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しおりを挟む「あ、雫くんから返信きた!」
「……」
──唯が雫と出会ってから、二週間ほど過ぎた頃。
すっかり二人は仲良くなったのか休日にも連絡を取り合うほどになっており、昼食後唯の家でダラダラと過ごしていた時にその言葉を聞いた煌は、微かに眉間に皺を寄せた。
リビングのソファで寄り添いながら、唯のお気に入りのアニメを観ている、二人にとって至福の時間。
その時間に水を差された煌が、しかし唯の気を引くよう、そっと唯の髪の毛を撫でた。
「ん? んふふ、なぁに、煌くん」
優しく髪の毛を撫で、耳の裏を擽り、すりすりと頬を擦ってくる、煌の指。
その動物を愛撫するような柔らかな触れ合いに唯が擽ったそうに笑いながらも、携帯を置いて煌の胸に顔を寄せた。
「ふふ、煌くん、大好き」
「俺もだよ」
「えへへ、……ふぁぁ、」
「唯、お昼寝する?」
「……うん」
低く甘い声で優しく囁く煌に、撫でられる心地好さにうっとりとした表情をする唯がぽつりと呟く。
そんな唯に煌は笑いながら、唯の可愛らしい旋毛にキスをした。
「じゃあ唯の部屋行こうか」
「っ! 良いの!?」
「あぁ」
煌の言葉に途端に目を見開き体をガバッと起こした唯が、キラキラとした顔で煌を見る。
このままソファで一緒にお昼寝するつもりだったが、まさか部屋でなんて! と珍しく煌から誘ってもらえた嬉しさに、はしゃぎながら立ち上がっては手を差し出す唯。
「早く!」
そう急かす唯のキラキラと弾けた眩しい笑顔に促され立ち上がった煌は、テーブルの上に置かれた唯の携帯をちらりと見ては微笑み、唯の小さな手を優しく握った。
「っ、よし、バッチリ!」
いそいそとベッドの上を慎重に整え、クッションやブランケットで囲った丸い空洞を作り終えた唯が、満面の笑みで振り返る。
大きな瞳は期待に溢れ、興奮した頬は赤く染まり、えへへ。と笑う唯の愛らしさ。
それに煌が息を飲み、それから褒めるよう唯のふわふわな髪の毛を撫でた。
「凄いな、唯」
「えへへ~」
昔から家族に、そしてそれよりもさらに煌からベタベタに甘やかされてきた唯が、些細な事でも褒められる事を当たり前に、だが嬉しそうに受け止める。
それからキラキラとした瞳を煌に向けたあと、唯はゆっくりと目を閉じた。
途端、唯の体が徐々に変化していき、しゅるしゅると小さくなっていく。
そしてとうとう着ていた服の中に隠れてしまうほど小さくなったあと、ぽふっとその中からヒヨコが顔を出した。
「ピッ! ピィッ!」
ニコニコと目を細めてピィピィと鳴き、羽をパタパタとさせるヒヨコもとい、唯。
その愛くるしさに煌は堪らず破顔し、しゃがみこんで唯の柔らかく小さな体を撫で、それから自身も目を閉じた。
その瞬間、唯の時とは違い、バキバキと関節が激しく組み替わる凄まじい音が辺りを裂く。
そして煌が少しだけ苦しそうに口をはくはくとし始め、しかしその呼吸は次第に、グルル……、という深い唸り声へと変わり、いつの間にかその姿は鋭い瞳が爛々と光る、大きな灰色の狼へと変化した。
「ヴゥ……」
ハッ、と息を吐きながら、舌をだらりと一度出す狼こと、煌。
優雅でしなやかな体は屈強で、艶々とした毛並みで覆われた太い尻尾をバタンバタンッと床に打ち付けながら二人分の服を雑に払いのけたあと、煌は顔を下げた。
煌のギラギラとした瞳と、唯のうるうると光る瞳が落ち合い、ピィッと唯が笑顔で鳴けば、煌は鼻息荒くしながら長い舌で唯をベロンと舐めた。
「ピッ、ピィ、ピヨッ」
一舐めで全身べちゃべちゃになった唯が抗議の声をあげるが、煌は構うことなく楽しげにザリザリとした舌で唯の体を丁寧にグルーミングし、それから満足したのか唯の体を傷付けぬよう慎重に口に咥えたあと、ヒョイッと軽やかにベッドの上に飛び乗った。
そして唯が丁寧に作った円の中に煌がそっと身を倒し唯を優しく離せば、唯はすぐさま丸まった煌の足と腹の間に潜り込み、ピィピィと嬉しそうに鳴いた。
──昔から一緒に眠っていた二人だったが、今は求愛中のため、アルファとオメガが一緒のベッドで寝る事など到底許されておらず。
それに唯はひどく悲しみしばらく毎晩泣いてしまっていたのだが、そんな状況をどうにかしようと煌が必死に考えたのが、【お互い動物の姿になり、部屋の扉は開けたまま昼寝をする】というもので。
二人の両親もその条件であれば時々なら良いと言ってくれ、月に数回、二人はこうして動物の姿で寄り添い眠る事を楽しみにしているのである。
そしていつも大体そうしようと誘うのは唯からなので、煌から誘ってくれた事に唯は中々興奮が冷めやらぬまま、煌のもふもふとした毛の中に顔を埋めた。
「ピィッ、ピィ!」
そう嬉しげに高く鳴く唯に、煌も同じよう心地好さに優しく唸り、尻尾をブンブンと振る。
唯と違って完璧に自身の好きなタイミングで変化する事が出来る煌が、唯の前でだけ、そして唯の為だけにこうして狼の姿になってくれている事を、唯ももちろん知っていて。
煌から有り余るほど注がれる真摯な愛に、唯は今日も幸福さで喉を詰まらせ堪らず泣きたくなりながら、同じだけの愛を返せていますように。と祈るよう、小さなふわふわの顔を煌の柔らかなお腹に擦り付けたのだった。
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