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11. 世渡り人鑑定
部屋に入れば、一人掛けの椅子に腰かけていたアロラインが直ぐに立とうと腰を浮かす。そして、それを寸での所で止めたのが見えてヒューベルは苦笑した。
王位継承権争いが多少なりとも囁かれている今、王太子であるアロラインと王弟ヒューベルは建前上は仲が悪い事になっている。
だが、それは本当に建前上、だ。
アロラインは事あるごとに人の減ってくる夜の時間帯を目掛けてヒューベルの執務室に忍び込み、愚痴を吐いたり助言を求めにきたりしているのだから。
ヒューベルも王弟とはいえアロラインと兄弟と言われても肯定できる程度の年の差。
さらに彼は見目もよく、身体も鍛えられており、その気遣いができる性格も相まって女性からの人気も高い。勿論、ヒューベルも甥である彼を弟のように可愛がっているのだが······。
そこには、”彼の性的嗜好を加味しない”という注意書きをいれるべきだろうか。
「叔父上。本日はありがとう」
平静を保っているようだが、表情は少し嬉しそうだ。
だから、ヒューベルは溜め息をつきながら長椅子に腰掛けたこの部屋のもう一人の人物を見た。
なるほど、この赤髪の女性が······
「ヴァレンティ―ナです。よろしくお願いします!」
頭に名前が浮かぶより早く、にこりと笑ってそう言った彼女は、興味深そうにヒューベルを見てから頷いた。
「うんうん、やっぱり流石は小説のメインデッシュね!」
嬉しそうに言ったその言葉の意味が分からなくて、ヒューベルは訝し気に首を傾げる。
「ヴァレンティ―ナ嬢?」
「ああ、ごめんなさい!なんでもないの!独り言!」
ヒューベルは彼女を見た。
この国の王太子アロラインと、王弟である自分が目のまえにいるにも関わらず、依然としてソファに身を投げたまま動かないその態度。
加えて、身分下の者からの言葉の発言は不敬であるのに、それすらも分かっている様子はない。
やはり······彼女は”世渡り人”······なのか?
そう思った瞬間、キィィンと耳鳴りのような音が響いた。
『リル、聞こえたかい?一先ずこの僕の声は聞こえているかな?』
『主!うん、聞こえた。主の声も聞こえてるから念話には問題ないね。けど、いまのは······防御結界が反応したのかな。えーと······なんだろう。魔法、ではないんだけど······』
『何系統?攻撃性は?』
目の前では、ニコニコと微笑んだヴァレンティ―ナが脚を組み替え頬ずえをつきながらじっとヒューベルの瞳を見つめている。
直後、再びキィィンと音が鳴り、リルが驚いたような声を出した。
『へえ!これは特殊能力だあ!彼女だけの能力だよ、あまり詳しくは分からないけど”魅了”の類だと思うな。瞳にその能力が宿るのかも。それにやっぱりボクと同じ、この世界の人間ではない波長を感じる』
ヒューベルは二人には悟られない程度に軽く頷くと、ヴァレンティ―ナの前の長椅子に腰を降ろした。
「初めまして······かな?私はヒューベル・ロザリア。現国王の弟だよ。それにしても話に聞いていた通りだ。······美しいね、ヴァレンティ―ナ嬢?」
その最後の一言に、ヴァレンティ―ナは瞳をパチパチと瞬かせる。
「へ?あ······ありがとうございますっ!······わあ、王弟にも効くの速い感じ?うーん、でもなあ······展開的にはアルが先だしなあ······」
彼女が口早に呟いたその”効く”言葉をしっかり聞き取って、ヒューベルはリルに念話を飛ばす。
『うん、リルこれは黒だね。”魅了”の類ってことは······男を虜にする能力でも使うのかな?それなら僕にも効いていると思わせた方が尻尾が掴みやすい······か』
じっとヴァレンティ―ナに熱い視線を送るヒューベルに、アロラインは堪らず声を発した。
「お、叔父上!今日、叔父上を呼んだのはこの間頼んだ通りなんだ。ヴァレンティ―ナが”世渡り人”かどうかを調べて欲しくて······」
「······あ、あぁ。すまない、アロラインが私に話していた通り、あまりにも美しい女性だったから······目を奪われてしまった様だね。不躾な視線すまなかった」
「い、いえ、全然っ······!」
にこりとヒューベルが微笑みかければヴァレンティ―ナは頬を染め、見えないようにガッツポーズを決めた。
「で、アロライン。ヴァレンティ―ナ嬢の鑑定を、だったね?」
ヒューベルの疑問に首を縦に振ったアロラインは次いでヴァレンティ―ナを見た。
「はい、そうです。ヴァレンティ―ナ、叔父上は父の代わりに、この国に伝わる”世渡り人”の鑑定具を管理しているんだ。疑っているわけではなくて、でも”世渡り人”かどうかを確認するのは決まりなんだ」
ごめん、良いかな?とヴァレンティ―ナに優しく話しかけるアロラインをヒューベルはじっと観察する。
そして彼女が頷いたのを見て、胸ポケットから金色の腕輪を取り出した。
「じゃあ、鑑定を始めて行こうか?」
この鑑定具は”世渡り人”に装着し、光れば”世渡り人”であることが確定する、国の創立時から受け継がれている所謂国宝級のアイテムだ。
だが、この鑑定具を使うには少量の魔力が必要になる。鑑定する者の魔力と”世渡り人”が持つとされる独自の魔力を流し込む事で発光すると考えられているものだ。
このロザリア王国で魔力を持つ者は、国王になる見込みのある人間に宿るとされている。それは、この国が精霊を信仰しており、精霊の加護のある国王が魔力を行使できると言われているからだ。
そう考えれば、王太子であるアロラインも少なくとも魔力適正はある筈なのだが、彼に魔力を使える兆候は見られなかった。
だが、ヒューベルは歴代の王族の中でも特別魔力の適正が高かったのだ。
そして彼はリルという高位精霊と契約をしている・・・当然過去類を見ない程の強力な魔法が行使できるわけ、である。
けれど、ヒューベルはその高い能力やリルとの契約についてを隠し公表していなかった。
「これを嵌めてもらえるかな?」
ヒューベルはその黄金の腕輪をヴァレンティ―ナに渡した。
「はい、よろしくお願いしますっ!」
抵抗せずに腕輪を嵌めたヴァレンティ―ナはヒューベルに腕を差し出す。
『リル、しっかり見ていて』
ヒューベルはその腕輪に手を添えると少量の魔力を流し込む。
その瞬間、腕輪が光を放ち、アロラインが隣で息をのんだ。
『うん、間違いないね、”世渡り人”だ』
リルの言葉が聞こえて、ヒューベルはそっと腕輪から手を離す。
「ヴァレンティ―ナ嬢、貴女は本当に”世渡り人”なんだね」
「おおッ!凄いな!本当に”世渡り人”が!このロザリアに!」
ヒューベルが落ち着いて結果を知らせれば、アロラインが興奮した様子で立ち上がり、ヴァレンティ―ナは腕輪を返してソファに深く腰掛けた。
「だからそうだって言ったじゃん。アル様、信じてくれないんだもん」
「いや······信じてはいたのだがっ······」
「これで、疑いが晴れたんだし。で、私はちゃんとした待遇を受けられるんですよね?」
「あ、ああ!······そうですよね、叔父上?」
「え?うん。そうだね。一先ず、ヴァレンティ―ナ嬢とアロラインは同じ学年なのだし、待遇云々はアロライン、君に任せる事にするよ」
ヒューベルは腕輪を胸ポケットにしまうと席を立った。
「え、叔父上······あのっ!」
アロラインが何か口にする前に、ヒューベルは片手を上げる。
その先の発言を制止して、彼はヴァレンティ―ナに向き直った。
「では、ヴァレンティ―ナ嬢、私はこれで失礼しよう。この城で過ごすのに、何か分からない事はなんでもアロラインに聞くといい」
にっこりと妖艶にほほ笑んでから、ヒューベルは部屋を出た。
これ以上、何か面倒ごとに巻き込まれたくはない。そんな気持ちを表情には出さずに。
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