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4章~怪盗《ℋ𝑜𝓇𝓈𝑒》参上~
大怪盗ye-one①
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錦秋の候。向寒の折、冬に向けて人々が準備をし始める頃。窓の外では涼し気な木枯らしが吹きさらしてしいる。
色が抜けていく季節となった。
そんな中、モタロー探偵事務所のデスクではある一人の男が雄叫びを上げながらガッツポーズをしていた。
「ま、まさかSSR――超激レアのカードが当たるなんて夢みたいだ。最近、競馬を我慢してパック購入に勤しんだ甲斐があったよ~。」
最近流行りのカードゲームのカードだ。数枚程のカードのうち一つはカラフルな色でコーディングされた今にも飛び出しそうな絵柄だった。
「そんなに価値があるものなんですか。」
その場内において、温度差が激しい。
「もちろんさ。このカード一枚で一万八千円以上は下らないねっ。それも今当てた傷なしカード。こんなにも素晴らしい状態はないよ。」
「それじゃあ、今からでも売りに行くんですか?」
「ちっちっちっ。分かってないねぇ、ルイン君。敢えて売らないのだよ。そうすることで長い年月の間、このカードの価値は上がり、数年後には相場はもっと高くなっているのだよ。その間に、俺はこのカードをコレクションして楽しめる。まさに一枚のカードの有効活用さ。」
その場でくるくると回りながら大切にカードを持つ。愉快な動きでデスクの中から透明なスリーブを取り出しては、カードをスリーブの中へと入れた。
透明な一枚越しでもカードは輝いて見える。
それを持った彼もまた輝いて見えた。
浮かれた調子でスキップをかまし、その勢いのまま来客スペースに進んでいった。そこでまた踊りを繰り広げる。もちろん片手には例のカードを持っている。
「ここ、そんなに広くないので気をつけて下さいね」と聞く耳を持たれていないとは思いつつもやんわりと忠告をする。
入り口の扉が開く。
入ってきた一人の難いの良い中年男性。職業柄、背筋は真っ直ぐしており、力強さと逞しさを感じさせ、周りを安心感で包んでいる。
「急に連絡して悪かったな。」
その男は愛知県警の警部である鬼怒川健康である。彼は唐突なアポで、ここに来ることを伝えていた。そんな彼は秋のパーソナルカラーを貴重としたイケおじ的カッコ良さを目立たせるコーデをしていた。
そこにくるくると回り続けている男がぶつかる。
ドンッ。
体格差があったのか、モタローだけが弾かれた。それと連なりカードも落とす。カードは棚の短脚へと舞い降りた。
「おっと、悪いな。」「こちらこそ申し訳ないね。」そう言いながら二人は落ちたカードを拾う。
二人でカードに触れる。
グニャッ。カードの隅が棚脚に固定され、反対を上へと持ち上げたことによって、カードは半分に折れ曲がった。
警部が手を離した。
折れたカードを空にかざす。「お、お、俺のカードが、が、がががががが――」
なんとも言えない声がその場に響いては落ちていった。
「いやぁ、本当に悪かったな。」
「いえ、大丈夫です。大人なので。」
ヴィンテージ風味の応接間。接客用のソファに腰を下ろし、一枚の古き良さを与える机を挟んでルインが座る。その横で、モタローが逆さになっている。もう少し詳しく描写説明すると、頭を床につけ、背中をソファに持たれかけながら背筋を真っ直ぐ伸ばしている。もちろん、足も真っ直ぐ天井に向かって伸びている。手は胸元でクロスしている。彼の表情から絶え間ない悲壮感が溢れ出ている。
「それで依頼したいことがあると聞いてますけど、要件はなんですか。」
「……。お、おう。そうだな。とりあえず今回は盛大な貸しとしてこの依頼を受理して欲しいんだ。流石に警察の立場柄無茶なことは出来ないが、できる範囲なら何でもする。そんな貸し借りが曲がり通るか……。」
「いいよ。俺と警部との間柄だからねぇ。もちろん、ちゃーんと借りたものはいつか払って貰うけどねぇ。」悲哀の中にもちゃんとした声色がそこにあった。
「ありがたい。もちろん、できる範囲で返すつもりだ。」
「それで、依頼とは何でしょう?」
警部は気を取り直して真っ直ぐと視線を向けた。
「結論から言うと、共に怪盗エーワンの正体を突き止めて欲しいんだ。」
怪盗。その言葉が引っかかる。
モタローは姿勢を反対側へと直す。つまり、その場で立って話し始める。
「今、世間を騒がしている幻の怪盗だね。最近のニュースで『神の手の土器』が盗まれたと聞いた時は身震いしたねぇ。」
その件について、ルインは耳覚えがなかった。思わず「神の手の土器」と聞き返す。
「知らないのかい。大富豪鹿内博士が私費で開催された『神の手展示会』が行われていたんだが、そこに予告状を出して、展示会の目玉であった土器を盗み出したんだよ。」
「そんな凄い土器が盗まれたのですね。」
「ああ。元はと言えば贋作なのだが、時間が経過した現在では相当価値のある高価物――つまり、本物だよ。」
「贋作だけど本物? 申し訳ないですが、何を言っているがさっぱりです。」
偽物で本物。その真意に混乱していた。
モタローは意気揚々にその説明をし始めた。
「これは俺らが産まれる前の、昔の話さ。日本の大昔の時代――旧石器時代など時代を探る伝説的な考古学者がいたんだよ。その名は藤村新一。彼の手によって多くの歴史的価値のある遺跡や遺物が発見された。そんな彼のことを人々は『神の手』と呼んだのさ。もちろん、実在した人物だよ。」
「そんな凄い人がいたんですね。」関心して頷いている。
「まっ、実際はヤラセだったんだけどね。贋作を世紀の発見に見立てた訳さ。つまり、彼の発見した物は偽物だった訳さ。」
小さく引き攣り笑いを浮かべた。
「それでも今では価値のある宝なのだよっ。分かるかい? その一件は歴史の事実を大きく修正させた歴史的な出来事となった訳さ。そこに唯一無二の価値が生まれるのさ。特に、時間の経過によって、歴史的事象となったその物に価値が付与された。今となってはその物の殆どが残されていない。残されたその贋作がさらに価値を得たんだよ。」
そこに警部が入ってきた。「つまりだな。そんな大層なお宝を、怪盗エーワンにまんまと盗まれちまった訳だな。」
モタローが座った。
ひとまず怪盗らしい行動を取っているのがエーワンということだろう。
「怪盗エーワンによって起こされた事件は四つ。その全てに置いて、誰一人として、彼の正体を掴めていない。」
その言葉が怪盗エーワンの異常性を高めていく。
「ひとまず怪盗エーワンについて分からない所もあると思うから最低限の情報を伝えとく。怪盗エーワンによって引き起こされた四つの事件について、とこれからの事件についてだ。」
彼は少し息を吸っては吐いて、一間の時間を開けた。
「一件目はトラノコ株式会社の社長室に厳重に保管されていた幻のアート『サファイア色のフリージア』だ。普通は盗めないだろう宝なんだが、初犯行だったからか、まんまと盗まれちまった。」
少しずつ前のめりになっていく。
「次は世界一の美しさと呼ばれる『パール花瓶』だ。鹿内博士の豪邸で厳重に守られたんだが、こちらもまんまと盗まれた。」
そこにモタローが口を挟む。「次はエーワンの仕業かどうか怪しい一件だね。」
それに対して「うむ」と返していた。
「次の一件はモタローの言う通り、怪盗エーワンではない可能性がある。というのも、予告状が出されなかった、というのと未遂で終わったからだな。三件目は伊勢神宮の本宮にある『八咫鏡』が狙われた。正直、厳重さは今までとの比じゃない。しかし、そこに居合わせたとされる神社関係者達は揃ってこう言った。『そこに人がいたような気がするが、そこに人はいなかった』という矛盾する証言だ。まるでその人物がいる事実がなくなったかのような言い分をしていたんだ。」
とても謎めいた現象のようだった。
「最終的には、神主によって八咫鏡は死守された。存在しているのに存在していない人物はその場から去った。この事件が、未だに正体すら掴めない怪盗エーワンと結びついたって訳だな。実際の所は分からない。」
謎めいたイメージ像ができ始める。
「そして、四件目が『神の手博覧会』の目玉であった『土器』だ。予告状と共にまんまと盗まれた。」
そして、神の手のあの件と繋がった。
「何度も言うが、怪盗エーワンの正体は掴めていない。犯行は予告状を出してから行う。そして、その予告状が届いた。名古屋市科学館に飾られる科学宝玉『エメラルドクリスタル』を盗むと宣言している。」
「そこで、探偵として怪盗の正体を掴んで欲しいという訳だね。」
「ああ。その通りだ。」
警部は深く頷いていた。
「とりあえず分かっているのは、盗んだ直後にシルエットが映されるのだが、それが男の姿なんだ。そして、変声機で加工された男の声。身長は百七〇~百八〇と考えられる。まあ、男だと断定することは出来ないが、限りなく男の可能性が高い。」
「噂だと、難いの良い男性だとか、男みたいな女性だとか、弱々しく老け顔気味な男性だとか、そのどれもが影武者だとも言われてるよねぇ。」
「そうだな。だが、実際の所は何も分からないんだな。これが。」
頭の中に浮かんでくる三人の姿。その三人はここに来る前、図書館にて浮かんで来た三人だった。
想像の中で黒い背景の中に浮かび上がる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「とりあえずなんだが、やることとしては当日、開会時から予告状に書かれた時刻の数時間後まで待機するだけだ。待機するのは俺と、お前ら、警備員二人と、その宝の製作科学者二人のみ待機することになっている。そして、怪盗エーワンが現れたら……お前らにはそのエーワンの正体を掴んで欲しいんだ。本当は直接捕まえられたらベストなんだがな。」
探偵と怪盗の対決。
唾が喉に引っかかる。
「もう一度確認するが、大きな貸しとして引き受けてくれるな?」
「もちろんですとも。」自信ありげに答える。
それを見て胸を撫で下ろしたようだ。
彼の安堵した表情が快い雰囲気を作り出す。隣ではすっかり折れたカードのことなんて忘れて、ニヤリとした顔をしていた。
「しかし、まさか警部から直接依頼を受けるなんてねぇ。意外だったよ。」
「まあな。畑が違うから関係ねぇなって思ってたんだが、あまりにも未知数で難関な犯行故に、他所の畑一同も集められた上に、俺に白羽の矢が立っちまったんだよなぁ。」
それは愚痴に似た感嘆の言葉だった。
「署内じゃ、奇しくも、俺は難関事件を解決するトリックスター的存在だからな。」
「そんな大層な存在なんですか?」
「実際はそんな存在じゃねぇんだけどな。だが、他の周りからは――ホームズだとか金田一だとか名探偵コナンだとか――漫画や小説でしか見たことの無いようなトリックを使った難事件を簡単に解き明かしているんだぜ。それも一度じゃなく三度もな。」
それは嬉々として話されているのではなく、何故かため息混じりに話されていく。
「その実態は俺自身で何も解けちゃいねぇ。三つともそうだ。お前らに教えて貰ったから解けただけだ。」
「だからこそ、今回の件で依頼しようとしたんだね。」
「つまり、そういうことだ。まっ、今回は愛知県警察を代表して、個人的に警備する感じだけどな。ひとまずは世話になるが、よろしく頼むな。」
そこで二人の声が重なる。任せてください、と。
彼が立ち上がった。
そこから「そうだ」と話される。
「今回、警備を担当する会社が警備のためにデータを取りたいと言ってる。その日に、その会社に行って貰うことになる。また、詳しい日程について連絡する。」
そのまま「よろしくな」と言って去っていった。
取り残された客室間。
やる気に満ち溢れた二人がいた。
「怪盗との対決。今からでも腕が疼くよ。」
*
栄駅からバスに徒歩で数分歩いた所にあるビルの一角。本社はその地下二階分に拠点を置いた場所だった。滅茶苦茶広い訳でもないが狭い訳でもない。つまり、そこそこの広さがある。
無機質を基調とした通路。
そこを一人の男性に着いて進む。
彼は奥川優。五年程前から頭角を表し、今や日本を代表する程の『アトム警備会社』――その社長である。身長は百九〇ないぐらい。金髪で細目。裏に『アトム』と印刷された深緑の制服を着ている。
連れてこられたのは地下二階のとある部屋。その中に大きな機械がずっしりと存在感を放っている。
「モタロー様。ルイン様。こちらが我が社の人物検査機となります。一人ずつ検査をさせて頂きます。この検査により、予告日当日、該当者以外の侵入を防ぎます。」
大きな筒型の機械。中にはモニターのような物が設置されている。
「それではモタロー様からお願い致します。その間に、ルイン様はサインの程、お願いします。」
電子パッドが渡される。
「では、犬島ルインとお書きください。」
その言葉を聞いて「えっ」と漏らすが、「何かおかしい所がありましたか」と返される。
唐突に「中途半端な気が――」と放つが、仕方なく彼の通りに従った。慣れた字で電子パッドに名前が書かれていく。
少しの間。
彼はデータを見て「怪盗エーワンとの筆記の不一致を確認しました。当日、入り口に名前を書く場所がありますので、そこにお名前をお書きください」と放った。
ふと「ところで怪盗エーワンの筆記ってどのような感じなのですかい?」と聞いてみる。
彼はアイパッドを取り出して操作する。
そこにデカデカと映された写真。その写真が予告状を画面に映していた。
『予告状。二十一日の聖なる夜。科学館に祀られし唯一無二の科学秘宝『エメラルドクリスタル』を頂戴しに参上する。怪盗ℋ𝑜𝓇𝓈𝑒。』
その予告状を見て、エーワンの綴りが『A1』ではなく、『ye-one』ということを知る。
そこにモタローが近寄ってきた。「予告状だね。怪盗というのは本当に自信家なんだねぇ」と関心していた。
ルインに検査の番が回る。
空港にありそうな機械。それよりももっとクオリティの高い筒型の機械の中へと入る。上から下へ右から左へ、三百六十度光のレーザーが体を検査する。パッドに現れた指示に従って、瞳の色彩が記録された。
すぐに検査が終わる。
その部屋から出て、彼に連れられながら出入口まで案内される。
人通りが行きと比べて増えていた。
時間帯は午後を回った。丁度昼時前だった。
そんな中、たった一人の存在とすれ違った時、存在しなかったはずの記憶が断片的に追加されていく。新たに追加される記憶が違和感を感じさせる。
思わず振り向いたが、新たな記憶を増やすきっかけを与えたような人は見当たらなかった。ただ、深緑の制服を着た背の高い猫背の男性が通り過ぎた。その人の気配だけが頭の中に残っていた。
「どうしたんだい? ルイン君。」
その場は「いえ」と答える。そこから解散し、帰り道の車内でその話をする。
「ふと、覚えのない記憶が現れましてね。僕らが死ぬことになる豪華客船の爆破テロ事件。その爆弾を仕掛けた犯人が浮かび上がりかけたんですよ。」
「それは人物だい?」
「いえ。そこまでは思い出せませんでした。」
引っかかる何かはあっても、そこまでの情報はない。そんな事を考えていると、道を一本間違えてしまった。
ユーターンやコンビニの駐車場へと入って戻ることをせず、戻ることなく真っ直ぐ進みながら道を軌道修正していった。
色が抜けていく季節となった。
そんな中、モタロー探偵事務所のデスクではある一人の男が雄叫びを上げながらガッツポーズをしていた。
「ま、まさかSSR――超激レアのカードが当たるなんて夢みたいだ。最近、競馬を我慢してパック購入に勤しんだ甲斐があったよ~。」
最近流行りのカードゲームのカードだ。数枚程のカードのうち一つはカラフルな色でコーディングされた今にも飛び出しそうな絵柄だった。
「そんなに価値があるものなんですか。」
その場内において、温度差が激しい。
「もちろんさ。このカード一枚で一万八千円以上は下らないねっ。それも今当てた傷なしカード。こんなにも素晴らしい状態はないよ。」
「それじゃあ、今からでも売りに行くんですか?」
「ちっちっちっ。分かってないねぇ、ルイン君。敢えて売らないのだよ。そうすることで長い年月の間、このカードの価値は上がり、数年後には相場はもっと高くなっているのだよ。その間に、俺はこのカードをコレクションして楽しめる。まさに一枚のカードの有効活用さ。」
その場でくるくると回りながら大切にカードを持つ。愉快な動きでデスクの中から透明なスリーブを取り出しては、カードをスリーブの中へと入れた。
透明な一枚越しでもカードは輝いて見える。
それを持った彼もまた輝いて見えた。
浮かれた調子でスキップをかまし、その勢いのまま来客スペースに進んでいった。そこでまた踊りを繰り広げる。もちろん片手には例のカードを持っている。
「ここ、そんなに広くないので気をつけて下さいね」と聞く耳を持たれていないとは思いつつもやんわりと忠告をする。
入り口の扉が開く。
入ってきた一人の難いの良い中年男性。職業柄、背筋は真っ直ぐしており、力強さと逞しさを感じさせ、周りを安心感で包んでいる。
「急に連絡して悪かったな。」
その男は愛知県警の警部である鬼怒川健康である。彼は唐突なアポで、ここに来ることを伝えていた。そんな彼は秋のパーソナルカラーを貴重としたイケおじ的カッコ良さを目立たせるコーデをしていた。
そこにくるくると回り続けている男がぶつかる。
ドンッ。
体格差があったのか、モタローだけが弾かれた。それと連なりカードも落とす。カードは棚の短脚へと舞い降りた。
「おっと、悪いな。」「こちらこそ申し訳ないね。」そう言いながら二人は落ちたカードを拾う。
二人でカードに触れる。
グニャッ。カードの隅が棚脚に固定され、反対を上へと持ち上げたことによって、カードは半分に折れ曲がった。
警部が手を離した。
折れたカードを空にかざす。「お、お、俺のカードが、が、がががががが――」
なんとも言えない声がその場に響いては落ちていった。
「いやぁ、本当に悪かったな。」
「いえ、大丈夫です。大人なので。」
ヴィンテージ風味の応接間。接客用のソファに腰を下ろし、一枚の古き良さを与える机を挟んでルインが座る。その横で、モタローが逆さになっている。もう少し詳しく描写説明すると、頭を床につけ、背中をソファに持たれかけながら背筋を真っ直ぐ伸ばしている。もちろん、足も真っ直ぐ天井に向かって伸びている。手は胸元でクロスしている。彼の表情から絶え間ない悲壮感が溢れ出ている。
「それで依頼したいことがあると聞いてますけど、要件はなんですか。」
「……。お、おう。そうだな。とりあえず今回は盛大な貸しとしてこの依頼を受理して欲しいんだ。流石に警察の立場柄無茶なことは出来ないが、できる範囲なら何でもする。そんな貸し借りが曲がり通るか……。」
「いいよ。俺と警部との間柄だからねぇ。もちろん、ちゃーんと借りたものはいつか払って貰うけどねぇ。」悲哀の中にもちゃんとした声色がそこにあった。
「ありがたい。もちろん、できる範囲で返すつもりだ。」
「それで、依頼とは何でしょう?」
警部は気を取り直して真っ直ぐと視線を向けた。
「結論から言うと、共に怪盗エーワンの正体を突き止めて欲しいんだ。」
怪盗。その言葉が引っかかる。
モタローは姿勢を反対側へと直す。つまり、その場で立って話し始める。
「今、世間を騒がしている幻の怪盗だね。最近のニュースで『神の手の土器』が盗まれたと聞いた時は身震いしたねぇ。」
その件について、ルインは耳覚えがなかった。思わず「神の手の土器」と聞き返す。
「知らないのかい。大富豪鹿内博士が私費で開催された『神の手展示会』が行われていたんだが、そこに予告状を出して、展示会の目玉であった土器を盗み出したんだよ。」
「そんな凄い土器が盗まれたのですね。」
「ああ。元はと言えば贋作なのだが、時間が経過した現在では相当価値のある高価物――つまり、本物だよ。」
「贋作だけど本物? 申し訳ないですが、何を言っているがさっぱりです。」
偽物で本物。その真意に混乱していた。
モタローは意気揚々にその説明をし始めた。
「これは俺らが産まれる前の、昔の話さ。日本の大昔の時代――旧石器時代など時代を探る伝説的な考古学者がいたんだよ。その名は藤村新一。彼の手によって多くの歴史的価値のある遺跡や遺物が発見された。そんな彼のことを人々は『神の手』と呼んだのさ。もちろん、実在した人物だよ。」
「そんな凄い人がいたんですね。」関心して頷いている。
「まっ、実際はヤラセだったんだけどね。贋作を世紀の発見に見立てた訳さ。つまり、彼の発見した物は偽物だった訳さ。」
小さく引き攣り笑いを浮かべた。
「それでも今では価値のある宝なのだよっ。分かるかい? その一件は歴史の事実を大きく修正させた歴史的な出来事となった訳さ。そこに唯一無二の価値が生まれるのさ。特に、時間の経過によって、歴史的事象となったその物に価値が付与された。今となってはその物の殆どが残されていない。残されたその贋作がさらに価値を得たんだよ。」
そこに警部が入ってきた。「つまりだな。そんな大層なお宝を、怪盗エーワンにまんまと盗まれちまった訳だな。」
モタローが座った。
ひとまず怪盗らしい行動を取っているのがエーワンということだろう。
「怪盗エーワンによって起こされた事件は四つ。その全てに置いて、誰一人として、彼の正体を掴めていない。」
その言葉が怪盗エーワンの異常性を高めていく。
「ひとまず怪盗エーワンについて分からない所もあると思うから最低限の情報を伝えとく。怪盗エーワンによって引き起こされた四つの事件について、とこれからの事件についてだ。」
彼は少し息を吸っては吐いて、一間の時間を開けた。
「一件目はトラノコ株式会社の社長室に厳重に保管されていた幻のアート『サファイア色のフリージア』だ。普通は盗めないだろう宝なんだが、初犯行だったからか、まんまと盗まれちまった。」
少しずつ前のめりになっていく。
「次は世界一の美しさと呼ばれる『パール花瓶』だ。鹿内博士の豪邸で厳重に守られたんだが、こちらもまんまと盗まれた。」
そこにモタローが口を挟む。「次はエーワンの仕業かどうか怪しい一件だね。」
それに対して「うむ」と返していた。
「次の一件はモタローの言う通り、怪盗エーワンではない可能性がある。というのも、予告状が出されなかった、というのと未遂で終わったからだな。三件目は伊勢神宮の本宮にある『八咫鏡』が狙われた。正直、厳重さは今までとの比じゃない。しかし、そこに居合わせたとされる神社関係者達は揃ってこう言った。『そこに人がいたような気がするが、そこに人はいなかった』という矛盾する証言だ。まるでその人物がいる事実がなくなったかのような言い分をしていたんだ。」
とても謎めいた現象のようだった。
「最終的には、神主によって八咫鏡は死守された。存在しているのに存在していない人物はその場から去った。この事件が、未だに正体すら掴めない怪盗エーワンと結びついたって訳だな。実際の所は分からない。」
謎めいたイメージ像ができ始める。
「そして、四件目が『神の手博覧会』の目玉であった『土器』だ。予告状と共にまんまと盗まれた。」
そして、神の手のあの件と繋がった。
「何度も言うが、怪盗エーワンの正体は掴めていない。犯行は予告状を出してから行う。そして、その予告状が届いた。名古屋市科学館に飾られる科学宝玉『エメラルドクリスタル』を盗むと宣言している。」
「そこで、探偵として怪盗の正体を掴んで欲しいという訳だね。」
「ああ。その通りだ。」
警部は深く頷いていた。
「とりあえず分かっているのは、盗んだ直後にシルエットが映されるのだが、それが男の姿なんだ。そして、変声機で加工された男の声。身長は百七〇~百八〇と考えられる。まあ、男だと断定することは出来ないが、限りなく男の可能性が高い。」
「噂だと、難いの良い男性だとか、男みたいな女性だとか、弱々しく老け顔気味な男性だとか、そのどれもが影武者だとも言われてるよねぇ。」
「そうだな。だが、実際の所は何も分からないんだな。これが。」
頭の中に浮かんでくる三人の姿。その三人はここに来る前、図書館にて浮かんで来た三人だった。
想像の中で黒い背景の中に浮かび上がる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「とりあえずなんだが、やることとしては当日、開会時から予告状に書かれた時刻の数時間後まで待機するだけだ。待機するのは俺と、お前ら、警備員二人と、その宝の製作科学者二人のみ待機することになっている。そして、怪盗エーワンが現れたら……お前らにはそのエーワンの正体を掴んで欲しいんだ。本当は直接捕まえられたらベストなんだがな。」
探偵と怪盗の対決。
唾が喉に引っかかる。
「もう一度確認するが、大きな貸しとして引き受けてくれるな?」
「もちろんですとも。」自信ありげに答える。
それを見て胸を撫で下ろしたようだ。
彼の安堵した表情が快い雰囲気を作り出す。隣ではすっかり折れたカードのことなんて忘れて、ニヤリとした顔をしていた。
「しかし、まさか警部から直接依頼を受けるなんてねぇ。意外だったよ。」
「まあな。畑が違うから関係ねぇなって思ってたんだが、あまりにも未知数で難関な犯行故に、他所の畑一同も集められた上に、俺に白羽の矢が立っちまったんだよなぁ。」
それは愚痴に似た感嘆の言葉だった。
「署内じゃ、奇しくも、俺は難関事件を解決するトリックスター的存在だからな。」
「そんな大層な存在なんですか?」
「実際はそんな存在じゃねぇんだけどな。だが、他の周りからは――ホームズだとか金田一だとか名探偵コナンだとか――漫画や小説でしか見たことの無いようなトリックを使った難事件を簡単に解き明かしているんだぜ。それも一度じゃなく三度もな。」
それは嬉々として話されているのではなく、何故かため息混じりに話されていく。
「その実態は俺自身で何も解けちゃいねぇ。三つともそうだ。お前らに教えて貰ったから解けただけだ。」
「だからこそ、今回の件で依頼しようとしたんだね。」
「つまり、そういうことだ。まっ、今回は愛知県警察を代表して、個人的に警備する感じだけどな。ひとまずは世話になるが、よろしく頼むな。」
そこで二人の声が重なる。任せてください、と。
彼が立ち上がった。
そこから「そうだ」と話される。
「今回、警備を担当する会社が警備のためにデータを取りたいと言ってる。その日に、その会社に行って貰うことになる。また、詳しい日程について連絡する。」
そのまま「よろしくな」と言って去っていった。
取り残された客室間。
やる気に満ち溢れた二人がいた。
「怪盗との対決。今からでも腕が疼くよ。」
*
栄駅からバスに徒歩で数分歩いた所にあるビルの一角。本社はその地下二階分に拠点を置いた場所だった。滅茶苦茶広い訳でもないが狭い訳でもない。つまり、そこそこの広さがある。
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「モタロー様。ルイン様。こちらが我が社の人物検査機となります。一人ずつ検査をさせて頂きます。この検査により、予告日当日、該当者以外の侵入を防ぎます。」
大きな筒型の機械。中にはモニターのような物が設置されている。
「それではモタロー様からお願い致します。その間に、ルイン様はサインの程、お願いします。」
電子パッドが渡される。
「では、犬島ルインとお書きください。」
その言葉を聞いて「えっ」と漏らすが、「何かおかしい所がありましたか」と返される。
唐突に「中途半端な気が――」と放つが、仕方なく彼の通りに従った。慣れた字で電子パッドに名前が書かれていく。
少しの間。
彼はデータを見て「怪盗エーワンとの筆記の不一致を確認しました。当日、入り口に名前を書く場所がありますので、そこにお名前をお書きください」と放った。
ふと「ところで怪盗エーワンの筆記ってどのような感じなのですかい?」と聞いてみる。
彼はアイパッドを取り出して操作する。
そこにデカデカと映された写真。その写真が予告状を画面に映していた。
『予告状。二十一日の聖なる夜。科学館に祀られし唯一無二の科学秘宝『エメラルドクリスタル』を頂戴しに参上する。怪盗ℋ𝑜𝓇𝓈𝑒。』
その予告状を見て、エーワンの綴りが『A1』ではなく、『ye-one』ということを知る。
そこにモタローが近寄ってきた。「予告状だね。怪盗というのは本当に自信家なんだねぇ」と関心していた。
ルインに検査の番が回る。
空港にありそうな機械。それよりももっとクオリティの高い筒型の機械の中へと入る。上から下へ右から左へ、三百六十度光のレーザーが体を検査する。パッドに現れた指示に従って、瞳の色彩が記録された。
すぐに検査が終わる。
その部屋から出て、彼に連れられながら出入口まで案内される。
人通りが行きと比べて増えていた。
時間帯は午後を回った。丁度昼時前だった。
そんな中、たった一人の存在とすれ違った時、存在しなかったはずの記憶が断片的に追加されていく。新たに追加される記憶が違和感を感じさせる。
思わず振り向いたが、新たな記憶を増やすきっかけを与えたような人は見当たらなかった。ただ、深緑の制服を着た背の高い猫背の男性が通り過ぎた。その人の気配だけが頭の中に残っていた。
「どうしたんだい? ルイン君。」
その場は「いえ」と答える。そこから解散し、帰り道の車内でその話をする。
「ふと、覚えのない記憶が現れましてね。僕らが死ぬことになる豪華客船の爆破テロ事件。その爆弾を仕掛けた犯人が浮かび上がりかけたんですよ。」
「それは人物だい?」
「いえ。そこまでは思い出せませんでした。」
引っかかる何かはあっても、そこまでの情報はない。そんな事を考えていると、道を一本間違えてしまった。
ユーターンやコンビニの駐車場へと入って戻ることをせず、戻ることなく真っ直ぐ進みながら道を軌道修正していった。
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