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第一章 王国、離縁篇

1.あなた、誰ですか?

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 此処は七つの国からなる世界。
 歯車はその一つ、レベロン王国の少女が記憶を失った事から動き出す。
 さあ、不本意なこの世界で、生きる者たちの物語を始めよう。



 ───レベロン王国、王城内の王太子妃と王太子の繋ぎ部屋となっている寝室。
 先程まで換気がされていたのだろう、少し肌寒いくらいの部屋に二人の男女が向かいあって立っていた。



 男は金髪碧眼、細見の身体にスラリとした四肢を持つ美男子で、女は腰まである白に近い白銀髪に、薄紫色の瞳、透き通るような白い肌の美女である。

 女は純白の夜着を纏っており、それはこの周辺国では共通して初夜を意味していた。
 だが、この二人の間には甘い雰囲気は全くない。

 男は女の顔を伺い見たが、女は目を伏せて床の一点を見つめていた。
 美しいはずの瞳には活力は感じられず魂ごと抜けているかのような状態。むしろまさに"虚無"といった表情をしており、それが男をまた少し苛立たせた。


 ここ最近はずっと俯いて佇んでいる、と報告があがってきており、亡霊のようで騎士団員や近衛、王宮勤めの侍女からも気味悪がられているようだったのだ。

 男は彼女を一瞥し、舌打ちをする。
「ちっ、本当に可愛げのない女だな」


 男がそんな悪態を吐いてみても反応はなかった。 
 


 ────── そう、まるで彼女自身がいないかのように。



「──·······っ、」


 霧に包まれているようだった意識が少しずつ戻っていく。下にあった視線を上にあげれば、少し濡れた金髪の髪と自分を見下ろす碧眼が目に入った。
 そうしてすぐにその整った顔のパーツの一部、口が開いて言葉を紡ぐ。



「君と今日こうして結婚はしたが、僕は君を愛することはない。 そう、不本意だ。 しかし一応、僕としても体裁がある。妻としての役割は果たしてもらうぞ。早々に側妃を迎えてもとやかく言ってくれるなよ」



 目の前の男は強い意思をもってそう言って、私を雑に寝台へ押し倒した。

 ドンッという衝撃と共に身体が異常に柔らかい寝台に沈む。押し倒された衝撃よりも、男に押された肩の方が痛むくらいで顔を顰める。
 そんな表情すらどうでもいいというように、その男の手が乱雑に私のナイトドレスの裾をたくし上げた。



 ━━━━「っ、イヤぁぁァ! 誰ッ?!!」



 たくし上げた、とか呑気な実況をしている場合ではなくて。
 誰この男? 寝台に、押し倒された。文字通り本当に雑に押されて······、

 状況を確認し、直ぐ様もう一度叫び声をあげて男から距離をとる。
 


「誰かッ! 助けて! 襲われるっ!!!」



 誰だってこの状況ならそう思うのではないのだろうか。目の前に自分の知らない男がいて、、この薄暗い寝室で襲われそうになっているのだから。



 私は誰なの?ここはどこ?
 なんて呑気な事が言えるわけがない。
 御伽噺じゃあるまいし。


「······は、?」


 男はまだ寝台の上に膝を立て、前屈みのまま目をパチクリさせて呆気にとられている。



「ってゆうか、あなた誰です?! 誰なんですか?
 私に向かって不本意、とか言いましたか?
 いえ、それこっちの台詞ですから!

 ·······え?待って、何この下着?
 貴方、変態なのですか? ちょっと!誰かっ!!!」



 ありえない、ありえない、ありえない。
 こんなに透けた真っ白な下着を身に纏っているきせられているなんて、完全に変態だ。



 男が呆気にとられて呆然としているその隙に無駄に広いベットから滑るように抜け出して飛び降りる。
 そして、ドアに向かって全力で走る─────

 ──────ことは叶わず男に腕を掴まれた。


 しまった、捕まった。流石は男性といったところか、力は比較にならない程、格段に強い。
 ガッチリと掴まれているその手は到底振りほどけそうにはなかった。


「おい、待てよ、」


 低い威圧したような声がすぐ隣から響き渡り、身体が震える。


「イヤぁっ、離してッ!!」

「おいっ! 誰も助けにくるはずないだろう! 初夜だぞ?!」

「初夜?! 何? いやっ、離して! 知らない!」

「おい! いい加減にしろ!! 初夜から逃げ出して僕をこれ以上さらに笑い者にする気か!!」


「いやっ! いや···········!!」


 どにか振り払おうとしてもやはりびくともしなくて、どうしようかと頭が真っ白になり涙が溢れ出す。
 このままこの男に殺されでもするのだろうか?
 むしろ、売られたり、監禁されたりして、本当に逃げられないのかもしれない。

 未だ何も思い出せず、この男のことだけでなく自分のことすらも分からず、それがとても怖かった。



「おい!リリアーナ!」



 ポロポロと頬を伝って床に落ちる涙。
 脳が処理しきれずに完全にパニックになったところで男が名前を呼んだ。


 "リリアーナ"と。


「······ひィッ······、」


 そして私は、意識を手放した。
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