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第一章 王国、離縁篇

39. リドゥレラ中立国、皇国邸

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「陛下っ、防御魔法、此処では僕には出来ないのでお願いしてもいいですかっ?!」

 リチャードはキラキラした目でヴィクトールに頼む。ヴィクトールはため息を吐きながら軽く右手の指先で机を叩いた。

 トントンッ、という軽い音と共に黄金の美しい魔法陣が部屋に広がっていく。

「わぁ、綺麗·····。ヴィクトール様は本当に魔法がお得意なのですね」
「アハハハっ! ちょっとまって! リリアーナ様本当に? ちょー面白いですっ。陛下に魔法がお得意、なんて言う方はリリアーナ様くらいですよっ?!」
「リチャード、煩い」

  ヴィクトールの制止も聞かず、リチャードはお腹を抱えて笑っている。

「いやいや。陛下はお得意、なんてレベルじゃないですよっ?魔法の腕は世界一ですっ。こんなに美しい魔法陣は描けないですよ、普通は」
「そ、そうなのですね、、無知ですみません·····」
「リチャード、無理をいうな。リリアーナは記憶を失っているのだから、何も知らないんだ」

「ほぇー、陛下はいつも学園では魔法、剣術、武術すべて一位だったんですよ。リリアーナ様にも見て頂きたいくらい強いんですっ。あ、明日には自由時間がありましたよね! 学園を見学してみてはっ?」
「あぁ、それはいい案だな。リリアーナ、自由になったら色々な国を見たいと言っていただろう?明日はこの国を見て、夕方に出立予定だ」
「嬉しいです! お気遣い頂き有り難うございます」


 『覚えていて下さったのだわ。本当に優しい方、』
 リリアーナはヴィクトールの優しさを身をもって感じてた。そんな彼女にリチャードは腕を机について身を乗りだしウインクをする。


「僕もできる限りはヴィクトール様についてお教えしますからねっ♪」
「お前は、余計な事は言わなくて良い。そんなことより、お前の兄のスチュワートはシルフィア嬢との婚姻が決まっていたな? ルドアニア皇国に慣れるために、リリアーナには彼女を相談役として今後定期的に登城させようと思っているのだが、」


 リリアーナは急いで覚えたてのルドアニア皇国貴族名簿を頭の中で捲った。
 スチュワート様はランブルグ公爵家の嫡男でリチャード様のお兄様だ。そしてシルフィア様は侯爵家のご令嬢であと一月程でご成婚されるようだった。

「シルフィアちゃんならリリアーナ様と年も近いし良いんじゃないですか?」

 ヴィクトールが目線をリリアーナに向けたので彼女は首を縦にふる。

「ルドアニア皇国で知り合いが出来るのは願ってもない事です。よろしくお願い致します」
「そうか。知らない国に来て色々分からない事もあるだろうしな。分からないことは今後、専属護衛や侍女、シルフィア嬢に聞くといい。俺も出来る限りは時間をとれるようにしよう」
「お心遣い感謝します」

「では俺はそろそろリリアーナを部屋に送ろう」


 ヴィクトールは席を立ちリリアーナを連れて部屋をでると彼女の部屋の前で立ちどまった。


「リリィ、遅くなってしまったな。疲れただろう?今日はゆっくり休むといい。防御魔法が張ってあるから何も問題は無いだろうが。何か身の危険を感じたら指輪に俺の真名マナを呼びかけてくれ。それに·····」

 少し間があいたのでリリアーナはヴィクトールの顔を見上げる。

「·····俺の部屋は隣だ。いや、安心しろ繋ぎ部屋には鍵があるから「?はい。大丈夫ですよ。」」
「、そうか。では、明日は朝食後に出かけよう。」


 そう言って足早にその場から立ち去っていく彼を見送ってから部屋に入る。慣れない馬車での移動に疲れていたリリアーナは寝台に横になり、直ぐに意識を手放した。





 翌日、リリアーナが朝食を済ませ、街へ行くための少し動きやすいワンピースに着替え終わった所で部屋の扉が叩かれた。

「リリアーナ様、陛下がお見えです」

「はいっ、いま準備が整いましたとお伝え「そうか、うん、少し動きやすいシンプルな服もよく似合っているな」·····へ、陛下っ?」

 ドアに凭れ掛かったヴィクトールがあまりにも美しくリリアーナは言葉を失う。
 見た目は変えず、黒縁眼鏡にんしきそがいめがねをかけていて上下はいつも通り黒だが街を散策するための簡素なものだ。けれどそれが余計に彼の見た目を際立たせていた。

「さぁ、行こうか、リリィ」
「は、はいっ」

 ヴィクトールのエスコートで玄関に降りると、初老の男性とその後ろに執事服をきた男性が立っていた。二人はヴィクトールとリリアーナを見ると直ぐに跪く。

「ヴィクトール陛下にご挨拶申し上げます」
「ベルリアーノ伯爵。昨晩は世話になった。今晩は貴殿の伯爵邸で世話になる。よろしく頼むぞ、」
「勿体ないお言葉にございます。今晩は私も領地に帰る予定でおりますので、どうぞ晩餐の際はよろしくお願い致します。」

 そしてベルリアーノ伯爵、とヴィクトールが言ったその初老の男性がリリアーナに頭をさげた。

「リリアーナ様、昨日はご挨拶できず申し訳ございませんでした。このリドゥレラ中立国にてルドアニア皇国代表として駐在しておりますベルリアーノと申します。今夜の晩餐は伯爵領の邸宅にてお待ちしておりますので是非その折に色々お話お聞かせくださいね」

「リリアーナ・シャルロンと申します。お心遣いありがとうございます。楽しみにしております」

「伯爵、貴殿がいなくて此処は大丈夫なのか?」
「はい、陛下。六国会議も先日終わりましたので大丈夫でございます」
「そうか。では貴殿も二、三日休暇をとると良い。伯爵領にて息子や娘たちとのんびり過ごす時間も必要だろう」
「はっ。有難く頂戴致します」


 リリアーナはヴィクトールに連れられて邸を出た。

 リドゥレラ中立国は広い国ではない。
 特に魔法学園と各国の邸は近い距離に建てられているため、徒歩で向かうのだ。

 外に出たリリアーナは空気を胸いっぱいに吸い込む。
 初めての国での散策に、自分の新しい冒険が始まったような胸躍る感覚。


「ふふふっ、なんだか、ルドルフ様と一緒にいるようですわ」
「ふっ、確かにそうだな、リリア嬢?」

 楽しそうに浮かれているリリアーナを見ながらヴィクトールは足を踏み出す。
 そして、彼女を振り返った。


「さあ、共に行こう、私の婚約者殿リリアーナ


 リリアーナは願う。
 こんな素敵な方とこうやって自由に一緒にいられるだけで、それだけで良いのに。
 こんな小さな幸せがいつまでも続きますように、と。

 そして彼の隣に並び立つと、二人はヴィクトールの学び舎であった、魔法学園へ向かって歩き出した。

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