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8. 友との再会
時は戻り、5話、入寮説明中にヴァレンティ―ナを探して駆けだしてきたシェリルの話。
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「ああ!そうだ、”ヴァレンティ―ナ”と言ったねえ!」
”ヴァレンティ―ナ”
入寮の手続きをして、部屋の案内をして下さっていた寮母さまとの会話を楽しんでいただけなのでした。
ですが、私にはその衝動を止める事は出来なかったのです。
その名前を耳にした私が、どうしてそこで立ち止まっていられるでしょうか?
彼女は私の······私の全てだったのです。
無機質な施設の中で育ち、何もない自分に知識や時間という大切な宝物をくださった方。
ヴァレンティ―ナさんはわたくしの唯一の友人であり、親友なのですから······。
寮母から”ヴァレンティ―ナ”と聞いたシェリルの思考は停止した。
そして頭で考えるよりも先に脚が動き出す。
彼女の美しい真っ青な瞳が揺れ、白い長髪が靡いて彼女は部屋を飛び出した。
「っ、ヴァレンティ―ナさん!!生きて······いるのですね?貴女に会いたいっ······もう一度······!」
この日は王立学園で進級した生徒達の初めての登園日であった。
だから、生徒達は教室とは別の建物で式典を行っていたのだ。
シェリルは2年生をこの学園で過ごしていないため進級を祝う式典への出席はする必要がなかった。だから、シェリルは制服も着ずに、私服のドレス姿のまま、寮からまっすぐに学園へと入っていく。
すぐに学園に常駐している護衛がその存在に気付き追ってくるが、シェリルは目の前、歓声の聞こえる講堂へと一直線に走った。
シェリルには何故迷いもなくそこに向かったのかは分からない。けれど、そこにヴァレンティ―ナがいる、ただそう思ったから······ただ脚を動かした。ただ、それだけ。
ハァハァと息が切れる。
前世では身体を動かしたことのないシェリル。それに加え公爵令嬢としてずっと意識を失っており最近目覚めたばかりだったわけで。運動神経が良いはずもない公爵令嬢と、護衛では比較にすらならず、もうすぐ傍まで追ってが迫っていた。
シェリルは目の前の建物の入口を見る。
ああ、もうすぐなのに······もうそこに、ヴァレンティ―ナがいるはずなのに······!
どうしてわたくしはいつも、何もできない存在なのでしょうか······!
「おいっ!止まれ!」
護衛の一人がシェリルの白く細い腕を掴もうとして、寸での所で後ろからきた別の護衛の制止の声が響き渡る。
「待て!触っちゃだめだ!その見た目······彼女はバルモント公爵令嬢だぞ!!」
「げっ、あのワガママ令嬢か······あっぶね、先にいえよ」
「見てわかるだろう!」
「分かるわけあるか!俺は噂に聞いているだけでバルモント公爵令嬢なんざ天上の人、見たこともないっつーの」
護衛達はシェリルを追いかけるのをやめた。
バルモント公爵令嬢なんかに手を触れた暁には、『無礼者!!処刑よ!』なんて言いかねないからだ。
それで一生を終えるなど、学園にこっぴどく叱られた方がマシだ。勘弁して欲しい。と護衛達は建物に入っていくシェリルの後ろ姿を茫然と見つめた。
そんな事は露知らず、シェリルはちらりと振り返って追ってが来ない事に安堵した。
ああっ、神様がいるのなら、きっと味方してくださったのだわ!それにしても······もう倒れそう······。でももう此処にヴァレンティ―ナがいるのだから······頑張らないと!
シェリルは自分を奮い立たせ、建物内の会場の扉を勢いよく開けた。
「失礼致します······ヴァレンティ―ナ······さんは······」
扉の開く勢いと共に大きく発せられたシェリルの声は、会場の視線が彼女に集まった事で段々と小さくなっていく。
『え?ええ!なんでこんなに大勢の人がいらっしゃるのですか······』
この場にいたのは進級を迎える学内全ての生徒だったのだから人数が多いのは当たり前である。
けれど、シェリルには全く想像すらしていなかった光景で、彼女はそれに怖気づいて引き返そうとした。
だが、そんな時、会場の壇上から聞きなれた声が響き渡り、シェリルは咄嗟に顔を上げる。
「シェ、シェリル······バルモント公爵令嬢······ッ!?」
真っ赤に燃えるような髪と大きな赤い瞳······。
ああ、ヴァレンティ―ナさんだわ!漸く、貴女に会う事が叶った······!
「ヴァレンティ―ナさんっ······!本当に······そうなのですね······?!!」
シェリルは壇上に駆け寄った。
何人かの生徒がそれを阻止しようとするのを振り切って、シェリルは壇上への階段を途中まで昇り、目の前にいる友人に感激し身体を震わせる。
「あぁ······ヴァレンティ―ナさ······「いやあッ、そんなに怒らなくても······良いじゃない!ここまで式典に乱入してまで追いかけてこなくてもッ」
俯いていたヴァレンティ―ナが顔をあげ、怯えた表情をしてシェリルは首を傾げる。
「ど、どうしたんですか······?」
その次の瞬間、ヴァレンティ―ナが声に出さず口を動かした。
『私の方に手を出して!』
施設にいた時から、監視員がいて言葉にして話すことのできない時はこうやって話をしてきた。
シェリルとヴァレンティ―ナのお互いに高め合ってきた読唇術だ。
シェリルはそれを思い出して、嬉しく思う。そして彼女の言うヴァレンティ―ナに向かって手を伸ばした。
「やはり······本当に······ヴァレンティ―ナさん、なのですね······会いたかった」
伸ばしたシェリルの手に、ヴァレンティ―ナの震える手がそっと重ねられ······その久しぶりに触れる彼女の手······シェリルが感動に瞳を潤ませてぎゅっと握りしめようと力を入れた瞬間。
シェリルの予想に反して、ヴァレンティ―ナの身体が壇上から階段を転がり落ちていく。
「っえ······ヴァ、ヴァレンティ―ナさんッ?どうし「いやあぁ!!痛いッ······うぅっ」
シェリルの最後の言葉はヴァレンティ―ナの苦痛の声にかき消され、シェリルは階段下に倒れ込んだヴァレンティ―ナを見る。
苦痛に顔を歪める彼女の顔が、一瞬シェリルを捉え、彼女は再び”唇”を動かした。
『追・い・か・け・て』
ヴァレンティ―ナは痛みに顔を歪め、腕を抑えながら立ち上がる。
周りにすぐさま駆けつけてきた男性達を手で制止して、会場に響き渡る声を出した。
「皆を巻き込みたくはないの!私は大丈夫······!これもきっと、私が殿下を独り占めしているからいけないのよっ······私の所為なんだわっ!!」
うわあああん、と泣き真似をしながら、脚を引きづるようにして会場を出て行ったヴァレンティ―ナをシェリルは言われた通り追いかける。
「ま、待ってください!ヴァレンティ―ナさん!!」
嵐の様な二人が出て行った会場は静まり返り、壇上にいた王太子アロラインは仕方なく声を上げた。
「皆!彼女、シェリル・バルモント公爵令嬢は明日から3年生として急遽編入してくることになった。そしてこの騒ぎは婚約者の私の責任でもある。よって私が対処するので、君たちは式典を続けてくれ!!」
この全てがヴァレンティ―ナの創造した小説の展開通りだったなんて。
誰が想像できただろうか。
今この場にそれを知っている人間は、ただ一人。小説の創造主である”ヴァレンティ―ナ”だけだった。
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