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1話(前編)
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課題『自分について人間以外で描きなさい』――。
さて、どうしたものか。
鏡の前に立った。自分自身の身体ではなく、自分についてを表す特徴を描け。その課題に頭を悩ます。
まずは特徴を整理する。小蓬愛南、十五歳、凪海総合高等学校に通う高校一年生。行動力はそこまでなく周りに流さやすいタイプ。引っ込み思案タイプではあるもののコミュ障とまではいかないと自認している。髪色は茶髪だけど、校則違反ではない。学力は良くも悪くもない平凡気味。進路先を凪海にしたのもちょうど良い学力だったから。中学の頃の部活動は造形部。趣味は絵を描くこと。無心で絵を描いている間は嫌なことや罪悪感を忘れさせてくれるので好きだ。高校では是非とも美術部になりたいと切に願っている。
「で? 何描けばいいんだ?」
やっぱり絵を描くことが好きということで、絵にまつわるものを描くべきだろうか。で、絵にまつわるものとはそもそもなんだ?
考えれば、考える程、一向に思い付かない。椅子に座ろうとも筆が動かない。
あれやこれや考えている内に時間が経つ。
家族で食卓を囲む。今日の夕飯は炒飯と中華スープだ。シャンタンの味が口の中で広がる。味わい深いスープで流し込む。さらにスープの中に入ったワンタンの肉汁が口の中で踊っていた。
食べながら課題のことを思い浮かべている。そして、「私の名前の由来って何?」と、名前のルーツを聞いた。それが課題への閃きに繋がるかも知れない。
「聞きたい?」
ネギを噛み締めるシャリシャリという音がする。その後で「うん」と首を縦に振る。お母さんがにっこりと笑みを浮かべた。
「愛南の"愛"はね、みんなを愛して、そして愛される人になって欲しいって思いを込めてね。」
「じゃあ、"南"は?」
小学生の頃に名前の意味を聞く授業があったが、その頃の私では到底理解できなかった。高校生になった今なら理解できるかもしれない。
「死んだ後にね、その人は行先を北か南かで選べるの。北は新たな生命に生まれ変わる道。南は自分の人生は悪くなかったって振り返って、過去の中で生きる道。愛南にはその時、南を選んで欲しいなーって。ね。」
深い。とても深いお話だ。とっても考えられてつけられた名前なのだと感銘を受ける。今なら理解できる気がする。
「それに、南に行けば"五条悟"君に会えるもの。」
いや、誰だよ!
「七海建人にも会えるぞ!」とお父さんが付け加えた。
だから、誰だよ!
ツッコまずにはいられない。全く知らない人の名前だ。両親の時代の有名人なのだろうか。
「お父さん達が子どもの頃、ハマってた漫画のキャラだよ。今でも覚えてるよ。――僕、最強だから。」
何故か人差し指と中指をクロスし出す父と、それで盛り上がる母。私をその場に差し置いて、二人だけで盛り上がっていた。
何をやっているんだか……。
皿に残った米粒をスプーンで拾って口の中に入れる。ごちそうさまでした。私は皿を片付けた。
――――――
部屋に戻ってスマホを開く。さっき言っていた漫画を調べた。無料公開してる三話まで見たけど、案外面白いなと思った。スマホの中に残っている残高を使って、その漫画をレンタルする。
ペラッ。次々にスライドしていく。スマホがペラッという在り来りのそれっぽい音を鳴らしていく。
ペラッ。ペラッ。――。
堪らず次へ次へと読んでいく。
ふと時計を見た。もう二十二時だ。
やばい。やるべき事何もやっていない。課題があるのに何も手を付けていない。明日の学校の準備すら何一つ手付かずだ。
漫画の続きが凄く気になる。お父さんの言っていた人物の登場。敵である改造人間の登場。この先どうなる? もはや漫画を見たくて堪らない。
仕方ない。やるべき事が最優先だ。私は急いでやるべき事に着手した。とりあえず絵の課題だけは終わらせないと。頭の中にこびり付く漫画の情景。自分が、悍ましい何かを描いているような感じもしたが、立ち止まることは許されなかった。とりあえず完成させなくては。その一心だけだった。
◆
静まり返っているバス停。ベンチにはお年寄りが二人程座っている。
透き通る朝なのかも知れないが、私には靄がかかっている。気を抜けば欠伸が出る。
「ちゃーっす。まなみん、おはよー。」
低い背丈。鞄にはジャラジャラとつくキーホルダー。着崩しまくっている制服。髪はロングの明るい茶髪。校則では派手すぎない、明るすぎない色なら染髪も認められているが、その色は誰がどうみてもアウトだ。明るく振る舞うそんな彼女の名前は東杏――愛称はアズアズだ。私の中学からの友達である。
「おはよー」と寝ぼけた声で伝えた。
「眠そーじゃん。眠れなかったの?」
「課題が終わらなくて……徹夜しちゃったぁ。」
「課題? ああ、そーいや、まなみん、美術部の入部試験があるって言ってたもんねぇ。」
バスがそこにやって来た。お年寄りがそこそこ乗っている。座れはできなさそうだ。
「ふぅ。今日も間に合った~!」
そこにやって来た元気な男の子。背は低い……まあ、私と同じぐらいの背丈。アズアズと負けず劣らずの明るさを誇る。性格はまるで犬っぽい。そんな彼は大口乾。何の縁か、小中高、いずれも私と同じである腐れ縁的存在だ。
「あー、やっべぇ。財布忘れた。」
鞄を漁って焦っている。何を遊んでいるのやら。「あぁ、すまねぇけど」と悪しからずに私達の元へとやってきた。そして「金貸して下さい」と頼み込んできた。
はぁ……。ため息が出そうだ。
「はいはい」とお金を貸してあげる。なんか眠そうな靄の天気はいつの間にか消えていた。
激しく揺れ動く車内で、吊革に掴まって揺られていく。人混みも激しくなり、そして、降りるバス停へと辿り着く。
「お金……帰りの分もお願いしていいっすか?」
さり気なく言う彼に「帰りは走って帰ったらいいじゃん?」と何気なく言う彼女。それに私は「バスケ部だもんね」と付け加えた。
「いやいや、バスケ部関係なくないっすか? ってか、陸上部だとしてもきついっすって。」
文句垂れる姿を見て私は一緒に笑っていた。
学校までの道程を進んでいく。
◆
凪海総合高等学校、美術部。三年生、二十六人。二年生、十五人。そして一年生の第一希望者は三十一人。そこから課題試験を経て十五人にまで振るい落とされる。
部活動は強制ではない。つまり、緩いという理由で選ばれている訳ではない。吹奏楽部ならまだしも、美術部に希望者が多いのは何故なのか。すぐに理由は分かった。
高嶺の花――。成績優秀、運動神経抜群。それでいて、天才肌で絵のセンスが非常に優れている。ビジュも高身長で、容姿端麗で、イケメン。そんな絵に描いたような存在である大口慎二が美術部に所属しているからである。
この学校に入ればその名を聞かない事は無い。普通なら相当上の学校に行ける学力がありながらも、ここにいるのは地元唯一の美術の道が用意された総合学科だからだそうだ。
彼には取り巻きやファンクラブが存在するそうだ。それ故に、美術部も人が殺到してしまうと考えられる。
噂には聞くも、どうせ美化された話だろうと思っている。なぜなら、そんな彼の弟がお馬鹿で面白い系統の乾だからである。あの乾の兄がそんな凄い訳がないと思っている自分がいる。
「はぁ……。合格るかなぁ。」
本当に困った話である。私は純粋に絵を描くのが好きで、高嶺の花関係なく、美術部に入りたいと思っている。
入部希望者を振るい落とすために出された『自分について人間以外で描きなさい』という課題。しかし、私が用意した答案は徹夜で無理やり完成させたちょっとおどろおどろしい画。
提出の際にその絵が後ろにも見えたらしい。「うわっ」から始まるヒソヒソと言う声が聞こえる。聞き取れないけど、絶対にポジティブな言葉は言っていない。
最悪だ。私は噂の白羽の矢を立てられてヒソヒソと喋られるのが嫌いだ。何を話されているか分からないのに、それが絶対に良い話とは思えないからだ。だからと言って、友達からコソコソと話しかけれたら私もコソコソと話してしまうので、人の事言えないだろってツッコまれたらお終いでもある。
廊下の窓の向こう側に見えるどんよりした晴天に向かってため息を放つ。何故今日は雲一つないんだと心の中で呟いた。
――――――
第一美術室の前に貼られた紙。そこに名前が羅列してある。
ズラッと並ぶ名前の中で私の名前を見つけた。
良かった。無事に美術部に入部できる。私は安堵のため息を吐いた。
帰り際、待っていたアズアズ。大きく手を振っていたので、私も手を振り返した。「どうだった?」に対して「どうでしょう!」と楽しげに返した。
バスの窓の向こう側に見える爽やかな晴天に向かってため息を放つ。昨日と同様、今日は雲一つなくて気分がいいと心の中で呟いた。
◆
「ねぇ、少しお時間よろしいでしょうか?」
そう言い放ったのは同じクラスの半井遥陽である。同じ中学校ではあるものの、三分の一や二分の一を引き当てることなく同じクラスになったことはない。高校生となって、同じクラスとなってようやく知り合った関係である。
「ここではあれですし、少し場所を移動しましょう。」
スタスタと進む彼女。力強く廊下を踏みしめて歩いている。その轍を私は進んだ。
呼び出されたのは第二美術準備室の前。第一美術室はよく使う一方で、第二美術室は全く使われない。絵ではなく彫刻等の活動を中心とした部屋らしいが私も詳しくは知らない。分かるのはここが第一美術室の上の階にあり、人気のない場所と言うことだけだ。校庭の裏庭も人はいないが、この場所は裏庭よりもさらに人がいない。とっても見つかりにくい穴場である。私も初めてここに来た。
「ごめんなさいね。愛南さんにお願いがありまして。美術部を辞退して下さらない?」
「どうして?」
「あなた、そこまで慎二さんを狙っていないでしょう。私、どうしても慎二さんと同じ部活動になりたいんです。あなたが辞退すれば、合格人数が増えます。そうすれば私が繰り上げで合格するはずですから。」
真面目で優等生の印象だったのに、その印象が崩れていく。
「私はどうしても美術部に入りたくて入ったから、私は辞退したくない。」
「どうして? どうしてそこまで辞退してくれないの?」
「絵を描くのが好きだから美術部にしたの。それ以外に理由はいるの? 逆に聞くけど、どうしてそんなに美術部に入りたいの?」
すぅ――。そんな息音が聞こえた気がした。
「中一の頃、慎二さんと同じ生徒会のメンバーでしたの。そこで私は慎二さんに恋をしました。私にとって最大の恋で、禁断の恋。もう一度近づきたくて必死に頑張ってきました。学校だって、レベルをぐんと下げてここにしましたし、部活動だってこのまま一緒になるはずでしたのに……。不合格ですって……? こんなはずじゃないんです。おかしい。私はどうしても慎二さんと同じ部活動になりたいんです。そのために生きてきたんですから!」
そんなこと言われても……。そんな気分だった。
「一生のお願いですから、変わってくれませんか? 私、美術部じゃないと、生きていけないんです。」
涙の音を奏でている。心底から嫌気を覚えさせる懇願。とても優等生キャラから出るとは思えない属性の特徴。きっと彼女の絵は不用意に塗りたくられた外面のアクセサリーで埋めつくされているのだろうと勝手に推測した。
私だってどうしても美術部じゃないと嫌だ。優しく言っても「何?」と返される。本当なら強気で言い返したい。しかし、彼女は同じクラスメイトでこれからも面を付き合わせる可能性が高い。変に敵は作りたくない。
「ねぇ、辞退してくれません? お願いだから、辞退してよ!」
圧が強くなる。だからと言って嘘はつきたくないし、強めに突き放して敵に回したくもない。心だけが締め付けられていく感覚がする。「ごめんなさい。どうしても私は辞退できません」と私にも無理だと訴えることしかできない。
「何でなのよ。あーもう。あんたみたいな妖怪みたいな絵が合格して、何時間もかけてかけて丁寧に作った絵が不合格だなんておかしすぎるの! あー。うざいうざいうざい。」
雰囲気が一転した。もはや表の姿からでは想像もできない裏の顔が牙を剥いている。
しかし、まさか私の絵が見られていたとは思いもしなかった。クスクス声の中に彼女の存在が隠れていたとは気付きもしなかった。
「辞退してくれませんのなら、こちらにも考えがあります。」
「考え……?」聞くのが怖いけど、聞き返す。
「あなたの絵と名前を学校中のあちらこちらに張りまくります。それを見て皆さんどう思われるんでしょうね。すぐに学校中の笑い者になるでしょうね。安心して下さい。私、中学の生徒会でしたのでポスター張りは得意ですから!」
地味な嫌がらせだ。けど、それは大変困る嫌がらせだ。
じりじりと詰め寄られていくような感覚。
美術部を諦めるしかないのかな。
「ここで何してんの?」
半井でもない、私でもない。そもそも男の人の声。誰もいないはずの廊下。振り向くとそこに人がいた。
長身痩躯に艶っぽい髪。鋭い眼光から強かなオーラが醸し出されている。一言で言い表すならクールと言った感じだ。近くで見れば、見とれてしまいそうだ。
「どうして慎二さんが……ここに?」
さて、どうしたものか。
鏡の前に立った。自分自身の身体ではなく、自分についてを表す特徴を描け。その課題に頭を悩ます。
まずは特徴を整理する。小蓬愛南、十五歳、凪海総合高等学校に通う高校一年生。行動力はそこまでなく周りに流さやすいタイプ。引っ込み思案タイプではあるもののコミュ障とまではいかないと自認している。髪色は茶髪だけど、校則違反ではない。学力は良くも悪くもない平凡気味。進路先を凪海にしたのもちょうど良い学力だったから。中学の頃の部活動は造形部。趣味は絵を描くこと。無心で絵を描いている間は嫌なことや罪悪感を忘れさせてくれるので好きだ。高校では是非とも美術部になりたいと切に願っている。
「で? 何描けばいいんだ?」
やっぱり絵を描くことが好きということで、絵にまつわるものを描くべきだろうか。で、絵にまつわるものとはそもそもなんだ?
考えれば、考える程、一向に思い付かない。椅子に座ろうとも筆が動かない。
あれやこれや考えている内に時間が経つ。
家族で食卓を囲む。今日の夕飯は炒飯と中華スープだ。シャンタンの味が口の中で広がる。味わい深いスープで流し込む。さらにスープの中に入ったワンタンの肉汁が口の中で踊っていた。
食べながら課題のことを思い浮かべている。そして、「私の名前の由来って何?」と、名前のルーツを聞いた。それが課題への閃きに繋がるかも知れない。
「聞きたい?」
ネギを噛み締めるシャリシャリという音がする。その後で「うん」と首を縦に振る。お母さんがにっこりと笑みを浮かべた。
「愛南の"愛"はね、みんなを愛して、そして愛される人になって欲しいって思いを込めてね。」
「じゃあ、"南"は?」
小学生の頃に名前の意味を聞く授業があったが、その頃の私では到底理解できなかった。高校生になった今なら理解できるかもしれない。
「死んだ後にね、その人は行先を北か南かで選べるの。北は新たな生命に生まれ変わる道。南は自分の人生は悪くなかったって振り返って、過去の中で生きる道。愛南にはその時、南を選んで欲しいなーって。ね。」
深い。とても深いお話だ。とっても考えられてつけられた名前なのだと感銘を受ける。今なら理解できる気がする。
「それに、南に行けば"五条悟"君に会えるもの。」
いや、誰だよ!
「七海建人にも会えるぞ!」とお父さんが付け加えた。
だから、誰だよ!
ツッコまずにはいられない。全く知らない人の名前だ。両親の時代の有名人なのだろうか。
「お父さん達が子どもの頃、ハマってた漫画のキャラだよ。今でも覚えてるよ。――僕、最強だから。」
何故か人差し指と中指をクロスし出す父と、それで盛り上がる母。私をその場に差し置いて、二人だけで盛り上がっていた。
何をやっているんだか……。
皿に残った米粒をスプーンで拾って口の中に入れる。ごちそうさまでした。私は皿を片付けた。
――――――
部屋に戻ってスマホを開く。さっき言っていた漫画を調べた。無料公開してる三話まで見たけど、案外面白いなと思った。スマホの中に残っている残高を使って、その漫画をレンタルする。
ペラッ。次々にスライドしていく。スマホがペラッという在り来りのそれっぽい音を鳴らしていく。
ペラッ。ペラッ。――。
堪らず次へ次へと読んでいく。
ふと時計を見た。もう二十二時だ。
やばい。やるべき事何もやっていない。課題があるのに何も手を付けていない。明日の学校の準備すら何一つ手付かずだ。
漫画の続きが凄く気になる。お父さんの言っていた人物の登場。敵である改造人間の登場。この先どうなる? もはや漫画を見たくて堪らない。
仕方ない。やるべき事が最優先だ。私は急いでやるべき事に着手した。とりあえず絵の課題だけは終わらせないと。頭の中にこびり付く漫画の情景。自分が、悍ましい何かを描いているような感じもしたが、立ち止まることは許されなかった。とりあえず完成させなくては。その一心だけだった。
◆
静まり返っているバス停。ベンチにはお年寄りが二人程座っている。
透き通る朝なのかも知れないが、私には靄がかかっている。気を抜けば欠伸が出る。
「ちゃーっす。まなみん、おはよー。」
低い背丈。鞄にはジャラジャラとつくキーホルダー。着崩しまくっている制服。髪はロングの明るい茶髪。校則では派手すぎない、明るすぎない色なら染髪も認められているが、その色は誰がどうみてもアウトだ。明るく振る舞うそんな彼女の名前は東杏――愛称はアズアズだ。私の中学からの友達である。
「おはよー」と寝ぼけた声で伝えた。
「眠そーじゃん。眠れなかったの?」
「課題が終わらなくて……徹夜しちゃったぁ。」
「課題? ああ、そーいや、まなみん、美術部の入部試験があるって言ってたもんねぇ。」
バスがそこにやって来た。お年寄りがそこそこ乗っている。座れはできなさそうだ。
「ふぅ。今日も間に合った~!」
そこにやって来た元気な男の子。背は低い……まあ、私と同じぐらいの背丈。アズアズと負けず劣らずの明るさを誇る。性格はまるで犬っぽい。そんな彼は大口乾。何の縁か、小中高、いずれも私と同じである腐れ縁的存在だ。
「あー、やっべぇ。財布忘れた。」
鞄を漁って焦っている。何を遊んでいるのやら。「あぁ、すまねぇけど」と悪しからずに私達の元へとやってきた。そして「金貸して下さい」と頼み込んできた。
はぁ……。ため息が出そうだ。
「はいはい」とお金を貸してあげる。なんか眠そうな靄の天気はいつの間にか消えていた。
激しく揺れ動く車内で、吊革に掴まって揺られていく。人混みも激しくなり、そして、降りるバス停へと辿り着く。
「お金……帰りの分もお願いしていいっすか?」
さり気なく言う彼に「帰りは走って帰ったらいいじゃん?」と何気なく言う彼女。それに私は「バスケ部だもんね」と付け加えた。
「いやいや、バスケ部関係なくないっすか? ってか、陸上部だとしてもきついっすって。」
文句垂れる姿を見て私は一緒に笑っていた。
学校までの道程を進んでいく。
◆
凪海総合高等学校、美術部。三年生、二十六人。二年生、十五人。そして一年生の第一希望者は三十一人。そこから課題試験を経て十五人にまで振るい落とされる。
部活動は強制ではない。つまり、緩いという理由で選ばれている訳ではない。吹奏楽部ならまだしも、美術部に希望者が多いのは何故なのか。すぐに理由は分かった。
高嶺の花――。成績優秀、運動神経抜群。それでいて、天才肌で絵のセンスが非常に優れている。ビジュも高身長で、容姿端麗で、イケメン。そんな絵に描いたような存在である大口慎二が美術部に所属しているからである。
この学校に入ればその名を聞かない事は無い。普通なら相当上の学校に行ける学力がありながらも、ここにいるのは地元唯一の美術の道が用意された総合学科だからだそうだ。
彼には取り巻きやファンクラブが存在するそうだ。それ故に、美術部も人が殺到してしまうと考えられる。
噂には聞くも、どうせ美化された話だろうと思っている。なぜなら、そんな彼の弟がお馬鹿で面白い系統の乾だからである。あの乾の兄がそんな凄い訳がないと思っている自分がいる。
「はぁ……。合格るかなぁ。」
本当に困った話である。私は純粋に絵を描くのが好きで、高嶺の花関係なく、美術部に入りたいと思っている。
入部希望者を振るい落とすために出された『自分について人間以外で描きなさい』という課題。しかし、私が用意した答案は徹夜で無理やり完成させたちょっとおどろおどろしい画。
提出の際にその絵が後ろにも見えたらしい。「うわっ」から始まるヒソヒソと言う声が聞こえる。聞き取れないけど、絶対にポジティブな言葉は言っていない。
最悪だ。私は噂の白羽の矢を立てられてヒソヒソと喋られるのが嫌いだ。何を話されているか分からないのに、それが絶対に良い話とは思えないからだ。だからと言って、友達からコソコソと話しかけれたら私もコソコソと話してしまうので、人の事言えないだろってツッコまれたらお終いでもある。
廊下の窓の向こう側に見えるどんよりした晴天に向かってため息を放つ。何故今日は雲一つないんだと心の中で呟いた。
――――――
第一美術室の前に貼られた紙。そこに名前が羅列してある。
ズラッと並ぶ名前の中で私の名前を見つけた。
良かった。無事に美術部に入部できる。私は安堵のため息を吐いた。
帰り際、待っていたアズアズ。大きく手を振っていたので、私も手を振り返した。「どうだった?」に対して「どうでしょう!」と楽しげに返した。
バスの窓の向こう側に見える爽やかな晴天に向かってため息を放つ。昨日と同様、今日は雲一つなくて気分がいいと心の中で呟いた。
◆
「ねぇ、少しお時間よろしいでしょうか?」
そう言い放ったのは同じクラスの半井遥陽である。同じ中学校ではあるものの、三分の一や二分の一を引き当てることなく同じクラスになったことはない。高校生となって、同じクラスとなってようやく知り合った関係である。
「ここではあれですし、少し場所を移動しましょう。」
スタスタと進む彼女。力強く廊下を踏みしめて歩いている。その轍を私は進んだ。
呼び出されたのは第二美術準備室の前。第一美術室はよく使う一方で、第二美術室は全く使われない。絵ではなく彫刻等の活動を中心とした部屋らしいが私も詳しくは知らない。分かるのはここが第一美術室の上の階にあり、人気のない場所と言うことだけだ。校庭の裏庭も人はいないが、この場所は裏庭よりもさらに人がいない。とっても見つかりにくい穴場である。私も初めてここに来た。
「ごめんなさいね。愛南さんにお願いがありまして。美術部を辞退して下さらない?」
「どうして?」
「あなた、そこまで慎二さんを狙っていないでしょう。私、どうしても慎二さんと同じ部活動になりたいんです。あなたが辞退すれば、合格人数が増えます。そうすれば私が繰り上げで合格するはずですから。」
真面目で優等生の印象だったのに、その印象が崩れていく。
「私はどうしても美術部に入りたくて入ったから、私は辞退したくない。」
「どうして? どうしてそこまで辞退してくれないの?」
「絵を描くのが好きだから美術部にしたの。それ以外に理由はいるの? 逆に聞くけど、どうしてそんなに美術部に入りたいの?」
すぅ――。そんな息音が聞こえた気がした。
「中一の頃、慎二さんと同じ生徒会のメンバーでしたの。そこで私は慎二さんに恋をしました。私にとって最大の恋で、禁断の恋。もう一度近づきたくて必死に頑張ってきました。学校だって、レベルをぐんと下げてここにしましたし、部活動だってこのまま一緒になるはずでしたのに……。不合格ですって……? こんなはずじゃないんです。おかしい。私はどうしても慎二さんと同じ部活動になりたいんです。そのために生きてきたんですから!」
そんなこと言われても……。そんな気分だった。
「一生のお願いですから、変わってくれませんか? 私、美術部じゃないと、生きていけないんです。」
涙の音を奏でている。心底から嫌気を覚えさせる懇願。とても優等生キャラから出るとは思えない属性の特徴。きっと彼女の絵は不用意に塗りたくられた外面のアクセサリーで埋めつくされているのだろうと勝手に推測した。
私だってどうしても美術部じゃないと嫌だ。優しく言っても「何?」と返される。本当なら強気で言い返したい。しかし、彼女は同じクラスメイトでこれからも面を付き合わせる可能性が高い。変に敵は作りたくない。
「ねぇ、辞退してくれません? お願いだから、辞退してよ!」
圧が強くなる。だからと言って嘘はつきたくないし、強めに突き放して敵に回したくもない。心だけが締め付けられていく感覚がする。「ごめんなさい。どうしても私は辞退できません」と私にも無理だと訴えることしかできない。
「何でなのよ。あーもう。あんたみたいな妖怪みたいな絵が合格して、何時間もかけてかけて丁寧に作った絵が不合格だなんておかしすぎるの! あー。うざいうざいうざい。」
雰囲気が一転した。もはや表の姿からでは想像もできない裏の顔が牙を剥いている。
しかし、まさか私の絵が見られていたとは思いもしなかった。クスクス声の中に彼女の存在が隠れていたとは気付きもしなかった。
「辞退してくれませんのなら、こちらにも考えがあります。」
「考え……?」聞くのが怖いけど、聞き返す。
「あなたの絵と名前を学校中のあちらこちらに張りまくります。それを見て皆さんどう思われるんでしょうね。すぐに学校中の笑い者になるでしょうね。安心して下さい。私、中学の生徒会でしたのでポスター張りは得意ですから!」
地味な嫌がらせだ。けど、それは大変困る嫌がらせだ。
じりじりと詰め寄られていくような感覚。
美術部を諦めるしかないのかな。
「ここで何してんの?」
半井でもない、私でもない。そもそも男の人の声。誰もいないはずの廊下。振り向くとそこに人がいた。
長身痩躯に艶っぽい髪。鋭い眼光から強かなオーラが醸し出されている。一言で言い表すならクールと言った感じだ。近くで見れば、見とれてしまいそうだ。
「どうして慎二さんが……ここに?」
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