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42. ヴァレンティ―ナの激怒
「シャーッ」と声を出して、ヒューベルの胸から飛び降りたリルはすぐにシェリルを追いかけて執務室を出て行く。
あまりに反抗的なリルの態度。
普通であれば、引き留める所だが、今回ばかりはヒューベル自身に非がある事は確実だ。
リルに猫パンチされた頬を抑えて、茫然と立ち尽くす彼に声を掛けたのは、扉の入口で無言で立っていたエヴァンだった。
「ヒュー······」
「······エヴァン、ロイドを僕の護衛から今すぐ外せ。そしてシェリルの護衛として方時も目を離さないようにして」
「はい······」
「女子寮の外の監視も絶対に怠らないでくれ」
「その様に言い伝えておきます」
エヴァンが自分の機嫌の悪さを察してか口を噤み、執務室を出ていったのを確認してから、ヒューベルは壁を思い切り叩いた。
「く、そっ······!何故······。なんでっ!やっと手に入ったのにっ!あんな女の所為でこんな想いを······!あんな風に無理矢理手に入れようとするなんて······」
間違っている?
いや、やっぱり無理矢理にでも彼女を自分の妻にすればよかったのか······。
すぐに彼女を調教して、僕なしではいられないくらいにしてしまえばいいのかも······。
ヒューベルの頭にそんな思いが浮かんで、彼はそれを振り捨てるように首を振った。
「シェリルっ······早く私のものになってくれ······」
◆
シェリルは走った。
途中で脚が縺れそうになりながらも走って、隣を白い猫が横切る。
そして彼を追って、シェリルはヒューの庭園に駆け込んだ。
「っはぁ、はぁ······」
庭園の石畳の上にへたりと座り込む。
その彼女の身体にスリスリと寄ってきたリルを抱きしめた。
「リルっ、ありがとう······。お願いがあるの······私を、学園まで返してくれる······?」
「にゃっ······、」
二人の下に魔法陣が現れ、光が包み込む。
ぐらりと揺れた感覚の後、ゆっくりと目を開ければそこはいつもの学園の庭園で、地面にペタリと座り込んだシェリルは汚れる事など気にも留めず、俯いた。
ボロボロと零れ落ちる涙を拭って、彼女は小さな声で呟く。
「こんなに······好き、なのに。駄目なの······早く諦めなくてはいけないのに······私はどうしたらいいの······っ」
どうして、ヴァレンティ―ナさんの夫になる予定の人と婚約なんて事になってしまったの?
どうして、最初からヒュー様がヒューベル王弟殿下だと気付かなかったの?
どうして、彼の事を好きになってしまったの?
どうして、どうして······こんなに悲しいの······!?
「あっれ~?シェリル様じゃない?こんなところにいた」
直後、後ろから馴染みのある声がしてシェリルはビクリと身体を揺らす。
「叔父上と一緒ではないのか?一人で······泣いている?」
「アル様に振られて傷心しちゃったから、一人で泣いているんじゃない?そんな所、新しい婚約者になったヒューベル様には見せられないもんねえ。可哀相なシェリル様」
あははっと笑いながら近づいてきたヴァレンティ―ナがシェリルを上から見下ろす。
そして思い出したようにアロラインを振り返ると両手を合わせて首をコテンと傾けた。
「あっ、でも、アル様?私も今後、彼女と王族の家族になるって事よね。だから一応私も歩み寄らないといけないと思うの!シェリル様にきちんとお礼と、婚約のお祝いをしてあげたいのよねえ。だから、ラルクと少し校門で待っていてくれる?すぐ終わるから!」
”二人になって大丈夫か······?”と心配そうな目を向けたアロラインの背中を押して、その場から追い出したヴァレンティ―ナは、振り返るとシェリルに蔑むような目を向ける。
ツカツカと音を立ててシェリルの前まで歩いてきた彼女は、ひと思いにシェリルの脚を踏みつけた。
「······ッ!」
「はァ?ねえ、なんでアンタが泣くの?私が泣きたいくらいなんだけど。っていうかあんた、本当に使えないわよね?ふっざけんじゃないわよ!!」
ごりっ、とヒールで踏みつけられ、シェリルは顔を歪める。
そんなシェリルの表情を見たヴァレンティ―ナは、ケラケラと笑った。
「ねえナニ、その”痛い”みたいな顔。アンタみたいに痛みすら感じないキモチワルイ女には分からないでしょ?私達の苦痛が!」
「っ······、分かりますっ······」
「は?私に口答えしないで!この泥棒猫!!」
ヴァレンティ―ナがシェリルの髪を儂掴み、頬に平手打ちをして、シェリルは顔を抑えた。
「っ、ご、ごめんなさいっ······」
「早く、私の夫になる人を返しなさい?キスの練習はしたんでしょうね?
······ってもしかして、アンタ、ヒューベル様とキスしたとか······?!」
「······」
ヴァレンティ―ナの顔から表情が抜け落ちて、彼女は苛立った様子で彼女のドレスの胸元を掴んだ。
「本気で言ってるの?ってか、他人の物を取るとか、アンタ最低でしょ?!ちゃんと返して貰えないなら、アンタとは友達なんてすぐやめるから」
「ご、ごめんなさい······」
ヴァレンティ―ナは腰に手を当てて立ち上がると、急に思い付いたように声を上げた。
「っあ!でも良い事、考えたわ!さっすが、わたし、天才!」
シェリルはその声に恐る恐る顔を上げる。
「王族の婚約者は処女を彼らに捧げるのよね。って事は、アンタが処女じゃなければヒューベル様も結婚できないから、また婚約破棄よね?しかもアンタは殿下を裏切って他の男と姦通したって罪で極刑だわ?それでアンタは私の世界からいなくなる。
って······ハッピーエンドすぎない?!」
ヴァレンティーナが嬉しそうに微笑んだ直後、シェリルの後ろに隠れていたリルが目の前に飛び出した。
「ッ、シャー!!」
「リルっ、だめ」
「何、この汚らわしいの!汚いわ!近寄らないで、」
ヴァレンティ―ナは毛を逆立てて威嚇するリルを見ると顔を顰める。そして、扇を取り出し、それを振り上げて、彼を叩いた。
「っみ”ゃ、」
シェリルは勢いよく飛ばされたリルを抱きしめた。
「猫ごとき、不敬よ!ほんと、汚い猫とアンタみたいなキモチワルイ女は害でしかないわよね、早く消えてくれればいいのに。アンタをこの世界に呼んだのが間違いだったわ!」
吐き捨てる様にそう言って、その場を去って行ったヴァレンティ―ナを見送って、シェリルはリルを抱きしめる。
「リル、大丈夫?!痛いところは?怪我をしてしまっていたら大変よ······、ごめんなさい、わたくしの所為で······あなたまで迷惑かけて」
「にゃんにゃ、にゃっ」
リルが『大丈夫だよ、』と微笑んだ気がして、シェリルはすぐに彼を王城に送り返す。
そして彼の無事を心から祈って、両手を重ね合わせて魔法陣の前に座り込むと小さく呟いた。
「精霊の御加護がありますように」
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