハッと息を吐く。

 その瞳は記憶のなかのあの少年と全く同じで、まるで発光しているかのようにその高校生の姿が輝いて見えた翠は、突然の動悸と息切れに見舞われながら、目を見開いて固まってしまった。


「……あの、」

 腕を引かれた体勢のまま顔だけで振り返ったかと思うと微動だにしない翠に、気まずげに高校生が声を掛けてくる。
 だがその瞬間いつの間にかホームへと入ってきていた電車が閉まり通り過ぎて行ってしまい、その高校生は、あ。と声を上げた。


 その声にようやくハッとした翠は慌てて距離を取り、それから深々と頭を下げた。

「ごごごごめんなさい! あのっ、俺のせいで電車、あっ、それに昨日も今日も迷惑かけてっ、俺っ、」

 申し訳なさや恥ずかしさなどの感情が一気に押し寄せ、しどろもどろになりながら謝る翠。

 ……ほんと何やってんだ俺。迷惑ばっかかけて。

 そう翠が泣きそうになりながら、駅のガムが張り付いている汚い床を見る。
 だがそんな翠に、高校生はけろっとした声で言った。

「大丈夫です。電車なんて待ってればまた来ますから。むしろ助けられて良かったです。それより昨日のって、俺の事覚えてくれてたんですね。あのあと大丈夫でしたか?」

 事も無げに言ってのけ、そして昨日の心配までしてくれるその優しさに翠が顔を上げれば、眼鏡の奥の瞳や顔がやはりあの少年そのもので、翠は全身が熱くなり、顔が赤くなってゆくのを感じた。


「あれ、顔が……。もしかして風邪引いてます?」

 翠の赤面を熱だと勘違いしたのか、先程よりも心配そうな顔をした高校生が、翠の顔を覗き込む。
 その距離の近さに益々心臓はドコドコと鳴るばかりで、翠は本当に熱が出ているのではと言いたくなるほどプシューッと頭から湯気が出るような感覚に陥り、こ、これ、なに!? と一人焦ってしまった。

「大丈夫ですか? ちょっとあっちで休みましょう。歩けますか?」

 ふらっと体を揺らし顔を赤くしている翠に、本格的に風邪だと勘違いしたその高校生が遠慮がちに、けれど優しく翠の腕を取る。
 その掌が記憶の頃よりも当たり前だがずっとずっと大きくて、それでも変わらず温かく、翠は何故だか泣きそうになってしまった。

「だ、だいじょうぶだから……、気にしないで」
「いやでも、」
「ほ、ほんとに大丈夫だから、ありがと、ごめんね」
「……」

 俯き、目元を潤ませズビッと鼻を啜りながら言う翠に、そんな訳ないだろうと無言で見つめてくる高校生。
 その真っ直ぐな眼差しにやはり胸が詰まってしまい、翠はぎこちなく笑みを浮かべながら、本当に大丈夫だから。と呟いた。

 自分でも、なぜこんな感情になっているのかも泣きたくなるのかも分からない翠が気を立て直すよう一度深呼吸をし、未だに納得のいっていない様子の高校生に話題を変えるよう、パッと表情を明るくしながら声を上げた。

「あっ、あのっ!」

 翠が勇気を振り絞り、昨日も今日も迷惑かけたし、お詫びさせて欲しい! と言おうとした、瞬間。
『まもなく電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください』というアナウンスが流れ、翠はあっと表情を曇らせた。

 それから程なくしやって来た電車を指差して、翠は笑った。

「っ、の、乗らなきゃね!」
「え? いや、本当に体調大丈夫ですか?」

 自分が遅刻しようがどうしようが気にもしないが、流石に相手まで遅刻させるのはと焦る翠を他所に、高校生は未だ翠の心配をしていて。
 その優しさにやはり翠はギュンッと心臓を鷲掴みにされる感覚に陥りながら、「本当に大丈夫だから! めっちゃ元気だよ! アハハ!」だなんて空回りの勢いで笑った。


 そうして二人して乗り込んだ電車はちょうど通勤時間帯であり、ひどく混雑していて。

「……大丈夫ですか?」

 だなんて、出会った時も、そして昨日も今日も、今も尚、大丈夫ですか。と声を掛けてくれるその高校生に、翠はもう心臓が痛くて狂いそうだ。と小さく息を吐いた。

 壁側に居る翠を守るよう腕で囲いながら、至近距離で見つめてくるその格好良さと優しさに、翠はやはりひたすらにドキドキとしたまま、胸元で抱えている鞄をぎゅうっと抱き締めつつ、コクコクと頷いた。

「だ、大丈夫。迷惑ばっかかけてほんとごめんね」
「迷惑だなんてかかってませんよ。本当に体調大丈夫ですか? 苦しくないですか?」

 そう言いながら見つめてくる高校生は翠を虚弱体質だと思っているのか、それとも常に誰にでもここまで優しいのか分からないまま、翠はやはりどもりながら大丈夫と返事をした。

 揺れる、電車内。

 その度に少しだけ近寄る体にドキドキとして息苦しく、それでも、何か話したい。と翠は意を決して、口を開いた。




 
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