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41. 好き、なのに
シェリルは自分の隣に立つヒューベルの顔をぼうっと見つめた。
好き······。こんなに強引に婚約を進められても何も言えないほど、やっぱり彼が好き······。
だけど······、彼は······恋してはいけない相手だった。
「王弟殿下、婚約の手続き、恙なく。ですが、いくら王族に次ぐ権力を持つバルモント公爵家といえど······これ以上の婚約破棄は······その······一度でも本当であれば······ですが今回は王弟殿下の指示ですので······「分かっているよ。お前はもう戻っていいよ?」······はい」
モゴモゴと発せられた神殿の使者の言葉を遮って、ヒューベルは会場に向かって声を出した。
「皆、中間舞踏会、このような形になってしまって申し訳なかった。だが、今回は王弟である私からお詫びに料理を出させてもらう事にした。マナー等は気にせずとも良い。学友と楽しむも良し、婚約者と愛を深めるも良し。それぞれゆっくりと楽しんでくれ」
ヒューベルがにっこりと微笑むと同時に、会場中からはきゃあきゃあと女子学生の黄色い声が上がる。
そして直ぐに豪華な食事が並べられ、会場は先程とは打って変わり美味しそうな匂いと歓声に包まれた。
「では、私は一旦これで失礼するよ」
アロラインとその隣に茫然と立ち尽くすヴァレンティ―ナを見て、ヒューベルは一言そう告げるとシェリルを横抱きに抱えたまま歩き出す。
会場から出たヒューベルはシェリルに何も言わずに王城まで転移し、すぐに自分の執務室に移動すると、シェリルをソファにゆっくりとおろした。
「今、新しい着替えと、紅茶を用意させるからね」
王族服の上着を脱ぎ去る仕草すらもカッコいいなんて······と一瞬見惚れてしまったシェリルだが、直ぐに口を開いた。
「ヒュー様······なのですよね?確かに、王城でヒュー、とつく名前など······しっかりこの国の事を考えれば容易い事でしたね······。私は······なんて不敬な事を」
「不敬なんて思う必要はないよ。本名はヒューベル・ロザリア、現国王の弟だ。でも、あの庭の管理人でもあり、仲の良い周りの人達からはヒューって呼ばれている。騙したつもりはない。嘘ではなかったんだ」
「ヒューベル王弟殿下······私は······「ヒューって呼んで。今更だろう?」
隣に少し間を空けて座ったヒューベルに顔を覗き込まれ、シェリルは顔を俯けた。
「······ヒューさ······ま。わたくしは、ヒュー様とは「シェリル、僕が嫌いなのかい?」
”一緒にはなれない”そう言おうとしている事を分かっているのだろう。彼は、シェリルには先を言わせてくれない。
そして彼のその質問に、シェリルは顔を歪め両手を握りしめた。
「嫌い、などでは······」
嫌いなんかじゃない。むしろ逆······。
彼と一緒に居ると安心感に包まれて、気持ちが明るくなる。
この世界で、自分も新しい人生を楽しめるのではと前向きになれる。
俯いたまま続きの言葉を紡ぐことのないシェリルにヒューベルは静かに口を開いた。
「僕の気持ちは変わってはいないよ。あの建国記念日の日に言った通り、僕は君が好きだ」
”君が好き”
その再びヒューベルから発せられた言葉に、シェリルは胸が苦しくなる。
だって自分も彼の事が好き······だから。
この間、自分でその気持ちに気付いて、次はきっと彼に想いを伝えようと思っていた。
なのに······。彼が親友の······夫になる人だったなんて······っ!
「ヒュー様、やはり、駄目······なのです」
シェリルは、あまりに冷たい声が自分から出た事に驚いた。
けれど、どちらにせよ”駄目なものは駄目だ”と伝えなければいけない。
シェリルは意を決してヒューベルを目を逸らさずにまっすぐに見つめる。
「駄目?僕の事は嫌い、という事かな?」
「嫌いなど!ありえません······「じゃあ、好き、という事で良いのかな?」
「それは······その······駄目だからっ「分かった。じゃあ本当の事を言って?そうしないと不敬という事にしようか?」
シェリルは項垂れた。そして、小さく呟くように口を開く。
「すき······なのだと······思います」
その言葉を聞いた瞬間ヒューベルの顔がパァッと明るくなる。
「それならば、何も問題はないね」
問題ばかりなのです!!とシェリルは彼に縋るように顔を上げてから、直ぐに頭を下げた。
「でも······ごめんなさい。ヒュー様とは一緒にはいられないのです······」
シェリルは歯を食いしばった。
だって、ヴァレンティ―ナの夫になる候補リストに彼の名前”ヒューベル・ロザリア”があった事を鮮明に覚えている。
なんで今まで思い出せなかったのだろう?と不思議に思う位には鮮明に。
彼女はそれはそれは幸せそうに言っていた彼の名前。それに、メモにもハートマークがいっぱいついていたから。
「······貴方の名前、があったから······」
ヒューベルはシェリルの腕を掴んだ。
「シェリル、なんの話をしているの?あの女の絵空事かい?」
「此処は、ヴァレンティ―ナさんが幸せになる為の世界だから······私が彼女の婚約者を······夫になる人を奪うなんて······絶対に駄目なのですっ!!」
瞳から涙が溢れ、ポロポロと頬を伝って落ちる。
それをヒューベルは指で掬って拭いながら優しく声をかけた。
「シェリル、ここは彼女の為の世界ではない。ここは僕の生きる世界だし、君の世界でもある。それに、私は彼女の婚約者でも、夫にもならない。
僕の婚約者は君だろう?」
その言葉に、シェリルは思い出したように立ち上がる。
そうだ、”婚約者”になってしまったのだった。
あまりに急な事で、拒否もせずに茫然と目の前で起こる手続きを他人事の様に見ていただけだった。
私ったら、なんて事を······!どうしたら······どうしよう······!
「それが、婚約者になってしまった事が、駄目なのです!私の様な役立たずがいるから、世界が変わってしまう。私が何も出来ないからっ!!
お願いです、ヒュー様。私を忘れて······、婚約破棄をして······今なら間に合「シェリル!何を言っているか分かっているのか!」
部屋にヒューベルの怒りを孕んだ声が響き渡り、彼は彼女の腕を強引に引っ張った。
「ごめんなさい······っ」
そして泣きながら謝り続けるシェリルを自分の胸の中に閉じ込める。
「お願いっ······離して」
「自分の好きな人がこんなに辛そうな顔をしているのに、離せるわけがないだろう!」
頤に手を添えて多少強引に唇を塞げば、シェリルは一瞬驚いたような表情をした後、両手でヒューベルの胸板をおして抵抗した。
ヒューベルは押し返してくる彼女の腕を一つに上で纏めて壁に押さえ付ける。
そして、そのままシェリルの口内に舌を侵入させた。
「っんふぅ、っ!」
早く、媚薬が効けば良い。
そうすれば、脳までふやかされて”婚約破棄”なんて馬鹿げた考えもなくなる筈だから。
自分から逃げるのであれば、このまま彼女の部屋に閉じ込めて既成事実を作ってもいいのだし······。
そんな卑怯な考えが浮かんで自己嫌悪に陥りながらも、彼女の唇を貪れば思考が溶けていく様で。
「っんん、ッやぁ······」
シェリルの唾液に含まれる媚薬は興奮すれば高い効果が発揮される。
それはシェリル自身にも効きながら相乗効果で高まりながら二人を蝕む。
「っふぁ、んあっ······!」
彼の美しい手が腰のくびれから双丘に向かってドレスの上を撫で上げシェリルは驚きに身を捩る。
「っひ、ふぁ」
今はリルが一緒にいないから、中和が全然間に合わない······。そんな言い訳を考えながら、ヒューベルの理性が限界に達した、その時。
刹那、執務室のドアが勢いよく開き、白猫が執務室を横切る───
白猫は床を蹴り上げると、ヒューベルとシェリル二人の間に入り、肉球でヒューベルの顔をおもいきり押した。
少し出来た隙間を利用して、シェリルはふらふらとして足取りで一歩、二歩下がる。
そうしてそのままヒューベルから逃げる様にして執務室を飛び出した。
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