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22. ヒューベルの怒り
エヴァンはヒューベルの執務室の前で、立ち止まった。
今日は色々と報告案件が山積み。
けれど、こんなにも彼の執務室に入りたくないと思った事はあっただろうか?
「······憂鬱だ······」
ノックをしようと拳を扉に近づけた時、中から陽気な声がしてエヴァンは背筋がゾクゾクと粟立つのを感じた。
「エヴァン、いるんだろう?入ったらどうだい?」
「は······はい」
扉を開ければ、葡萄酒を片手に椅子に凭れ掛かるヒューベルが見えて、エヴァンは久しぶりに見るその最悪な雰囲気に腰を折る。
「ヒューベル王弟殿下におかれましては······「ねえ、そんな堅苦しい挨拶よりも。報告が先だろう?ほら、ソレが吐いた内容と乖離がないかしっかり確認させてくれ?」
ヒューベルが顎で指した場所には先程の男子生徒が床に倒れ込んでいて。
その目の前にケラケラと笑いながら刃物を持つロイドがいた。
「っふはは、コイツ、漏らしてるけど、えっぐぅ!」
いや、エグイのはお前だろ。とエヴァンは思う。
けれど、口に出したりはしない。
彼は元々有名な暗殺者で、依頼人から頼まれた依頼は必ず仕留める。
特に血を浴びる事が好き、だから人は彼を”血濡れのロイド”と呼ぶ。
誰もが彼が犯人であると知っている。けれど、犯行の尻尾は絶対に掴ませない事で有名で、顔が知れている暗殺者という意味では珍しい人物だった。
けれど、彼は一度だけ依頼を達成出来なかった事がある。
彼はあろうことかその相手に掴まり、逆に拷問を受けるという初体験を味わったのだ。
その相手が、この国の王弟殿下であるヒュ―ベルだ。
ヒューベルは一見温和で穏やか、艶やかな印象を与えるがそれがまやかしである事を自分含め側近達は知っている。
彼は極度のS気質になる事もあり、拷問や拘束をも好む。だが、彼は芸術にも精通している事から、それは痛みを与えるだけのものでなく、如何に美しく、快感をも生むものであるかを追求したものであるらしいのだ。
その為彼の拷問は苦痛と甘い蜜の連続で、そこから逃れられるものはいない······という。
そして聞くところによると彼は自分で手は汚さない。その手は誰かの為に取ってあるのではと囁かれる程に頑なにその制裁対象には触れないらしいのだ。
エヴァン自身、その状況を見たことはないのでロイドに聞いた限りの話なのだが······。エヴァンはニタニタと笑うロイドを見て目を伏せた。
『あんなキチガイみたいなものも側近に加えるんだから······本当に毒をも扱う凄い人だ······』
「それで、エヴァン。シェリルがこの男に襲われそうになっていたのは事実かい?」
すぐ隣からヒューベルの声がして、エヴァンは現実に引き戻された。
「はい。間違いないです。ただ我々が駆けつける以前の事は見ておらず······」
「エヴァン、君さあ。私がどうして君を送ったかは分かっているんだろう?何故、しっかり見ていなかったんだい?」
「申し訳ございません······」
「今回は君の失態だよ?シェリルを危険な目に合わせるなと、再三注意した筈······だよね?」
ヒューベルの目が柔らかく弧を描き、エヴァンは頭を下げる。
「本当に申し訳ございませんでした」
「まあ、今回はロイドが全部吐かせたから、後で御礼をしてあげると良いよ。うーん、君には珍しい失態だから私も驚いてはいるんだけどねえ······シェリルのドレス姿に見惚れてしまっていた······とかかな?」
ふふっと笑うヒューベルに、エヴァンは顔を引き攣らせ垂れた冷や汗を気にもせずに硬直した。
どこまでバレている?
自分が匿名でドレスを送ったと、もうバレているのか?
ロイド?いや、ロイドがドレスの色まで見て推測できる筈がないか······。
「まあ、今回はいいよ。でも自分色に染めようなんて思うのはもう辞めた方が良い。色々と含め、次はないよ?」
「は······い······」
エヴァンは拳を握りしめた。
そうだ、もう遥か昔からすべてにおいて彼には敵わないって分かっていたはずだ。だから彼の背中を追って、支え、この国の為に尽くそうと誓ったのだから!
そしてそんな彼の目の前でソファにゆっくりと腰を下ろしたヒューべルは、エヴァンの知らなかった衝撃的な事実を告げた。
「この男は、シェリルの口に指を入れ唾液を舐めて発情したってさ」
「は?」
エヴァンの頭が怒りに染まり、床に倒れ込んでいるソレに近づこうとしてヒューベルに止められる。
「まあまあ、落ち着いて。で、それはヴァレンティ―ナ嬢の指金だったそうだ」
「あの······女の······?」
ヒューベルは楽しそうに頷いた。
「うん。あの女、図書館で致していたんだってね?」
「はい。私が見た時は口淫をさせていて、そのまま胸に射精を······」
「そうか······では処女を守らなくてはアロラインの妻にはなれないって分かっているんだね。相手は護衛騎士のラルクで間違いないかい?」
「はい······それと······アロライン殿下、ですが」
モゴモゴと口を詰まらせたエヴァンを見て、ヒューベルは首を傾げる。
「アルがどうした?」
「アロライン殿下も······その光景を扉の外から見ていまして······」
「へえ?じゃあ、きっと······喜んでいたんだろうね?」
「はい······自慰をしておりました」
一拍空いて、そのエヴァンの言葉にロイドは真っ赤に濡れた刃物を見ながら吹き出した。
「ッフハハハ!きっもちわる!そんな事あんのかよ」
そんなロイドを見て、ヒューベルは口を開く。
「ロイド、他人の性的嗜好は様々なんだ。笑ってはいけないよ?君が血を見たり、悶える人間を見る事で快感を得るのと同じように、自分のパートナーを他人に取られて快感を得る人間だっているんだ。十人十色さ」
「な~るほど?まあ、主君がいうならそうなんだろ~よ」
ロイドがつまらなそうに刃物をくるくると回し遊び始めて、ヒューベルは溜め息をついた。
「けど、本当にアルも······いい加減にして欲しいな。それらはシェリルが見ていたと考えるべきだろうし······。純粋な彼女の心に傷がついていないといいけど······」
”ちょっと彼女の監視と、アフターケアが必要かな?”と呟いたヒューベルはソファに手をかけて口を開く。
「リル」
名前を呼ばれれば、直ぐにどこからともなく現れた白猫をエヴァンは横目で見た。
「リル、ヴァレンティ―ナ嬢とシェリルの監視を今後頼みたい。できるね?」
「うーん、分かったけどさあ······ご飯、もう少し増やしてくれる?」
「分かった。だけど、話をしてはダメだよ。あくまで一般的な”猫”として情報を集めるんだ」
「にゃいにゃい!」
執務室から意気揚々と出て行った白猫を見送って、ヒューベルはエヴァンに目を向ける。
「あとは······そうだな、彼女はあまり周りに友人を作ったりせず一人でいるって?」
「はい、私が見た時もずっと一人でした。性教育の授業を学園のカリキュラムに組み込むのはどうですか?最低限の知識として知っておく位でも傷は癒えましょう」
「確かに。そうするか。でもあまり知識を入れ込みたくはないな」
「でしたら、この国の貞操概念について学生に周知させるというのは?昨今は性の乱れも目立ちますから」
「そうだね······」
ロイドとエヴァンが男子生徒を連れて部屋の外に退出し、メイドが散らかった部屋の片づけをするのを横目にヒューベルは自室への扉を開ける。
そしてその奥、真っ白な扉に金と紫の装飾の施された美しい扉を見つめ、うっとりと微笑んで葡萄酒を飲み干した。
「シェリル、貴女を穢して良いのは、私だけだからね」
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